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18.容疑者

 セシリアとエルヴィスは、すぐに神殿に婚約誓約書を提出してしまおうと、二人で向かった。

 神殿に向かう馬車の中で、二人きりになったセシリアとエルヴィスは、先ほどのことを語り合う。


「なんというか……大分、悪そうですね」


「先日まではあそこまでではなかったのですが……完全に学生時代に戻ってしまっているようですね」


 やはり真っ先に出てきたのは、ヘレナのことだった。

 精神が退行しているようで、かなり状態は悪そうだ。

 先日は怒鳴り散らしてはいたものの、まだ正気は保っているようだった。さほど長くない間に、随分と崩壊が進んでしまったらしい。


 しかも、セシリアのことをアデラインだと思い込んでいた。狂気に侵された人間が見せる、一種の尖った嗅覚だろうか。

 だが、そのことについてはセシリアもエルヴィスも、触れようとはしなかった。


「ただ……あの王太子妃の言うことを真に受ければですが、彼女が姉に手を下したわけではないようですね。もちろん、都合の良いように記憶を改ざんしている可能性もありますけれど」


「確かに、そうですね……かなり身勝手な言い分ではありましたけれど、公爵令嬢のことを憎んでいたり、殺したりしたいと思っていた様子はありませんでしたね」


 エルヴィスの言葉に、セシリアは頷く。

 先ほどの様子を見る限りでは、ヘレナはアデラインが殺されたということすら知らず、自ら命を絶ったと思っているようだ。

 都合よく記憶を書き換えているのでなければ、ヘレナは少なくとも主犯ではないだろう。


「それと、王太子……勘ですが、彼も直接手を下したわけではないような気がします」


「王太子も、ですか?」


「はい、非常に不愉快な人物でしたが、甘さがうかがえるのですよ。元婚約者を殺した罪を背負って平然としていられるほど、肝が据わっていないというか……誰かが勝手にやったことだから自分は悪くない、といった言い訳を必要とする人物に思えました」


 エルヴィスの分析を聞きながら、セシリアは考え込む。

 言われてみれば、確かにそのとおりだ。

 ローガンは肝の小さいところがあり、それは先ほどのエルヴィスに対する態度でも明らかだろう。

 その分、物事がうまく進むと途端に気が大きくなる、いかにも小心者の特徴を持っている。


「王太子も王太子妃もどちらも姉の死に関わっていないなど、あるはずがないとは思いますが、この二人だけで行ったことではないかもしれません。実行犯は別として、計画を立てた人間が他にいそうです」


「二人のために、気を利かせて公爵令嬢を始末しようとした部下がいたか、それとも……」


 セシリアの頭に、よく突っかかってくる同級生の顔が思い浮かぶが、すぐに打ち消す。

 彼女らの父親はローガンの側近で、当時はヘレナに熱を上げていたので、アデラインを始末しようとなっても不思議ではない。

 しかし、アデラインは懺悔の塔に送られたのだ。

 彼らが勝手に懺悔の塔に入り込むことはできないだろう。


「懺悔の塔に侵入したことを考えると、王族……?」


「懺悔の塔に入れるといったら、王族でしょうね」


 セシリアが呟くと、エルヴィスも頷く。

 それならば、アデラインを殺害しそうな王族は誰だろうと、セシリアは王族の顔を思い浮かべる。


「国王陛下と王妃殿下はそのとき、視察先で事故があって戻っていなかったはず……それに、あまり動機が……」


 国王と王妃は、当時距離的に離れていただけではなく、アデラインを殺害するような動機がセシリアには思いつかない。

 特に王妃はアデラインのことを気に入っていて、ヘレナのことは嫌っていたはずだ。孫娘であるセシリアに対しても冷たく、アデラインが王太子妃になっていればよかったという言葉を、セシリアも聞いたことがあった。

 この二人は、考えにくいだろう。


「第二王子は……こちらもあまり……当時は結婚もまだだったはず……」


 第二王子ジェームズも、確か当時は十五歳だったはずだ。

 野心もあまりなく、現在は息子であるギルバートを王位につけたいようだが、それもローガンが無能だからだろう。

 第二王子妃のマリエッタは当時まだ婚約者で、正式な妃教育も始まっていなかったはずだ。また、アデラインのことをお姉さまと慕ってくれていたので、容疑者からははずしてよいと思われた。


「となると、あとは王太后陛下……」


 残ったのは、今は亡き王太后だけだ。

 先王が早く亡くなったため、現国王は若くして即位した。王太后は摂政として長らく実権を握っていたのだ。

 当時はすでに老齢で弱ってしまい、外出もままならず、卒業パーティーには欠席していた。

 アデラインも数回しか会ったことがなく、どのような人物かはよくわからない。

 セシリアが物心ついたときには、すでに亡くなっている。

 接点もなく、アデラインを殺害しそうな動機があるのかどうかも不明だ。ただ、殺害しない動機も見当たらない。つまりは何もわからないといったところだろう。


「王太后陛下ですか……それにしても、よく調べていらっしゃいますね。事件当時の状況まで……」


 自分の考えに沈み込んでいたセシリアを、感心したようなエルヴィスの声が引き戻す。

 アデラインの記憶があるので知っているが、考えてみれば今からでは当時の状況を調べるのも大変だろう。セシリアが一人で調べるのは難しいはずだ。

 何か怪しまれているのだろうかと、セシリアは焦ってしまう。


「その……いちおうは王族なので……」


 セシリアはぼそぼそと、ごまかす。

 単に感心しただけで、不審がっているわけでもないエルヴィスは、それ以上何かを追及してくることはなかった。

 ひとまず、セシリアは胸を撫で下ろす。


「王太后陛下にも動機はうかがえませんが……あえて言うのなら、王太后陛下は第二王子妃と同じ、ハワード侯爵家出身ということでしょうか」


 セシリアは話を戻し、呟く。

 第一王子の力を削ぎ、第二王子に王位が渡るようにするため、有力な公爵家出身であるアデラインを排除するというのは、動機としてあり得そうだ。

 ただ、やはりそれでも無理があるように、セシリアには感じられる。


 誰が一番怪しいかと問われれば、王太后となる。

 しかし、それは消去法の結果ともいえるものだ。

 いくら王太后が第二王子妃と同じ家の出身だといっても、第二王子妃マリエッタはアデラインのことを慕ってくれていた。

 そこまで考えたところで、セシリアはふと背筋に寒気を覚える。


 アデラインとしての記憶では、マリエッタに対しては愛らしい妹のような存在といった良い印象しかない。

 セシリアとしても、特に親切にされたこともないが、蔑まれたこともない。無関心、といった言葉が最もあてはまるだろうか。

 つまり、彼女に対しては何も悪い印象がないはずなのだ。それなのに、何故かセシリアは彼女のことが苦手である。

 苦手なだけならセシリアとの相性の問題かもしれないが、アデラインの記憶が戻ってからマリエッタと会ったとき、恐怖を覚えたことをセシリアは思い出す。


 もしかしたら何かあるのかもしれないと、セシリアはぼんやりとした幻を追うような心持ちで、眉根を寄せた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エルとセシリアが、辛い今までの人生の幸いになりそうな予感。 [気になる点] 今後の展開…めっちゃ推理物路線になったり? [一言] ヘレナとローガンの現在にはもうあぜんとするしか…。もう少し…
[一言] だよねぇ。あほ二人がやったとしても事故の可能性が高く、人をやる気概はないんだよ。 それより、後始末がうまくいかない。 となると、、、あほを御輿として誰が得するか。というより、公爵家に権力を…
2021/11/10 18:26 退会済み
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