02
出勤前にいつものように近所のファミレスで朝ごはんを食べていた。
窓ガラスの向こうは、白いものが舞っている。
あっ、次の雪!
――次に雪を見るとき、私はどうなっているのだろう――
あの日のように、眺める雪は美しい。
私は、日本の穏やかな日常を生きている。
次の雪も、今日のように穏やかな日常だろうか?
チョコレート国での色々な事を思い出した。
時間がたっても、人生において忘れることの無い出来事として記憶に残るだろう。
普段は、ボヤボヤしている私が、久しぶりに頭を使った、頭脳の今まで使っていなかった領域もフル稼働させた、身分回復の生存戦略を寝ずに4日間で攻略した。
各種手続きを短時間で復旧した見事な帰国手法について友人知人に感心された、その体験談の執筆を薦められるほどだった。
あの時は、身ぐるみはがされても取られないもの、知識や技能や語学や健康といったものを重要視することにはじめて共感できた。
でも今となると、なんとなく無事に帰国できた事実がある。結局なんとかなった訳で、複雑。
信用を重んじる国で、見た目・持ち物・カードの色だけでもちゃんとしておいたことが、生死を分けたのかもしれない。
もう、1年がたった、そろそろまたチョコを買い込みに行きたい。
次に雪を見るときは私はどうなっているのだろう?
きっと静かに今日のような日々を過ごしているはず。
さっ、思い出は終わりにして出勤しなくては、今日を始めよう。
コーヒーを飲み干して、カップをソーサーに置いた。
置いたはずだった……。
ソーサーは消えテーブルも消えた、前のめりになりながら浮遊感に襲われ、床に浮き上がった光の輪に吸い込まれた。
ハッと気づくと、冷たい大理石の魔方陣の上に両手・両膝を付いていた。
膝を打ちつけたようで痛い、立てる気がしない。
「おお! 召喚成功です」
「これで次期筆頭魔術師の内定者は、フォード殿となりました」
私は俯いたまま、男たちの話をハッキリ聞き取った。
今の私は、さっき雪を見たせいか、危機回避のための分析が冴えている。
これは、異世界召喚の儀式だっ、誰かを召喚することが筆頭魔術師内定の条件だったの? それに巻き込まれたの……。
で、そのフォード殿とやらとその関係者は、私の扱いを丁寧にしてくれるんでしょうねぇ。
元の世界に戻れるバージョン?
一生、この国バージョン?
私の扱いは、奴隷・平民・特権階級・勇者・聖なる存在……どうなるの?
「初めまして、ラムセス・ラナ・フォードと申します」
「…………」
長い名前のフォードさんが、私に手を差し伸べる。
その前に説明することあるよね。
5時間ぐらいかけても足りないぐらいの説明があるよね。なんか、静かな笑顔で手を出されても不愉快だよっ。
膝が痛い……痛がっているのに見て見ぬふりするの? 手当てしてくれないなら、 一人になりたい。
「さぁ、手を……陛下に挨拶を致しましょう」
「……足が痛くて歩くのは無理かと、疲れも酷いので1人にしてください」
「それは大変です。あとで診せてください」
「今、診ていただけないのはなぜ?」
「それは……」
バキッ……ミシ……
私の足元の大理石に一直線にヒビが入っていた、ヒビの先を目でたどると10メートル先に王子風コスプレした人が座っている。その前の床に何か刺さっていた、ヒビの始点はそこのようだ。
その棒は何? 光っている? よく見えないけど槍? 刀身?
さきほどの長い名前の人が私を抱き上げ歩き出した、コスプレ王子の前に止まって、跪き頭を下げた。
「おそい! 報告を」
「国王陛下、無事に召喚に成功しました」
「今回の召喚した異世界人は泣いていないようだが生きているのか?」
「はい、足を痛めて歩けないようです」
「ラムセス・ラナ・フォード! この時をもって我が国筆頭魔術師に内定した。召喚した者については好きにせよ」
やはり、召喚なのね。
コスプレ王子は、国王陛下だったのかぁ~。
ここに私の人権はあるのだろうか、珍獣扱いだろうか……。
膝の痛みが酷すぎて気が遠くなってきた、私はそのまま眠った。
日差しの強さに目が覚めた。カーテン閉めなかった? いつものように枕元にあるケータイを手探りで取ろうとするが無い、シーツの手触りが違う。あっ、変な事に遭遇したような覚えがある。
目を開き、身体を起こした、見慣れぬ広い部屋には人の気配は無かった。
一人かぁ~、よくわからない状態で一人からかぁ。
危機的状況なのに、何となく身体が軽い。
カチャ・バタッ
「目覚めましたか?」
あっ、昨日の長い名前の人? 雰囲気が違うなぁ~。
昨日は、黒ずくめの服で眼光鋭く、冷たい人に見えたけど……。
今は、ボリュームある白いシャツ着て爽やか? いや妙に元気で……圧が強すぎて嫌だなっ、別人?
「昨日、治癒魔法をかけました。足を含め、体調の方はいかがですか?」
「…………」
「食事は、こちらでとられますか?ダイニングルームでとられますか?」
「…………」
「専属メイドも決めましょうね、選定は朝食後にしましょうね」
「…………」
「今朝は、侍女長がもう少ししたら来ますからね」
「…………」
「身の回りの物は最小限揃えました、午後から街まで買い物に行きましょうね」
「…………」
「あっ、その前にお名前を教えてください、私は昨日も名乗りましたがラムセスとお呼びください」
「…………」
「さあ、朝の準備をしましょう。さあ、起きてください、寝台から出てきてください」
「…………」
「どうしました、さあ」
「…………」
さあさあって何なの、良く分からない単語が次々に出てくる、なんだか眩暈がする、気が遠くなりそう。
このまま、もう少し寝よう。
「あれ? またもぐられて……どうなさいましたか、朝ですよ。朝食の時間ですよ……体調悪いですか……治癒を……」
ブランケットをかぶりうずくまる私に話し続けるラムセスさん、うるさい!
室内の装飾や家具の説明を始めている、ブランケットの塊に話すなんて、この人は……なんて残念な人なの。
どうでもいいことを話し肝心な説明をできないところをみると昨夜と同じラムセスさんかぁ~。
私に何が起きたのか? 帰れる? 帰れない? 帰ったとき私の居場所はあるの? これからどういう扱いなの? そういった説明が欲しい。
お腹すいた、温度のある優しい食事が欲しい。
バタバタと多数の足音が近づいてきた、今度は何? 朝の合唱でも始まるのだろうか……説明をしてくれないなら、もう少し静かに放置して欲しい。
「旦那様、寝起きの女性の部屋に押し入って何をなさっているのですか、乙女の気持ちをお察しください」
「目覚めて、一人で困っているかと思って……」
「身支度を整えます、退室してください」
「あっ、朝食の好みをまだ聞いていなくてーー」
「旦那様、ご退室を」
「お嬢様、驚かせてしまって申し訳ありません。もう大丈夫です、出てきてください。朝の準備をしましょう」
「…………」
「お嬢様、おはようございます。
私、サリと申します。サリとお呼びください。朝の準備をしましょう」
普通の人がきた? お腹もすいたし、とりあえず起きるしかないかぁ。
「おはようございます。お願いします」
私は、サリに挨拶をしてみた。