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04

 

 異世界から来た少女は、私からの提案を全て打ち切って退室した。

 少女の姿が見えなくなるだけで、訳も分からない不安が襲ってくる。


 私の家系は、魔術に精通していた。

 若くして即位した陛下からは、魔術面でも評価されていた。

 異世界からの召喚術を廃止する事は、陛下の即位の誓の一つであった。

 私は賛同し、自ら協力を申し出た。


 召喚された者は、酷く取り乱すか茫然自失に陥ると聞いていた。

 帰れないと分かると、泣き暮らすか我儘に振る舞うと聞いていた。

 中には、時の王との結婚を望むものもいたと……。


 召喚直後の少女は静かだった、発言もしっかりしていた。

 感情的になることなく、凛とした姿勢と視線に惹きつけられた。

 華奢な体に、黒い艶髪と大きな黒い瞳はウルウルと輝いていた、少し低音の声が心地よく聞こえた。

 ただただ守ってあげたかった、はじめて可愛いという感覚を知った。

『歩けない』と言われなくても、マントでそっと包み込んで抱き上げていたと思うほどに惹かれた。


 少女は、多くの使用人に傅かれても、堂々としていた。

 屋敷内を歩く姿や食事の作法も美しかった、良い育ちだろうと推測した。


 少女は、名前を教えてはくれなかった。

 私の質問に答えたくないということだろう。

 私に名前を呼ばれるのが嫌なのだろうか。


 ローズは、私の説明を聞いて、異世界召喚を拉致と瞬時に言い換えた。

 私は、激しく動揺した。

 偉業とされる異世界召喚術に、私は少なからず抵抗を感じていた。その抵抗の理由をローズは、瞬時に拉致という言葉で言い当てた。


 ローズは、心地よい声で静かな口調で死を望んだ。

 希望も絶望もない、最後まで自分の命を自分でコントロールしようとする強い意志を感じた。孤高な目に惹きつけられた。


 私は、拉致した犯罪者に過ぎない事を突きつけられた。

 突如ふくらんだ後悔と罪悪感を薄めるため、動揺を隠し、取り繕い、なんとかしてローズのために環境の提供を考えた。

 取っ掛かりに、メイド選考と買い物を提案したが、感情の無い声で拒絶された。


 召喚に成功し、筆頭魔術師に内定し、召喚された少女が可愛くて浮かれた自分が愚かだった。拒絶されてはじめて、自分の犯した事の重大さに気づかされた。



「どうやって、償えばいいのだろうか」

「旦那様、あのお嬢様は自暴自棄であのような事を言ったわけではないのでは? 今は、こちらが誠意を尽くして、お気持ちが動くのを待つしかありません」


「ああ、そうだな。ローズさんに良質の環境を整えることに尽力しよう。

 拒絶されても、こちらは彼女のために道を用意し、彼女が助けを求めたらいつでも手を貸せることを説明し続けよう」


「旦那様! しばらくお嬢様に集中してください」

「ああ、そのつもりだ」


「……あの方が、この屋敷に新しい風を運んでくれるかもしれませんね……」

「ヨハン? 何か言ったか?」

「いえ、お茶をお持ちします」



 熱いお茶を飲みながら、ローズの事を考えた。

 先ほどは、気丈に振る舞っただけで、ローズが部屋で泣いていたら……今後、ずっと閉じ籠ってしまったら……。


 そう考えると居ても立っても居られず、執事のヨハンに尋ねた。


「ヨハン、ヨハン、今、ローズさんはどうしている?」

「お召し替えかと」

「あっ、そうだな……」


「ヨハン、ローズさんは泣いていないか?」

「旦那様、サリからそのような報告はきておりません」

「では、何をしているのか確認してくれ」

「……かしこまりました」


「ヨハン、どうだった?」

「旦那様、お嬢様は静かに物思いに耽っていらっしゃいました」

「あぁ、そうか……」


「ローズさんは、気落ちして 泣きそうではなかったか?」

「旦那様、落ち着いてください。お嬢様は、お部屋の扉を解放していらっしゃいます。ご心配でしたら、そっと窺われては?」

「扉を閉ざしていないのか! 強い拒絶はないということか……」

「はい、おそらく。旦那様は、焦らないことです。お嬢様の人となりや考え方を知るためにも、まず旦那様は冷静におなりください」

「ああ、そうだな……」


 ローズが、扉を閉めていないという事実が私の心を軽くしてくれた。


 私は、ローズとの昼食に思いを巡らせた。



 ※



 私は、朝食を終え、今朝目覚めた部屋に戻った。


 メイド達が「朝食後のお召し替えを」と訳の分からないことを言い始めた。

 丁寧にお断りをして、私物を受け取った。


 私が身に着けていた服や靴の他にバッグが異世界に来ていた。バッグの中のケータイ・タブレットは圏外だった。

 モバイルバッテリーがあるものの電源は時間の問題だろう、音楽アプリを起動し再生した。あと何回再生できるだろうか、とりあえず機内モードにしてみた。


 元の世界にはもう戻れない、現実を受け入れないとダメなのかもしれない。これからどうしよう。


 今までにない、難しい局面だ! チョコレートの国のあの時と質がちがう。


 なんとしても帰還の方法を探す。

 ここでの生き方を模索する。

 いっそ一回死んでみる。


 危ない、この現状で刹那的なネガティブ思考は危険だ、考えを変えるか考える事を止めよう。

 それに自傷行為に及んでもラムセスの治癒魔法で助かってしまう気がする。

 私は、まだ混乱の渦中だ、冷静にならなくては良い考えも浮かばない。


 帰れない・厚遇される。ということが判明した。

 それだけで今日の私は頑張った。


 となるとシッカリした生活をして、心身を健全に保とう。

 あとは、現状把握のための情報収集をしなくては……。


 今度は、さしずめ身分取得と生存戦略だ、また髪が抜けそう。



「お嬢様、お昼のお召し物を選びましょう」

「……今のままで、髪型と靴を変えてください」



 準備が終わり、朝とは違うダイニングルームに案内された。


 ガラス張りの窓の向こうには、庭園が広がっていた。

 それぞれのガラスを囲む黒いアイアンフレームが額縁のようで……あっ、あの時と似ている。

 あのホテルでの雪の朝食の時は、モノトーンのテーブル・スツール・飾り棚でスタイリッシュだった。

 今、目の前に広がるのは飴色の世界だ、ローテーブル・革張りソファー・ダイニングセット・飾り棚が重厚な感じにまとめられている。



 立ち止まっていると声がした。


「こちらへ」


 ラムセスが、キラキラ笑顔で立っていた。


 朝のあのやりとりは何だったのだろうか?

 私への態度を硬化させてもおかしくないラムセスは穏やかだった。


 気まずいのは私だけ?


 色々と思うところはあるが……。

 私が優先すべきことは、良質の栄養と睡眠と情報収集だ。


 私は、この世界で生きていくしかないのなら、目の前の人と良好な関係を築くことが重要なのはわかる、……わかるけど拉致犯なんだよね。

 私は、そもそもサプライズというものすら許せないつまらない人間だ、拉致なんて許せるわけない。


 テレビ報道や特集で、さらわれて軟禁された少年少女が、数年後に救出されたとか自ら逃げ出したという事件を聞いたことがある。でも、私には逃げ出そうと思う強い意思がない、逃げ出す先というか帰る場所がない、救出してくれる人もいない。

 私、泣きそう……後で泣こう。


 今は感情を凍らせて、冷静にこの状態を分析しよう。



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