10. 初対面は絶望
その後も少し話し、なんとか両陛下との謁見は無事に終わった。
謁見の最後にかけられた王からの「ヴァレイドルに会ってやってくれ。ディオリーゼに会えるのを心待ちにしていたからな」との言葉に従い、現在、ディオリーゼはヴァレイドル殿下の公務室に向かっていた。
本音を言うのならば陛下たちとの挨拶で緊張した体はひどく疲れていた。
もしここが家であったならすぐに部屋のベッドで眠りたいほどだった。
可能ならば大好きな父に抱えて部屋まで連れて行ってほしいほどだ。
しかし、陛下からのお願いであれば従うしかない。
ディオリーゼは疲れきった体を引きずるようにして婚約者のもとへと向かった
コンコン
執事が公務室のドアをノックすると中から返事が返ってきた。
「殿下、ディオリーゼ様をお連れしました」
「入れ」
部屋の中から低い男性の声が聞こえる。
妙齢の女性が聞けば、低く艶のある声にうっとりとするだろうが、5歳の少女には低く怖く聞こえた。
不安げに視線をさまよわせるディオリーゼの様子を確認しつつも、執事は彼女のためにドアを開ける。
扉の向こうには1人の美丈夫が立っていた。
体には無駄な肉がひとつもなく、皴のないシャツがその美しさを引き立てる。
背筋の伸びた立ち姿に隙はなく、武術を極めていることが見て取れる。
視線ひとつまでもが研ぎ澄まされており、威厳に満ちた態度は、人の上に立つことに慣れていることを表していた。
そして、後ろに流した髪や口周りを飾る髭は、男らしい色気を放っていた。
「カルティア嬢、よく来てくださいました。」
美丈夫はディオリーゼにゆったりと微笑みかけた。
年若い少女であれば、その微笑みだけで強すぎる刺激のあまり倒れていたかもしれない。
しかし、5歳は色気を理解するには幼すぎた。
少し人見知りをしてしまったのか、両手をもじもじとさせると、少し体を執事の後ろに隠してしまった。
可愛らしい少女のあまりにも可愛らしいしぐさに大人たちは心を射抜かれてしまった。
ディオリーゼはそのまま手をキュッと握ると、囁くような声で名乗った。
「カルティア公爵がむすめ、ディオリーゼ・カルティアでございます。このたびはお会いできて大変嬉しくぞんじます。」
言い終えると同時に、男の顔色を窺うようにちらりと目線だけを上げる。
不安げな上目遣いは、大人たちの庇護欲を搔き立てた。
「そう緊張しないでください。ずっと立ちっぱなしで疲れたでしょう。中にお茶を用意させますよ」
美丈夫は優しく笑いかけながらディオリーゼを部屋の中へと案内する。
ディオリーゼはこくりと小さく頷き、室内へと入った。
まだ緊張しているが、足が疲れているのは事実であったし、そもそも彼女に王族からの誘いを断るという選択肢はなかった。
使用人たちはディオリーゼの後について部屋に入りながら、そっと年の離れた婚約者たちの様子を窺う。
願わくは、まだ幼い少女が少しでも憂うことなく今後の人生を過ごせるようにあってほしいと思いながら。




