ブラック企業の聖女様
聖ユリアス帝暦5年、世は大ブラック商会時代に突入していた。
帝国政府が大商会連合からの多大な利権を巡って経済政策と謳った最低労働賃金の低下、自由労働の権利という名のサービス残業推進、効率的な利益の還元をお題目とした国民の管理が行われた。
「こんな社会おかしいよ。」
大商会連合に名を連ねる、老舗商会の5代目、まだ若い少女は幼馴染の政府秘書に苦悩を吐露した。
「貴女が変えればいいじゃない。」
「どうやって?老舗といえば聞こえは良いけれど、業界順位は長らく3位。打開策も思いつかない。」
「思いつく人を雇えば良いのよ。」
「そんな優秀な人は業界の1位や、2位に行くわよ。」
「例えば、他社よりもお給料を上げて、残業無しのホワイト商会を謳うのよ。それで業績があがれば新聞社が注目して世間も変わるわ。」
「なるほどね。」
少女は社会を変えたかった。藁にもすがる思いで、政府秘書の言ったアドバイスを素直に実行した。
幸いにも業績は右肩上がり、目論みはあたり少女の元には連日新聞社の取材が舞い込む。
「一番大切なのは人ですから!」
少女の言葉が紙面を飾る。少しずつ、会社が社会が、そういう方向性もあるのか、と良い方向に向かい出した。
「みんなでより良い社会を作りましょう。」
そうして少女は唐突に亡くなった。過労だった。
『過酷なホワイト商会の実態』
『周らない仕事は誰のもの?』
『少女が背負わされた過酷な責務』
急速に変えようとした業務形態の皺寄せは、全て少女が背負った。業務時間を減らした分、周らない作業は全て彼女が、急激に給料を上げた分彼女の生活費は逼迫する。時間と体力に追われた少女は、そうして潰れてしまった。
人々は早すぎる少女の死に、大義のために身を削った少女に涙した。そしてまた、時の皇帝は少女の死を悼んでこういった、
「彼女は言った、人が大切だと。それなのに私たちはまだこんな幼い少女を守ることもできなかった。我々は一丸となって働かなくてはいけない。少女のように誰か一人が背負うことのないように。国のために働いた彼女の死をもって、彼女を聖人とする。」
こうして少女はブラック商会継続の礎となった。一つの時代の転換期である。
「お疲れ様。聖女様。」
少女のお墓の前で政府秘書は花を手に持ち穏やかに笑った。