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15.迎え

 エルヴィスとの話し合いの翌日、セシリアはいつものように学園に登校した。

 学園を辞めろと王太子ローガンは言っていたが、昨日の今日で話が全て進むわけではない。

 セシリアは普段と同じく振る舞い、その日の授業を受け終える。

 だが、いつもならば少しおしゃべりをしてから帰るのだが、今日は違う。急ぐからと、同級生たちに別れを告げて教室を後にする。


「あら、セシリアさま。今日はすぐにお帰りになりますのね」


「やっぱり、学園をお辞めになるという話は本当だったのかしら」


 ところが、門の近くでシンシアとイザベラに捕まった。


「身売り同然で嫁ぐなんて、おかわいそうですわあ。いくら隣国王の妃とはいっても、側妃で、しかも十三番目では……末席もいいところですわね。でも、国内でセシリアさまを娶りたいという方がいないのなら、仕方がありませんわよねえ」


「でも、考えようによっては、お相手が見つかってよかったとも言えますわね。もしかしたら、一生独り身のままだった可能性だってあるのですもの。いくら不幸な結婚生活とはいっても、一人寂しく生涯を終えるよりはましですわあ」


 二人は門を背にしながら、機嫌よく、嘲笑うような言葉を投げかけてくる。

 その話はたった二日前に出たことなのに、本当に耳の早いことだと、セシリアは感心してしまう。

 見下した物言いをしてきているのだが、腹が立つというより、毎回よく調べるものだと奇妙な感動を覚える。


「あら、お二人とも。そこまで私のことに興味津々だなんて、よほど私のことが好きでいらっしゃるのね」


 にっこりと笑いながらそう言うと、二人が表情を失い、言葉に詰まった。


「なっ……」


「だ……だれが……」


 ややあって顔を赤くしながら反論しようとする二人だが、その後ろに人影が現れた。

 周囲の女子生徒たちが、その姿を見てざわめき出す。


「セシリア、迎えに来ましたよ」


 落ち着いた低い声が響く。

 その声にはっとしたシンシアとイザベラが振り返るが、愕然として固まってしまう。


「ま……まさか……ローズブレイド公爵さま……?」


 そこには、ローズブレイド公爵エルヴィスが整った顔に微笑みを浮かべて立っていた。

 若い令嬢たちの間で話題の彼が、何故このような場所にいるのかと、シンシアとイザベラは理解が追い付かないようだ。

 エルヴィスは上擦った呻きを漏らす二人のことなど、道端の石ころであるかのように無視して、セシリアに近づいてくる。


「今日も麗しいですね。まさに花開き始めた薔薇のように瑞々しく、可憐だ。愛しいあなたの手を取る栄誉を、どうか私にお与えください」


 そう言って、エルヴィスは手を差し出してきた。

 芝居がかった態度だが、長身で、いかにも貴公子然としたエルヴィスが行うと、なかなか様になっている。

 遠巻きに様子をうかがっている女子生徒たちが、黄色い悲鳴をあげていた。


「ええ、エルヴィス」


 セシリアもこの芝居に乗るしかないので、微笑みながらエルヴィスの手を取る。

 二人は寄り添いながら、ローズブレイド家の咲き誇る薔薇の紋章が刻まれた馬車に乗り込む。

 シンシアとイザベラ以外にも、幾人もの女子生徒たちが唖然として見送る中、セシリアとエルヴィスを乗せた馬車は走り出した。


「……なかなか目立ちましたわね」


 馬車の中で二人きりになると、セシリアは苦笑する。


「一目惚れした相手に対して、ごく普通に振る舞っただけですよ。むしろ、地味だったかと反省しております。花束でも用意して、もっと盛大に愛を囁くべきでした」


「やめてください……」


 さらりととんでもないことを言い出すエルヴィスに、セシリアは軽い頭痛を覚えて、額を指先で押さえた。

 エルヴィスがセシリアに一目惚れしたという設定で、王太子に婚約の許可をもらいに行くというのが、今日の予定となっている。

 王太子には昨日のうちに、ローズブレイド公爵エルヴィスが会いたいとの旨を伝えて、了承を得ていた。


 一目惚れの信ぴょう性を高めるため、周囲にも仲睦まじい様子を見せておいたほうがよいだろうと、学園までエルヴィスが迎えに来たのだ。

 ある程度は目立つ必要があるとはいえ、エルヴィスが現れただけで目立つ。それ以上の派手な演出はどういったことになるのかと、恐ろしい。


「そういえば、花のひとつも贈っていませんでした。気の利かないことで申し訳ありません。こういったことには疎くて……明日から、毎日花を届けさせましょう。ああ……本当に今日は失敗してしまった……」


 眉根を寄せながら、エルヴィスはため息を漏らす。

 セシリアの意図は、まったく伝わっていないようだ。


「いえ、そのようなことはしていただかなくても……」


 止めようと口を開いたセシリアだが、エルヴィスが楽しそうなことに気付いて、途中で口をつぐむ。

 どことなく、エルヴィスは浮ついているようだった。


「……楽しそうですね」


「そうですね、自分でも浮かれていると思います。意外と楽しいものですね」


 思わず漏らしたセシリアの呟きに、エルヴィスは律義に答えた。

 そういえば、エルヴィスはアデラインが亡くなった後はずっと怒涛の人生で、恋愛を楽しむような余裕もなかったのだろうと、セシリアは気付く。

 恋愛関係を演じているだけだが、むしろそれ故に気負いなく楽しめるのかもしれない。


「良い年をして子どもじみていて、幻滅しましたか?」


「いいえ、あなたが楽しそうなのは嬉しいので、構いませんわ」


 本心からそう答えると、エルヴィスが少し驚いたような顔でセシリアをしばし見つめた後、わずかに視線をそらす。


「……まずは、首尾よく婚約を結ぶことからですね。憎き王太子に殴りかかってしまわないよう、心を引き締めます」


 やや唐突だったが、エルヴィスは話を変える。

 だが、その内容は本日一番の重要事項だ。エルヴィスとの婚約が結べなければ、セシリアは好色王に送られてしまう。

 セシリアも気を引き締めて、頷いた。

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