3. 娘を愛する両親の絶望
そうして、ディオリーゼは《絶世の美少女》から《悲劇の少女》へと呼び名を変えた。
まだたったの5歳にもかかわらず、「王家の一員として最上級の教育を受けるため」との名目で公爵家から王宮へと住まいを変えた。
それがディオリーゼを逃がさないためであることは誰の目にも明らかであったが、その決定に異議を唱えることは許されない。
まだ幼いディオリーゼは自分が両親よりも年上の男と結婚することになったことなど、欠片も理解していなかった。
公爵家は家の者たちに婚約の話をすることを固く禁じ、自分たちもディオリーゼの前では何一つ憂うことなどないかのようにこれまで通りに振る舞った。
しかし、ディオリーゼが王弟の婚約者として王宮に召し上げられる日は刻一刻と近づいてくる。館の中は次第に暗く絶望に包まれていく。
〈ああ、あの子になんと説明したらいいの。〉
里心をつけないために、ディオリーゼと顔を合わせることはできなくなるだろう。
愛しい愛しいまだたった5歳の可愛い娘と2度と会えなくなるかもしれない。
夫妻は登城の3日前になってもディオリーゼに婚約のことも、王宮で暮らすことになることも伝えられていなかった。
自分たちより年上の男と愛し合うことを求められるなど、ディオリーゼに言えるわけがない。
ただでさえ公爵夫妻はディオリーゼに「本当に愛する人と結ばれることが幸せだ」「貴族としての在り方など気にせずに愛する人と結婚しましょう」と教えてきた。
それが一転、親より年上の王弟に嫁ぎ、両親とも会えなくなるのがディオリーゼの人生などと説くことがどうしてもできなかった。
しかし、一切の説明をせずにディオリーゼと別れるわけにはいかない。
それでは、本当に彼女を捨てたことになってしまう。
夫妻は登城の2日前、覚悟を決めてディオリーゼの部屋に向かった。
「お母さま!お父さま!」
まだ少し舌足らずな可愛らしい鈴のような声で自分たちを呼び駆け寄ってくるディオリーゼ。
大好きだと、愛していると全力で表しながら抱き着いてくるディオリーゼ。
夫妻の大切な大切な、命にも代えがたい可愛い娘。
「ねえ、ディオリーゼ。とっても大切なお話があるの」
「なあに、お母さま?」
こてん、と首を傾げるディオリーゼの瞳には眉の下がりきった情けない両親の顔が映っている。
今から自分たちは、この可愛らしく、世の中の汚れなどまだ何一つ知らない娘に残酷な現実を告げなければならない。
喉から音を一つ出すだけのことがこんなにも苦しい。
愛する娘に自分たちから別れを告げなければならないことがただただ胸を締め付ける。
言葉を話す代わりに夫妻はそっと娘を抱きしめた。
せめて、せめて、この子に自分たちの愛が伝わってほしい。
離れたくないのだと、誰よりも彼女が愛しいのだと伝えたい。




