14. 2人きりの朝食がもたらす希望
準備を終えたディオリーゼは城のダイニングへと案内された。
広々とした部屋の中央には美しい長机があり、既にヴァレイドルが席に着いている。
「お待たせしてしまい申し訳ございません、ヴァレイドル様」
ディオリーゼは見苦しくない程度に急ぎ、ヴァレイドルと向かい合う席に着く。
ヴァレイドルはそんなディオリーゼの様子を、口元に微笑みをたたえて見つめる。
「おはよう、ディオリーゼ。君との食事が待ちきれなくて僕が早く来すぎてしまったんだよ」
二人の挨拶を皮切りに動き出した使用人は、全ての準備を終えると部屋を出て行った。
公爵家では、食事の間使用人たちは壁際に控えていて、お茶がなくなる前に注いでくれた。
ディオリーゼは、王宮での正解が分からずに困惑の表情を浮かべる。
「ここで食事をとる際は、使用人たちに席を外してもらっているんだ」
ヴァレイドルはディオリーゼをじっと見つめる。
「周囲の目があると落ち着いて食事ができないだろう?君と食事を楽しみたいんだ」
確かに使用人たちの目があるところで、昨日のようにヴァレイドルと話をするのは難しい。
使用人と言えど王宮で働いている以上、身分はしっかりしており、完璧なマナーを身に着けている。
そんな使用人たちの前で幼い言動をすることは好ましくないように思えた。
そこまで考えてディオリーゼは昨日の行いを思い出した。
途端に血の気が引く。
「ヴァレイドル様!昨日はお話の途中で眠ってしまい、大変申し訳ございません…!」
ヴァレイドルは部屋に入った時からディオリーゼに笑いかけてくれていた。
昨日のことに触れずにいてくれている。
使用人たちに口止めをしてくれていることから、ディオリーゼを守ろうとしてくれていることは分かった。
ただ、ディオリーゼは両親から『悪いことをしてしまったらきちんと相手に謝りなさい』と言われていた。
2人きりの今しか、ヴァレイドルに謝る機会はないと思った。
体全体で申し訳なさを表すディオリーゼの様子にヴァレイドルは心を打たれた。
まだたった5歳でありながら、自分の過ちを認めることができる。
公爵令嬢としての立場に驕ることなく、謝罪することができる。
目の前で罪悪感に震える姿は、明らかに怒られることを覚悟していたずらを自供する幼い少女だ。
それでも、彼女は公爵令嬢としてでも貴族としてでもなく、1人の人間として正しいように思えた。
「侍女から伝え聞いたかもしれないが、僕は本当に気にしていないよ。陛下たちとの謁見で疲れていると分かっていたのに、ついディオリーゼから聞く話が楽しくて時間が経つのを忘れてしまっていたんだ」
ヴァレイドルは苦笑しながらディオリーゼに謝罪を述べる。
「ディオリーゼ、昨日の約束を覚えているかい?」
約束…
ディオリーゼは口元に手を当てて昨日の話の内容を思い出そうとした。
約束…
うんうんと小さくうなりながら必死に記憶を探るが、どうしても話していた好きなお菓子や遊びのことを思い出して意識がそれてしまう。
ふっ
その様子を見ていたヴァレイドルの口からつい笑みがこぼれた。
「『この城のことやこの城に住む人のことを教えてあげるね』」
昨日ディオリーゼにかけたのとまったく同じ言葉を口にする。
ディオリーゼの目が見開かれ、キラキラと輝きだした。
昨日、彼女は初めて来る城の様子に興味津々だったので、今日1日は彼女にこれから過ごす城のことを自ら教えてあげたいと思った。
既に準備はできている。
教えてあげよう。
君がこれから一生を過ごす この城のことを。




