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6. 生涯の別れは絶望

昼前には王宮からディオリーゼを迎えに馬車がやってくる。

昨日までの間にディオリーゼの荷物は準備してある。いつも一緒に眠っているうさぎのぬいぐるみも今朝トランクに詰めた。

持たせられるだけたくさんのものをトランクやバッグに詰めた。

両親のことを、侍女たちのことを、公爵家で過ごした5年間のことを少しでも忘れないでいてくれるように。


検分と称して大半のものは捨てられてしまうかもしれない。

ドレスや靴はずっと質の良いものを用意され、公爵家程度の質のものは捨てられてしまうかもしれない。

それでも、ディオリーゼが寂しくないように、自分たちのことを忘れないでいてくれるように少しでも多くのものを持っていてほしい。



5歳の誕生日のお祝いにもらったお気に入りのピンク色のドレスを着て、

お母さまと観劇を見に行った帰りに買ってもらった小ぶりの花が重なるデザインの髪飾りをつけて、

お父さまの視察先で買ってもらったピンク色の靴を履いて、

ちょこんと可愛らしく座っているディオリーゼはまるで飾り立てられた花束のようだった。


これから王宮に捧げられる哀れな花束。

誰よりも愛らしく美しく、それ故に不憫な少女。




「ディオリーゼ」

ソファに座るディオリーゼにそっと公爵が声をかける。

「お父さま」

にっこりと微笑む彼女をそっと持ち上げて膝の上に座らせる。

こうやって膝に乗せられるのも今日が最後だ。


「緊張しているかい?」

「少しだけ…」

ちょっぴり元気のない表情で答える彼女の頭をそっと撫でた。

「大丈夫。君はとっても優しくて可愛いお父さまとお母さまの自慢の娘だよ」


辛くなったら逃げてこいとも、迎えに行くとも、手紙を出せとも言えない。

きっとそれらすべてが王家の手で阻まれるだろう。

もしも安易にディオリーゼに提案し、彼女がその手段を使うまでに追い詰められてしまった時、そしてそれが失敗した時、

彼女は最も深い絶望を味わうだろう。

そう思うと適当な約束はできなかった。


「うん…ありがとう、お父さま」

自分の胸にそっとすり寄る娘がこんなにも愛しい。

夫妻が描く未来であれば、娘が自分から膝に乗ってくれることがなくなるまで一緒にいることができたのに。


公爵夫人がそんな2人に寄り添うように隣に座った。

言葉は必要ない。

夫妻はただ黙って愛しい娘を抱きしめた。




夫妻が気配を感じて顔を上げると、ドアの横で執事が一礼した。

王宮からの迎えがやってきたのだ。

公爵にすでに荷物を積み込み終えたことを耳打ちした。

あとは、ディオリーゼを乗せるだけ。


夫妻は目を合わせて悲しそうに微笑むとディオリーゼの手を取る。

「迎えが来たみたいだ。行こうか」

「うん、お父さま…」

気の乗らない様子のディオリーゼと両手を繋いでホールまでの道を歩く。



向かうホールには家中の使用人が集まっていた。

誰もが神妙な面持ちで階段を下りてくる3人を見つめ、ゆっくりと頭を下げた。


ディオリーゼは確かに公爵家の太陽であり、また月であった。

いつも明るくあふれんばかりの笑みを浮かべ、慈愛の心で人と接した。

使用人の誰もが彼女を愛し、見守っていた。


炊事や洗濯担当の侍女たちに庭師や御者、今日ばかりは、ディオリーゼとの別れを惜しむために全員がホールに集まっていた。



御者が馬車の前で頭を下げてディオリーゼが乗る時を待っている。

それを横目に夫人はディオリーゼの背中をそっと押した。

その先には姉のように慕うシェイリーがいる。


「お嬢様…」

シェイリーはディオリーゼと目線を合わせるように腰を落とすと、そっと両手を伸ばす。

広げられた両腕の中にディオリーゼは飛び込んだ。

本来、仕える家のお嬢様を侍女が抱きしめるなど許されるわけがない。

それが分かっていたからディオリーゼがシェイリーに甘えるのは部屋で2人きりの時だけだった。

公爵夫妻が夜会に行って寂しい夜はいつも、ディオリーゼが眠りにつくまでずっと手を握ってくれていた。


公爵夫妻の前で侍女がお嬢様を抱きしめるなど許されない。

それでもシェイリーがディオリーゼを抱きしめたのは、これが一生の別れになると分かっていたからだ。

5年間いつもそばにいた。

外出するときは勿論、邸内の移動でも常にそばに控えていた。

しかし、もう一緒にはいられない。


王宮で開かれる夜会の会場に侍女を連れていくことなどできない。

これから先、シェイリーとディオリーゼは互いの姿を見ることもできなくなる。

だから、最後の別れに彼女を思いっきり抱きしめた。

彼女のぬくもりを忘れないように。

彼女が自分の愛を忘れないように。



使用人たちとの別れを済ませたディオリーゼは馬車に乗り込んだ。

泣いてしまったディオリーゼに濡れたハンカチを渡した夫人は、彼女の額に優しい口づけを送った。

愛しい娘に祝福を。

そして公爵からも額に。

愛しい娘に祝福を。

それだけが夫妻の祈りだった。



潤む瞳で両親を見つめるディオリーゼに送る言葉はただ一つ。

「「いってらっしゃい、ディオリーゼ」」

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