26. 2人きりの街は希望
1年以上更新のない中、見てくださった皆様に感謝を。
慣れない街の中で、人々にぶつからないようにディオリーゼはとことこと走る。
細い路地から飛び出してきた人にぶつかりそうになった時は、ヴァレイドルが繋ぐ手に少し力を入れてディオリーゼを引き留めてくれた。
事前に店の位置を調べていたこともあり、さほど迷うことなく一店舗目に到着する。
早い時間に来たとはいえ、店の前にはすでに行列ができている。
ちらりと店の中に目をやり、店主を探すヴァレイドルの手がくいっと引っ張られた。
「ヴァル、ここに並ぶのよ」
列に並ぼうとしないヴァレイドルに教えてあげるかのように得意げに微笑み、ディオリーゼは列の最後尾へと進む。
公爵令嬢である彼女と王弟である自分が望めば、今店内にいる客すら追い出して貸し切りにすることも容易い。
しかし、ディオリーゼが望んでいるのはそれではないと理解したヴァレイドルは小さなお姫様に従い、列に並んだ。
前後に気を付けながらディオリーゼのために日傘を傾ける。
列を見るに少なくとも30分以上は並ぶことになるだろう。
「意外と早く入れそうね!」
順番が次へと迫ったタイミングでディオリーゼがヴァレイドルを見上げて満面の笑みを浮かべる。
前に並んでいた客の大半が持ち帰りを希望していたため、思ったよりも随分早く店内に入れそうである。
「ああ、何を食べようか考えていたらあっという間だったね」
ヴァレイドルも体を傾け、ディオリーゼに顔を近づける。
それからほんの数分の後、2人は店の中へと通された。
「ヴァル!運が良いわ!最高の席よ!」
ディオリーゼは声を抑えながらも興奮が抑えきれない様子で体がそわそわと動いている。
ちょうど、外を見下ろすことのできるテラス席が空いたため、2人はその席へと通された。
「この席でレモンタルトを食べるのがおすすめだと調べたの!」
ディオリーゼは興奮冷めやらぬままメニューを眺めている。
ディオリーゼにとっては初めて見るメニューである。
初めての経験に興奮しつつも緊張が見え隠れする様子のディオリーゼの手をヴァレイドルの大きな手が包み込む。
「それではレモンタルトを2つ頼もうか。飲み物は紅茶でいいかな?」
いつもと変わらず落ち着いた様子のヴァレイドルに、ディオリーゼも近著が和らぐのを感じた。
レモンタルトの味を存分に楽しめそうだ。
2人がレモンタルトを堪能し店を出た頃、街中はちょうどお昼時で様々な食べ物の匂いがそこら中から漂っていた。王宮では嗅いだことのない強い香辛料の匂いや油の匂い。
昼食を食べに来た人たちが加わり、先ほどよりもたくさんの人がいる。
街の新たな一面を見たディオリーゼはきゃっきゃと声を上げて色々なものに駆け寄る。
「ねえヴァル、あれはなぁに?」「これはなぁに?」
小さな手がヴァレイドルの手を引き、くりくりとした宝石のような目が彼の目を覗き込む。
晴れやかな日光の下で無邪気に笑うディオリーゼは、まさしく妖精のようだった。
ヴァレイドルはそんな可愛い妖精の質問全てに答え、全ての要望を叶えた。
あれは何かと聞かれたらディオリーゼが興味を持つように楽しげに説明し、あちらに行きたいと手を引かれたらディオリーゼが愛しくてたまらないと言わんばかりの微笑みを浮かべてそちらへ歩く。
賑やかな街の雑踏の中、確かにそこには2人しかいなかった。




