01.転生先は裏切り者の娘
窓から差し込む光と、小鳥のさえずる声で、少女は目を覚ました。
体はだるく、頭もぼんやりとしている。
しかしその直後、記憶が鮮烈に蘇ってきて、少女は勢いよく身を起こした。
「……塔から突き落とされた……はず」
ぼそりと呟きながら、少女は己の手のひらを眺めてみる。
傷は見当たらず、体を起こしたときにも痛みはなかった。
誰かに塔の上から突き落とされ、地面に墜落していったところで記憶は途切れている。
地面に叩きつけられる前に、助けられたのだろうか。それとも、突き落とされたことが夢だったのだろうか。
「確か……卒業パーティーで殿下に真実の愛を見つけたとやらで、婚約を破棄されて……いわれなき罪を着せられて懺悔の塔に……」
少女の脳裏に、記憶が蘇っていく。
王立学園の卒業パーティーにて、婚約者である王太子が男爵令嬢との間に真実の愛を見つけたと言って、婚約破棄を切り出したのだ。
さらに、隣国の王子に求婚されて、パーティーはめちゃくちゃになってしまい、罪をでっち上げられて王太子の手駒によって塔に幽閉された。
そして、塔から突き落とされたはずだ。
「でも、ここは……お父さまは……エルヴィスは……いえ、ちょっと待って……え……ええ……?」
今の場所はいったいどこだろうと考えながら、少女ははっと気づく。
婚約破棄されて塔から突き落とされたのは、十八歳の公爵令嬢アデラインだった。
だが、今の自分は十五歳の王女セシリアなのだ。
記憶が混乱している。
少女は状況を整理しようと、ゆっくりと息を吸って吐き出す。
そして記憶を呼び起こしてみれば、王女として生まれてから今日までの、あまり良い扱いとはいえない人生が次々と蘇ってくる。
最後は高熱を出して寝込んだところで、記憶は途切れていた。
やはり、自分は王女セシリアで間違いないようだ。
「でも……この記憶は……」
だが、もうひとつ異なる記憶がある。
公爵令嬢アデラインの記憶だ。
目覚めたとき、鮮やかに蘇ってきたときは全てがそれに埋め尽くされたが、今はもう少し落ち着いて思い出すことができる。
公爵家の長女として生まれ、王立学園の卒業パーティーの日に死んだことまでが、ぼんやりと浮かんできた。
「まさか……女神の忘れもの……?」
この国は女神の加護の下にあり、人々の魂は永遠であるといわれている。
人々は生涯を終えると、再びまっさらな新しい生を迎えるという。
だが、新たな生を始める際、前の人生の記憶は無くなるものなのだが、ごく稀に記憶が残っている場合がある。
強く思い残したことがあるのだとか、本来の役割を果たせないまま生を終えてしまったからだなど、色々なことがいわれているが、原因は定かではない。
ただ、女神が記憶を消すのを忘れたのだということで、女神の忘れものと呼ばれている。
実際に女神の忘れものが発生した記録は神殿にごくわずかしかないというが、小説や舞台ではよく出てくる設定だ。
引き裂かれた恋人たちが生まれ変わり、かつての想いを遂げるといった物語は人気がある。
セシリアも女神の忘れものが出てくる物語は読んだことがあり、今の自分の状況はそれにあたるのだと予想がついた。
物語では死にかけたときなど、衝撃を受けた際に記憶が蘇るのが定番だった。セシリアは高熱を出していたので、それがきっかけでかつての人生の記憶を思い出したのかもしれない。
「でも……よりにもよって……どうして、こんなことに……」
セシリアは、自分がおそらく公爵令嬢アデラインの生まれ変わりだと結論づけたところで、頭を抱える。
公爵令嬢アデラインの婚約者である王太子ローガンは、彼女との婚約を破棄して、男爵令嬢ヘレナを選んだ。
その後、王太子ローガンと男爵令嬢ヘレナは結ばれて、娘が生まれた。
王太子と王太子妃の間に生まれた娘は王女として、セシリアという名を与えられる。
よりにもよって、公爵令嬢アデラインは自分を裏切った二人の娘、セシリアとして生まれ変わったのだ。