21. 美貌ゆえの危険に絶望
しかし、やはりディオリーゼを護衛もつけずに街に連れ出すのは危険すぎる。
変装させた護衛をディオリーゼにばれない程度の距離に配置するにしても、もしものことがないとは言えない。
今回ばかりは、いくらディオリーゼのお願いであっても叶えるのは難しい。
王命で王宮から街までの道の人払いをし、店も貸し切りにすれば対応できるが、それではディオリーゼの言う〈お忍びデート〉とはならず、納得してもらえないだろう。
ディオリーゼは自分の容姿が優れていることを自覚していない。
生まれ落ちた瞬間からずっと両親に可愛がられてきたが、公爵夫妻はディオリーゼの容姿だけではなく、所作や言動すべてを褒めたので、ディオリーゼが容姿だけを特別意識することはなかった。
公爵家にいた頃も王宮に来てからも、多くの貴族がディオリーゼを口々に褒めたてたが、それは貴族間の挨拶のようなものであると認識していた。
実際に淑女教育では、挨拶代わりや会話の取っ掛かりとして、ドレスやアクセサリーの褒め方も教わる。
使用人たちも毎日ディオリーゼのありとあらゆる点を褒めるが、幼いころから褒め言葉に慣れているため、コミュニケーションの一環として捉えている。
ディオリーゼが公爵令嬢として普通に過ごしていたら、贈り物や婚約の申し込みから自分の美しさを自覚したかもしれない。
実際に5歳までは大量の贈り物や婚約の申し込み、果てにはディオリーゼとの繋がりを作るために自分の息子を養子として公爵家に送りたいとの申し込みまであった。
しかし、5歳のディオリーゼには理解できず、申し込みの手紙はディオリーゼの目に触れることなく対処された。
それ以降は王弟の婚約者として、〈普通〉とは言えない生活を送っているため、美しさを理解する機会は失われた。
王弟の婚約者に必要以上に近付くのは危険であり、貴族たちは熱を帯びた瞳で様々な褒め言葉を囁くしかない。
その熱のこもった言葉も、ディオリーゼには挨拶としか捉えられず、男たちは肩を落とすばかりだ。
もしディオリーゼが自分の美しさを自覚していたら、同時にその美しさによって犯罪に巻き込まれる可能性も考えられたかもしれない。
しかし、ディオリーゼは美しさを自覚しておらず、ヴァレイドルが〈お忍びデート〉を却下したのは〈貴族が護衛もつけずに街に出るのは危ないから〉というだけの理由だと考えていた。
「お忍びデートがしたいの!町の人たちにばれないような服を着るし、言葉遣いも気を付けるから…ね?おねがい」
少し弱気な態度で、表情を窺うように上目遣いでヴァレイドルの顔を覗き込む。
ヴァレイドルはこの表情にとてつもなく弱かった。
しかし、いくら服装や言葉遣いを変えたところで、ディオリーゼの美しさを隠すことはできない。
王宮で完璧な食事を食べ、完璧なマナーを身に付けたディオリーゼは後ろ姿ですら美しさが滲み出ている。
町娘の服を着たところで、街に溶け込むことは決してできないだろう。
ディオリーゼは王弟の婚約者ではあるものの、まだデビューはしておらず、外交の場に出席することもないため、平民の間では顔を知られていない。
しかし、王弟が幼い少女を婚約者として囲った話は平民の間でも広く知れ渡っているため、王弟であり、姿絵も流通するほどによく知られているヴァレイドルの正体がばれた瞬間に、一緒にいる美少女が婚約者であることもばれるだろう。
つまり、街に出るという事は、ディオリーゼの美しさによって犯罪に巻き込まれる可能性だけでなく、ディオリーゼが王弟の婚約者である公爵令嬢であるとばれることによって犯罪に巻き込まれることも懸念されるということだ。




