14.背負わせてしまった咎
協力者となったセシリアとエルヴィスは、まずは目先の出来事から片付けることにした。
王太子ローガンに、二人の婚約を申し出て認められることが先決だ。
本当の目的である罪を暴くことに関しては、それが片付いてからとなる。
「私があなたに一目惚れしたことにしましょう。それが一番、無難でしょう」
エルヴィスの提案に、セシリアはやや戸惑いながらも頷く。
確かに、セシリアからエルヴィスに言い寄ったのでは、何故エルヴィスがそれを受けたのだと疑問に思われる可能性が高い。
エルヴィスからの一目惚れであれば、何故セシリアに惚れたのかと混乱するかもしれないが、色恋沙汰など不可思議なものと、それなりに納得してもらえるだろう。
力があるのはエルヴィスなので、彼を主体にしておくべきだ。
「幸い、学園で一度会っていますからね。そのときに運命を感じたことにしましょう」
「真実の愛に目覚めた、というわけですね」
互いに含みのある笑みを浮かべながら、設定を決めていく。
「そういえば、学園でお会いしたときは何をしていらしたのでしょう?」
「ああ、視察ですよ。女子校舎なので、あまり人のいない時間を選んだのです」
ふと気になって尋ねてみると、あっさりとした答えが返ってきた。
同級生がローズブレイド公爵は学園に多大な寄付をしていると言っていたので、そういうこともあるかと、納得する。
噂話でも、エルヴィスは独身の高位貴族として女子生徒に人気らしいので、人の多い時間を避けるのは当然だろう。
「まさかそのときに会ったあなたとこうなるとは……実は、本当に運命だったのかもしれませんね」
藍色の瞳に悪戯っぽい光をたたえながら、エルヴィスがセシリアを見つめてくる。
からかっているだけだとわかっているが、それでもセシリアは胸の鼓動が早まるのを感じて、視線をそらす。
かつての義弟とは別人なのだと思うようにしたが、それはそれで異性と二人きりだという状況になるので、戸惑ってしまう。
「……ご冗談を」
ぼそぼそと、セシリアは呟く。
だが、エルヴィスはじっとセシリアを見つめ続けたままだ。
「いいえ、本音ですよ。実際に、私の心を捉えた女性はあなたが初めてです。もちろん、姉は別としてですが」
「は……はあ……」
何と返してよいかわからず、セシリアは曖昧な呻きを漏らす。
口説くような物言いの中に、姉への思慕をにじませられると、セシリアとしての思いとアデラインとしての思いが混在して、複雑な気持ちになってしまう。
「ええと……その、公爵さまはこれまで縁談とか、言い交わした女性といったものは……」
「エルヴィス、とお呼びください。公爵さまでは他人行儀でしょう」
セシリアの言葉を遮り、エルヴィスが微笑みながら要求してくる。
言葉に詰まるセシリアだが、彼の言い分はもっともだ。
「……エルヴィス」
かつて呼び慣れた、懐かしい名を呼ぶ。
もはや別人と割り切ろうとしながら、それでも目の前の相手が本人そのものなのだと、名を呼ぶことで実感してしまう。
これまでよく頑張ってきたねと頭を撫でてやりたい、アデラインとしての衝動がわき上がってくるのを、必死に抑える。
「私も、セシリアとお呼びしてもよろしいですか?」
しかし、続くエルヴィスの言葉でセシリアは現実に引き戻された。
今の自分はセシリアなのだと、浮き上がってきた過去の記憶が沈んでいく。
「はい……」
ほろ苦い気分を飲み込み、セシリアとして頷く。
エルヴィスはセシリアが戸惑っていることには気づいているようだが、恥じらっているだけだとでも思っているのだろう。特に態度は変わらず、微笑んだままだ。
「それで、縁談ですが、これまで忙しかったものでして。立場が安定してきたのがつい最近ですので、それどころではなかったのですよ」
話を元に戻すエルヴィスだが、その内容でセシリアははっとする。
激しい爵位争いがあったという話は、王家の引きこもりだったセシリアにすら届いたくらいだ。
浮ついたことを言っている暇などなかったのだろう。
「おそらくご存知でしょうが、私は先代の養子です。とはいっても、先々代の三男の息子なので、ローズブレイド家の血は引いております。ただ、血縁的にはより上位となる先々代の次男がいましたからね。義父が亡くなったのも私が成人する前だったので、まあいろいろと」
ぼかしてはいるが、相当熾烈な戦いだったはずだ。
エルヴィスの成人まで先代公爵が存命だったのなら、叔父も入り込む余地などなかったのかもしれない。
結局はエルヴィスの勝利で終わったはずだが、セシリアはそのあたりの詳細は知らなかった。
だが、エルヴィスはセシリアがローズブレイド家について綿密に調べてきたと思っているようなので、迂闊なことは言えそうにない。
「叔父さまはその後、どうなったのでしょう?」
「屋敷からいくらか財産を持ち出し、姿をくらませた後はわかっていません。この国からは出たようですが、どこで何をしているのかは不明です」
どうやら敗走したが、生きてはいるようだ。
アデラインの記憶では、叔父に関する印象は薄い。あまり目立たない人だと思っていたが、それは当主が健在だったためだろう。いざ自分が当主になれる可能性が出てきたら、欲が出てしまったようだ。
こちらはいちおうの確認程度で、本当に知りたいことは別にある。
セシリアはそっと深呼吸をしてから、質問を口に出す。
「……先代の公爵さまが何故亡くなったのか、お伺いしてもよろしいですか?」
「言われているとおり病死です。叔父の毒殺説もありましたが、事実ではありません。もっとも、弱ってしまったのはそれよりもずっと前のことで……姉が亡くなったのが、全てが狂い出すきっかけでした」
セシリアの問いに、エルヴィスは素直に答えてくれた。
だが、その表情には苦渋がにじんでいる。
「姉が自ら命を絶ったと知らせが来たとき、私はまだ八歳でした。信じられずにいるうちに、義母が倒れ、続いて義父も病を得てしまい……まだ幼い私は何の役にも立てませんでした。姉が事実に反した悪評を立てられていくのを、黙って見ていることしかできず……」
拳をぎゅっと握り、悔しさをあらわにするエルヴィス。
「いつか姉の無念を晴らすのだと私は心に決め、義父と義母にも誓いました。その後、叔父との争いがあったために遅くなってしまいましたが、ようやく取り掛かれるようになったところです。その矢先に今回の申し出……まさにあなたは導きの天使ですよ、セシリア」
とても純粋な笑顔を向けてくるエルヴィスだが、セシリアは心が痛む。
前世でのアデラインの死が、エルヴィスにこのような咎を背負わせてしまったのだ。
これまで、恋愛や青春の楽しみなど無縁だったのだろう。
元凶の罪を暴き、アデラインの無念を晴らすことができれば、エルヴィスも自分の人生を生きていけるはずだ。
そうすれば、セシリアとの婚約を解消して、彼の愛する人を見つけることができるだろう。
エルヴィスを解放してあげるのだと、セシリアは胸を突き刺す痛みと共に決意した。