03
私の身に着けていた服やバッグ等の私物は、視界の範囲に見当たらなかった。
重厚な雰囲気の広い部屋だった。
ヨーロッパのクラシカルホテルのような雰囲気の室内だ、中世? 近世?
スタイリッシュな家具や目を引く大きなガラス窓……近代? 現代?
異世界の時代を私の知っている時代区分に無理やり当てはめるのは無意味な気がする、何時代なんて考えるのはやめよう。
ベッドや家具のサイズが大きい、ブランド家具売場のようだ。椅子やソファーだけでも何脚あるのだろう? それでも広々とした空間が広がっている。
幼いころ、御殿のような日本家屋に住む祖父母の家で過ごした日々を思い出した。私付きのお手伝いさんがいて、全て私と過ごしてくれた。廊下も広く長く、部屋もトイレもお風呂も広くて恐かった。お手伝さんが優しく「大丈夫ですよ」とあやしてくれ、お箸を口に運ぶ以外は全てやってくれた。
私は両親には見向きもされなかったけど、裕福な祖父母は私を不憫に思ったのか妙に溺愛してくれた。思い出すこともなかった30年前の記憶だ、懐かしい……。
大きな姿見と服がかけられたワードロープが2本、何もかかっていないワードロープ1本が部屋に搬入された。靴箱が積み上げられた。それでも部屋は広い、天井も高い。冷暖房効率の悪い部屋に思える。
「昨夜、お召し替えの際にサイズを測らせていただきました。昨日のお召し物を拝見させていただき、いくつかこちらでドレスと靴を用意いたしました。朝のお召し物をこちらから選びください」
侍女長サリからの、嬉しい提案だった。
現状把握や生存戦略について目を逸らしたかった、服選びは意外と頭を使い気が紛れる。
週末廃人の私には、これといった趣味もなく、ただ出勤を仕方なくしていた。
お洋服だけは、そんな気分を上げてくれた、お気に入りの服や買ったばかりの服を着るついでに出勤できたからだ。それに気づいてからは、シーズンごとに、お高めのセレクトショップでお洋服を選ぶのが至福の時間だった。人間らしい時間だった。
私のお給料は、ほとんどお気に入りのセレクトショップに消えていった。おかげで素材を見る目、着こなしは身についている、たぶん。
私は、服にこだわりがある、服選びは食事より好きだ。
何人ものメイドさんが、ワードロープから服を一枚ずつ見せてくれる。私の表情で、戻される服と何もかかっていなかったワードロープに移される服に分かれた。
召喚時に膝丈ワンピースを着ていたせいか、大半がドレスワンピースだった。
何もなかったワードロープに10着のワンピースがかかった。
そのワードロープが私の近くに運ばれてきた、また一点ずつ確認を求められた。これは何の儀式ですか? あっ……
ずいぶん前に、海外の高級メゾンで服を選んだことがある、既製服なのに驚くほど高価だった。私と同じような体格の女性が、私の代わりに試着して、私の前で歩いてターンしてポーズ決めていた。
その時、私は不思議だった「私が着なくていいの? 触らせてくれないの? なんで?」と、最後2点に絞るまでそれは続いた。それから、その残った2点を試着して買ったことを思い出した。
この記憶は疲れを誘った、一刻も早く決めよう、今はご飯が食べたい。
10着のワンピースの中で、一番シンプルなのを即決して終わらせた。
靴は、逆にボリュームのあるものを選んだ、さっ……食事だぁ。
「お嬢様、お似合いです。御髪とお化粧はいかがなさいますか?」
「…うっ……簡単にお願いします」
鏡に映る姿は、若返っていた。
35歳の私の髪・肌・声が少女? 乙女? 若っ! と驚いた。これ転生?
朝だから思考がまとまらない? 異世界だから変な補正がかかったのかしら、よくわからない……空腹で考えられない、まずは栄養補給をしよう!
「お嬢様、準備ができました。」
「あ、ありがとうございます」
成人式で振袖を着たときよりも、身支度に時間がかかった気がする。空腹感は喉の渇きに変わっていた。
サリについて、部屋を出て広い廊下を歩く。
「お嬢様をお連れしました」
大きな窓が開け放たれ、その先のテラスに白いクロスのかかった円形の大きなダイニングテーブルが置かれている。
ラムセスが、書類から顔をあげ笑顔で迎えてくれる。
「おはよう、目が覚めたようですね。美しい装いですね。食事を始めましょう」
「おはようございます」
朝食が始まった。
「フルーツをお選びください」
フルーツが運ばれ、選んだフルーツの搾りたてジュースが置かれた。
「パンをお選びください」
各種パン・バター・コンフィチュール等が並び、焼き方や付け合わせ方を聞かれる。
「卵はいかが致しましょう」
プレーンオムレツにグリルトマト・ウインナーの付け合わせを頼んだ。
「食後のお茶とプチガトーでございます」
やっと、フィナーレがきた。
朝食が、こんなに面倒だったとは知らなかった。
ファミレスの朝のワンプレートモーニング・ドリンクバー付の方がバランスよく充実感が大きいような……帰りたい。
そう、帰れるか帰れないかを確認しよう。あと、私の処遇を確認しよう。
それにしても紅茶が美味しい。
ラムセスが、口を開いた。
「少し、お話ししましょう。その前にお名前を教えてください」
「…………」
「記憶が混乱していますか? では、名前をお教えいただけるまで、フォードの家紋の薔薇にちなんでローズさんとお呼びします」
「…………」
「ローズさん、今回は召喚したことをお詫びします。
筆頭魔術師に選ばれるには、異世界召喚をすることが条件になります。
召喚は、召喚されたものの今までを断ち切る非人道的な行為です。この風習をなくすために、私は筆頭魔術師になる必要がありました。召喚は昨日が、最初で最後です。
あなたには不自由はさせません。私を信じてください。あなたの幸せを陛下と共にお約束します」
「…………」
「ここまでで質問はありますか?」
予期せぬ謝罪は、私の感情を揺さぶった。
非人道的ってわかっていながらこの人は悪に手を染めた、被害者の私に何を言わせたいのだろうか。
私は、誘拐ならぬ拉致されたわけで、お詫びぐらいで済ませられないことだよ。
私が最初で最後であろうが、そんなことは私には関係ない。
目の前の人は通り魔で拉致犯ってことだよ、そんな人間を信じない。
そんな人間の話なんて聞きたくない。
話したくもない、でも確認をしなくては……。
「家へ帰してください」
「それは出来ません」
「それ以外で、望みはありますか?」
「では、拉致ついでに私を殺してください」
「えっ……」
「簡単ですよ、それとも拉致は出来ても殺人はできないのかしら?」
「ちょっと、待ってくだーー」
「言い方を変えましょう『筆頭魔術師の内定を決定にするには召喚した者を殺さなければならない』という決まりがあったなら、貴方は『君が最初で最後だから』と殺せるはずでは……」
「いや……」
もう、なんだか……どうでもよくなってきた。
「では、毒を用意してください」
「大変申し訳ないが、ローズさんを元の場所に返すこと及び傷つけることはできない。
その代わりというか、今後不自由はさせない、いや厚遇するつもりでいる。私の全力を尽くしてローズさんの願いを叶えます」
「部屋へ戻ります」
「この後、専属メイドを選びましょう。話し相手に専属侍女も用意しましょう」
「私は、望みません」
「そうですか……では、気分転換に街に買い物に行きましょう」
「望みません。私を先ほどいた部屋へ戻してください。私物もお返しください」