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ーー次に雪を見るとき、私はどうなっているのだろうーー
11月の終わり初めての一人旅だった。
仕事に疲れ日本語を聞くのも嫌になった、言語の通じないヨーロッパのチョコレートの美味しい国まで来ていた。
チョコレートを食べ歩き、お茶をして、買い物を楽しみ、荷物を持ち、道に迷っていた。
土曜日のお昼過ぎ、妙に人通りの少ない大通りだった。
その時、男がぶつかってきた、強盗にあった、手荷物をすべて奪われた。
あっという間の出来事で、自分自身に降りかかった事態を理解できずにいた。
街中で一人途方に暮れて道に座り込んだ。
あっパスポートをとられた、日本に戻れない。
クレジットカードも現金も取られた。
それに、ここどこ? ホテルに戻れない。
高い翻訳アプリをダウンロードしたケータイをとられた、道すら聞けない。
自国に連絡をとる手段も奪われた。
これは……やばいかも……
異国の地で、ボロボロに堕ちて息絶える自分の姿が浮かんだ。
気づくと、人に囲まれていた。
何かまだ私から奪うの?
着ている衣服まで奪うの?
小柄の私の衣服は、大した金額にもならないはず。
もしかして、えっ臓器が欲しかったの?
私は病弱で私の臓器は薬剤にさらされ、たぶん役に立たないのよ。
伝える術がもう無いのね、困ったなぁ。
あっ、持病の発作時の頓服薬もとられた。強い発作が出たら終わる。
それは、それでいいかぁ~。
そう考えているうちに、車の後部座席に乗せられていた。
制服着用の運転手と助手席の二人が何かを話しながら楽しそうにしている、時々私を見ている。
どこへ? 臓器摘出手術のために病院へ移送されてる?
闇医師やじゃないといいなぁ~、せめて新しいメスを使ってほしい。
大きな建物の前で停まった。
医療関連の建物ではなく、警察署だった。
さっきの車は警察車両だったのね。普通のワンボックスだったような……?
パスポートが無いから、不法滞在だろうか?
片言の英語で名前や国籍を聞かれ、片言で答えた。
それ以降の言われたこと聞かれたことは理解できず、予想して振舞った。
車に乗せられた。
今度こそ入国管理局に連れられて、不法滞在で収容されるのだろうか……?
大きな見覚えのある建物の前に停まった。
滞在中のホテルまで送ってくれたようだけど……。
ホテルのカードキーも取られていたことを思い出した。
信用第一のヨーロッパへの旅行、頑張って最高級ホテルに滞在していた。
夕刻で混むロビーで警官とホテル従業員が何かを話している。
日本の大手旅行代理店経由で往復航空券代とホテル代は全額振り込み済みだ。
お客様として滞在可能なのはあと4泊。
宿泊中の部屋に警官とホテル関係者に付き添われて入った。
不審者がいない事を確認しているようだった。
スーツケースのカギも取られていたことを思い出した。
警官が、部屋にあった道具で2秒でスーツケースを開けた。鍵って意味ないの?
スーツケースの中に入れておいたパスポート・クレジットカードのコピーを警察に提示した。
警官とホテル関係者とフロントに戻った。
警官は、書類とコピーを見比べ確認して書類をくれた、被害届の写しかな?
その後、「がんばれ」的なことを言って去っていった。
スーツケースに入れておいた2枚の5千円札のうち1枚を現地通貨に換金した。
その日の食事をとり、チェックイン時の信用判定で使ったクレジットカード情報を使い、宿泊開始から現時点の飲食費等の清算を行った。
このクレジットカード本体は盗まれている、使うのはここまでかぁ~、カードを止めなくては……
そこから長い問い合わせが始まった。
クレジットカード2枚を止め再発行を依頼した。ケータイを止めた。日本大使館へパスポート再発行について聞いた。旅行代理店にEチケットの再発行を頼んだ、予定通り帰国できない場合のホテル手配についても確認した。
当然、言葉は通じない日本語が出来る人にたどり着くまでが大変だった。
一晩中かけて、ホテルのロビーの電話とホテル従業員を占有して、ひとまず始めの処置が終わった。
日本に戻れる期待は持てないままだった。
腕時計もバッグの中だった、あー時間すらわからない。
朝6時のモーニングコールを頼み部屋へ戻ろうとした、30分後ですと断られた。
部屋に戻り、現金・1dayコンタクト・お化粧品・薬の残量・換金できそうな貴金属を確認した。
一晩で、髪がかなり抜けた気がする。肌も荒れた気がする。
6時になった、朝食が始まる。
予約時にアメリカンビュッフェスタイルモーニングにしておいてよかった。
朝食会場で、ぼんやり外を眺めていると、雨が雪に変わり始めた。
一日一朝食で3日間をつなぐことになるかもしれない、食べなくてはと思うが、全く食欲がない。神経が高ぶっているのか、疲れているのか……
この先の手続きを考えると、道は細く長く険しく、手続きを漏らすことなく一人でこなせる自信が全くない、頼りになる人もいない。言葉も通じない。
ケータイ・紙手帳もとられ友人に連絡をとる手段がない。
いっそ、帰国を断念して、この国に残ろうか?
そうよっ、転地療養! 人生の転機なのかもしれない。
あー、ネイルや美容院や病院はどうしたら良いの?
歯の治療が必要になったらどうすればいいの?
あと3日で住むところと仕事が見つかるのか?
移住するには、お金と知識と人脈が無さすぎる。
色々考えると、日本に戻る道を歩く方が楽に感じ始めた、現実に戻ろう。
今日は、大使館に行きパスポートの代わりの渡航証の申請手続きがある。写真撮らなきゃ。
外は牡丹雪だった。
傘を持っていない、この国の人達はあまり傘を使わないのか売っているのを見かけない。少ない現地通貨を温存するためにタクシーは控えたい。
クレジットカードは、上手くいけば24時間以内に発行されるらしい。
カード会社がホテルの偉い人を信用できると判断した場合、新しいカードはその偉い人に引き渡される。
その後、ホテルの偉い人が、従業員複数に確認して私がカード名義人と同一と言質をとり、私の手元に新しいカードが渡されるらしい。……不安しかない。
カードの支払いは、毎月きれいだった。でも、これで帰れなければどうなるのだろう。仮に24時間以内に緊急再発行クレジットカードを私が手にしたとして、使えるのだろか? 早々に日本に戻れなければ、残高不足でこのカードは止まる。
はぁー、ため息が続く。
外の牡丹雪は激しさを増していた。
美しい景色だった。
高級ホテルのガラス張りの窓の外は、白い塊が流れ舞っている。
ガラスを囲む黒いアイアンフレームが額縁のようで美しい。
こんな時も、人は美しさを感じることに驚いた。
ーー次に雪を見るとき、私はどうなっているのだろうーー
美しいと感じるだろうか?
今日の日を覚えているだろうか?
雪を眺める余裕があるのだろうか?
そもそも生きているのだろうか?
生きる力を試されている、なんだか壮絶に面倒だなぁ~。
食事を切り上げ、最後に紅茶を飲み、綱渡りの帰国に向けて動き始めた。
そして私は奇跡的に当初の予定の便で日本に戻れた。
現地の多くの人の善意と日本の友人と勤務先の人達が、尽力してくれた。
事後処理も大変だったが、数カ月もすると「貴重な思い出」として過去の出来事になった。




