05
ラムセスはソファーに座るように促し、私が座るとフルートグラスに注がれた飲み物が置かれた。
美味しい泡! スパークリングワインだった。
「ローズさん、食事の前に少し話しましょう。
朝は、いきなり配慮のない発言をして申し訳なかった。
貴女には、生きる道を選んで欲しい。そのために私を利用して欲しい。
この屋敷が嫌なら離れを用意する。王都に家を用意してもいい、使用人もつける。地位や名誉を望むならかなりの範囲で叶えてあげられます。
しかし、それは今ではない。貴女は、まだ15歳になったばかりでーー」
15歳になったばかりと聞いて、私は軽く目を見開き考えた。
なぜ15歳と言い切ったのだろう。
「あの? 15歳になったばかりというのは?」
「異世界からこの世界にくると、以前の年齢に関係なく15歳なのです。
幼少の物は15歳に成長した姿で召喚されます。15歳以上の者は15歳時の姿に戻るのです。
過不足なく栄養摂取した病気や怪我のない状態の15歳の身体で召喚されます。元の世界の記憶は引き継がれます。
同時に召喚術式を展開した者の15歳当時の学力を付与します。と言いましても主に言語能力です。身体能力や記憶までは付与されません。
身体面と学力付与の錬成が召喚術式の最も難しいところです。
召喚された翌日、今日12月1日が貴女の誕生日となります」
17歳でも19歳でもよかったのでは? どうして15歳? と聞きたいけど、明快な回答をもらえない気がした。
身体的には、成長期を過ぎて成人病の芽が出る前の15歳なのか? 幼年で召喚された者がいきなり15歳にされて学力で不利にならないように、術者の学力面でフォローされるということか?
確かに召喚直後から会話が成り立っている。
そして、誕生日を上書きされた。
かなりの部分が造り替えられてしまっている気がする。
記憶を引き継いだ転生に近いようだ。
これっ……戻る道が無いってことのダメ押し?
私、結構な病気持ちだったけど治ったということか? 15歳の時は長期入院していた、ずっとベッドの上にいた暗黒時代だった。そうだ、まだバッグの中の持病薬の確認をしていない、でももう必要ない事か……。
育児の手間もかからない、でも御しやすい、未成年の15歳ねぇ~。
善意と悪意が混じっている。
「いくつで成人ですか?」
「18歳で男女ともに成人です」
そう、先ほどの話の流れだと……あと3年は軟禁生活が続くのね。グラスの中の泡立ちを見ながら私の頭に今朝から過ごした緩い時間が浮かんだ。
だとしても、たった半日で懐柔はされない。言葉が通じるなら、私の不安や思いを吐露して、少しでも罪悪感を育ててもらいたい、相手の出方をみたい。
少しでも有利に事を運びたいという衝動が芽生えた。
「貴方を信じる事は難しいです。異世界召喚を許した人達や止めなかった人達に怒りを覚えます。
そして、そんなあなたの庇護下でしか命の保証がされない自分の置かれた状況が情けない。召喚されてしまった自分が許せない」
「悪いのは私達です。お願いです、ご自分を責めず私達を責めてください。
ローズさんの怒りや不安を取り除く手伝いをさせてください。我々が、手伝うことを許してください」
「私は環境の変化に弱く、人見知りが激しく、慣れない環境で無理をするとすぐ熱が出ます。あなたの望む形で物事は進まないと理解して欲しい。私に期待をしないで欲しい」
「ローズさんに無理はさせません、約束します」
「早々に貴方と私の関係性や今後の生活のための取り決めを文書で交わしたい。その草案の作成をお願いしたい」
「わかりました、一カ月を目途に作成すると約束します。
より良い内容にするためにも、私と過ごす時間を作ってください」
「…………」
「ローズさん、貴女を知るための時間を許してください」
懇願するような表情のラムセスに、私は頷いた。
「食事の準備ができたようです、ローズさん手を」
