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4. 両親が告げる絶望

永遠にも感じるような時間の後、夫妻はそっとディオリーゼを抱きしめる腕を緩めた。

ディオリーゼはじっと両親の顔を見つめる。


公爵夫妻がディオリーゼを抱きしめた時間は、夫妻にとって覚悟を決める時間であると同時に、ディオリーゼにとっても覚悟を決める時間になっていた。




夫妻はしっかりとディオリーゼの小さな手を包み、口を開く。

「聞いてくれ、ディオリーゼ。君に婚約の話が来たんだ」

「陛下の弟君であるヴァレイドル殿下から君に婚約の申し込みがあった」

5歳のディオリーゼはまだ王家や貴族の名前をほとんど覚えていない。

特に王弟殿下の名前は、幼い子を持つ親にとっては可能な限り教えたくない名前でもあったため、ディオリーゼは王弟の名前を言われてもぴんと来ていなかった。


「あなたには今まで、本当に愛する人と結婚するように伝えてきたのに、ごめんなさい……」

公爵夫人は今にも零れ落ちそうなほどに目を潤ませ、手は抑えようもないほどに震えていた。

「でもね、王家からお声がけいただけるのはとても名誉なことなのよ」

震える声で述べた夫人の目からついに涙が零れ落ちた。


ボロボロと零れゆく涙が喜びからのものではないことはディオリーゼにも分かった。

公爵はきつく唇を噛みしめ、言葉が漏れないように必死に自分の口を塞いでいた。


「陛下は、あなたが王宮で暮らすことになってからも困ることのないように、今のうちから王宮で高名な講師によるマナーレッスンや講義を受けさせてくださると仰っているの」

王家への忠心と誇りに満ちた言葉とは裏腹に夫人の目からは大粒の涙が零れ落ち、絨毯へ吸い込まれていく。浮かべる笑みはあまりにも不格好で引きつっている。


それでも、ディオリーゼが少しでも苦しむことのないように、あなたは求められたのだと、捨てられるのではないということを伝えたかった。

同時に、まだ幼いディオリーゼに王家からの圧力や貴族としての義務について教えるのは、あまりにも残酷だと考えた。



ディオリーゼは、両親の苦しそうに歪められた表情を見て、母の言葉が全てではないことを理解した。

「お母さま、わたしは王宮で暮らすの?」

「ええ…そうよ、ディオリーゼ」


「お母さまとお父さまは?シェイリーは?」

「お母様とお父様はいっしょに行けないの…別々に暮らすのよ。王宮ではあなたのお世話をするための侍女たちを揃えてくださっているから、シェイリー達を連れていく必要はないのよ」

これも王家からの命令の一つであった。

ディオリーゼの専属侍女を用意するので、身一つで来てくれて構わないと。

もちろんこれも、ディオリーゼが公爵家に逃げ帰ろうとしたり、ディオリーゼに余計なことを知らせたりしないようにするための措置だろう。


ディオリーゼは姉のように慕っていた侍女すら連れて行けず、一人きりで王宮で暮らさなければならない。

これまで蝶よ花よ、いや妖精よ宝石よと言わんばかりに可愛がられてきたディオリーゼにとって、なんと心細いだろうか。



王家の命により、未来も、家族も、これまで与えられていた愛情もすべて奪われる。

公爵夫妻も唯々諾々と従ったわけではない。

公爵家から通うことは出来ないか、月に一度は家族で時間を過ごせないか、せめてよく懐いている侍女を一人付けられないか…

いくつもの要望を出したが、一つとして受け入れられなかった。



公爵家が欲にまみれた一家であったなら、娘など政治の道具に過ぎないと割り切れるような両親であったなら、または、領民のことなど考えもせずに捨てていけるような薄情な貴族であったなら…きっとこれほどに苦しむことはなかっただろう。

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