5. 無邪気な娘と両親の絶望
「大丈夫よ。お父さま、お母さま」
顔を歪める両親とは対照的にディオリーゼは愛らしい顔に微笑みを浮かべた。
「わたしはもう5歳だもの」
少女は5歳。親戚にはもっと幼い子もいる。
従妹のお姉ちゃんが産んだ赤ちゃんのお世話だってしたことがあるし、親戚の子供たちのけんかをやめさせることだって出来る。
もう5歳のお姉ちゃんだから。
その言葉が両親の胸をひどく締め付ける。
彼女は5歳。まだまだ幼い。
赤ちゃんを一人で抱きかかえるのも不安なほどに手は小さく、年下と子たちがけんかしているのを見て涙を浮かべてしまう。
怖い話を聞いた夜は一人で眠れないし、ベッドにはいつも一緒に眠るうさぎのぬいぐるみがいる。
少し舌足らずで鈴の音のような声で日々の驚きを両親に話すのが好きな幼い子。
父に抱えあげられるのが大好きで花が咲いたかのように満面の笑みを浮かべる。
母の口紅で口の周りを真っ赤に塗ってすまし顔をするおませな少女。
両親と引き離されて、25歳も年上の男に嫁がされるにはあまりにも幼い。
「そうだな。ディオリーゼはお姉さんになったもんな」
情けなく眉を下げたままに笑みを浮かべて、公爵は得意げな顔をする愛しい娘の頭を撫でる。
何も知らない娘の無邪気さが愛しく、悲しかった。
その夜、公爵夫妻はそっと体を寄せ合い、愛しい娘のことを話した。
娘とのこれまでの思い出を、娘が王宮に行くまでにしてあげられることを、娘のこれからの未来を。
婚約の話を受けて以来、初めての穏やかな夜だった。
あまりにも異常な婚約。
婚約者の年齢差は25歳。娘の年齢は5歳。
婚約者同士の顔合わせもなく、両親への挨拶もない。
婚約成立直後に家族と引き離し、王宮へ囲い込む。
誰が聞いても異常で未来に希望など見えない。
それでも、両親だけは彼女の幸せを信じていたいと思った。
彼女を哀れな生贄ではなく、一人の花嫁として王宮に送りたかった。
登城前日、夫妻はディオリーゼとずっと一緒に過ごした。
その日ばかりは仕事も社交もすべて休み、ただ愛しい娘のために時間を使った。
家族そろって朝食をとった後は、中庭で3人仲良く過ごした。今日ばかりは、ドレス姿で庭を駆け回るのも芝生の上に座るのもすべて許そう。
きっと2度とできないことだから。
ディオリーゼは、花の絵を描き、お母さまに微笑みかけられて、お父さまに頭を撫でられて、大好きな2人の間に座って幸せな時間を過ごした。
昼食も夕食も3人で取り、おやつにはディオリーゼの大好きなケーキや焼き菓子がたくさん並んだ。
両親が目の届かないところにいることなんてほとんどないまま1日が過ぎた。
たくさん食べて、たくさん遊んだディオリーゼがすっかり疲れて眠ってしまっても両親はそばを離れなかった。
愛しい娘の声や表情、寝顔まで何一つ忘れることのないように胸に焼き付けたかった。
この先、パーティーや式典で遠くから見ることしかできなくなったとしても、言葉を交わすことができなくなったとしても、ずっと彼女の両親として生き続けられるように。