ダイニングテーブルまでの10歩の距離をエスコートされながら考えた。
私は、ラムセスの、このエスコートの手を取った。
私は、少し進むことができたのだろうか、そう思いたくて自分に対して頷いた。
食事は、フランス料理に似ていた。
朝食は何気なくフォークとナイフを使ったが、食事の仕方を確認してみた。
本当にフランス料理と同じだった。
私の祖父母は米どころで田んぼを何百枚も持ち、品評会でも優勝する甘くておいしいお米の生産者だった。
しかし、私は炊き立てのご飯と熱いみそ汁が、大の苦手だった。両親がなんとか食べさせようとしたが、私は受け付けなかった。冷えたご飯を数口、みそ汁の上澄みをすするのがせいぜいだった。
食事の度に叱責され、食事が大嫌いだった。少食になり、身体が弱かった。
それを助けてくれたのは、コメ生産者に嫁いだ祖母だった。「私もお米よりはパンなのよ、お嫁に来たとき大変でねぇ~私に似たのね」と笑いながらパンを食べさせてくれた。祖母は気をよくして、小さい同士を洋食レストランや高級フレンチ等に連れ歩いた。そしてマナーを教え、わからない時の対処法まで教えてくれた。
祖母は10年前に他界している。消えた私の心配をかけることがなくて良かったと思いながら、食事は終わった。
食事の後は、食後のお茶が始まった。
「このあと、屋敷の中を案内させてください。
私の事は、ラムセスとお呼びください。あなたの事は、ローズ様と呼ばせていただきます」
「…………」
なぜ? ローズさんからローズ様に変わった……?
この人は、そちら側の人だろうか「ローズ様とラムセス」って「女王様と下僕」って感じがする、ピシピシと鞭の背徳的な音が聞こえそう。
こういう時は、客観的に大人の意見を聞きたい。執事とか家令は、どこ?
私は、動揺を悟られないように、視線だけを動かし服装のしっかりした執事らしき身なりの人を見つけた。
執事としてどうなの? と念をこめて視線を合わせた。
「旦那様、お嬢様にはセス様とお呼びいただいた方がよろしいかと、そうですねお互いに尊重のしるしとしてセス様とローズ様の方がよろしいのでは?」
執事が発言し、サリが頷いている。私も心で強く頷いた。
「セス様ではなくセスと呼んでください」
「では、ローズと呼んでいただけますか」
「いやっ、それは……」
ラムセスは下を向いてしまった。この人、面倒かも。
あっ、喉が痒くなってきた……咳がでそう……。
「……こほっ……ひゅー……ごほっごほっ……」
「ローズ、喉をどうかしましたか?」
持病の喘息発作が出始めた。
「お嬢様、喉に良いお茶をお持ちします」
「ごほっ……ぜーぜー……部……屋に……ひゅー……ぜーぜー」
「ローズ!話せますか?」
「ごほっ……戻り……たい……ひゅーひゅー……」
私は、セスに抱きかかえられて部屋まで戻った。
セスは、治癒魔法を施すと言ってくれたが、首を横に振った。
早く、早く吸入薬を使わなければ……一人になりたい。
話すのも苦しく、会話は途切れ途切れの単語のやり取りとなった。
座って静かにしていれば治まる、となんとか告げて、一人にしてもらった。
一人になり、先ほど返してもらったバッグの中の吸入薬を探し手にした。
残量を表わすカウンターは60を刻む、発作時は2吸入して様子をみてダメなら2吸入する必要がある。
2吸入して、口をすすいだ。
バッグの内ポケットにある頓服用の経口ステロイド錠剤を確認した。近頃この錠剤は、お守りと化している今回も大丈夫そうだ。
薬の効果で喉が少し落ち着いたころに、今15歳だったことに気づいた。
薬の用量を大人量で使ってしまった。
18歳が成人、成人に近い15歳……正しい用量は?
発作止めの使用後は、少し胸が苦しく声が出しにくい。
ー上記の吸入薬についてー
吸入ステロイド薬と長期間作用型β2刺激薬の配合剤を想定しています。
長期管理薬と発作治療薬の両面を持つ設定です。