8. アイリスの咲く中庭での絶望
コツ…コツ…
広い王宮の回廊にディオリーゼの靴音が響く。
日光の差し込む廊下には人気がなく、鳥のさえずりが聞こえる。
あまりの静かさに自分の心音が響くのではないかと心配になるほどだった。
「わあ…!」
幾度目かの角を曲がった先には広い中庭が広がっていた。
アイリスの咲き誇る美しい景色にディオリーゼも感嘆の声をあげた。
美しい緑の空間に金の光が差し込み、様々な色の花を引き立たせていた。
その中でも一際美しく咲き揃うアイリスの花々は強くディオリーゼを引き付けた。
キラキラとした目で花を見つめるディオリーゼの視界の端に執事のスーツが見えた。
顔を上げると微笑んだ執事と目が合った。
「ディオリーゼ様、中庭にお茶をご用意させていただきました。」
ディオリーゼが執事の視線の先に目を向けると、アイリスの向こう側に東屋が視界に入った。
東屋にはお茶と数種類の菓子が用意されていた。
「それでは、こちらで少しお休みの後にご案内させていただきたいと思います。」
ディオリーゼに再度緊張を強いることを防ぐために、執事はあえて陛下の名を口にするのを避けた。
ディオリーゼが少しでもリラックスできるように、最低限の人数の侍女のみをそばに残し、一礼の後に執事たちは中庭を離れる。
温かい紅茶でのどを潤し、ディオリーゼはほっと一息ついた。
ディオリーゼ本人が気づかないうちに体に力が入っていたことに気づかされた。
ディオリーゼは緑が好きだった。
公爵家の庭はディオリーゼのために常に美しく整えられ、ディオリーゼの小さな身長でも楽しめる工夫がされていた。
庭師と一緒に花を摘んで花束を作ったり、両親の目を盗んで芝生の上を走り回ったりして過ごすのが大好きだった。
王宮の中庭の花々はそんなディオリーゼの心を満たしてくれた。
そんなディオリーゼの様子に侍女たちも内心ほっとしていた。
侍女も執事もディオリーゼの立場を正しく理解している。
たった5歳で一人王宮に来ることになった少女。
そんな少女に少しでも安心して時を過ごしてほしいと皆が考えていた。
ディオリーゼが菓子も食べ、2杯目のお茶を飲み終わった頃、執事が戻ってきた。
柔和な笑みを浮かべる執事にディオリーゼはにこりと笑いかける。
「陛下のもとへ案内していただけますか」
執事は小さな淑女に敬意をこめて一礼した。




