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第95話 vs盗賊

 出陣はあれから直ぐで、直前は神楽から心配そうな言葉を貰った。


「私も力があればオリヴィアさんの手伝いをしたかったのに……」


 力無く自分の手を見つめる神楽は魔法を使おうとしたのかもしれない。首をふるふると振って無念そうに言う。

 そっと近づくと、ゼン様に聞こえないように囁く。

 

「前にも言ったけど、そんな強くなろうとしなくても大丈夫だよ」

「でも……」

「物理的に離れても、心はずっと繋がってるつもりだよ、アタシは」

「オリヴィアさん……」


 ゼン様が近づいている気配を察して口調を戻す。


「無傷で戻るから、神楽は待っていてください」

「うん……」

「ルカ」


 入れ替わるように身を引く。

 不安そうな表情の神楽に対して、ゼン様はいつも通りの優しい表情で自分がいる以上何も心配は要らないと答え、戻りを待っていてくれと声を掛けていた。

 そこはかとなく甘い雰囲気を醸し出していたのでアタシは数歩下がって観察するなど充実した出陣だった。

 カメラの魔道具って幾らだっけ。



 そうしてゴトゴト道を行く馬車。

 中を見渡す。メンバーは8人。

 内訳は魔獣狩りに精通した6人とゼン様とアタシだ。

 破れかぶれになった盗賊による突貫を警戒した形となる。

 無関係な人死にを増やすわけにはいかないとメンバーはある程度対人も可能と宣言した人を中心に揃えて貰った。それに保険医ほどでは無いけれど、水魔法による治療が行える開拓者もいる。

 

 既に2時間近く移動しているが、目的地はそろそろだと言う。

 時折道に魔獣が飛び出してくる事があったが、流石は魔獣狩りのベテラン、楽々と仕留めていった。

 途中、可愛らしい熊のようなレッサーパンダのような魔獣クマッガーが複数体現れた時は和んだけれど、地面を砕くような一撃を見て血の気が引けた。

 魔獣の脅威度としては高い部類らしく、何故こんなところに、という声も漏れ聞いた。

 対魔獣戦ではアタシとゼン様は体力を温存しておいて欲しいという要望があったけれど、対クマッガーではゼン様がアイススピアという魔法を放って行動を阻害させ、戦闘に貢献していた。なおアタシは見ているだけだ。

 途中、人魂のように浮かび、ゆらゆらと揺れるエレメントと呼ぶ魔獣も見かけて目を奪われた。

 名の通り、火や雷、水といった属性が存在しているらしい。

 移動速度が遅いために無視して走り去った、後ろに流れていくエレメントを虚しく見送る事もあった。


 馬車に揺られながら、じっと外を眺め続ける。

 魔森林のここまで奥に来るのは初めてだったが、途中に丘があったり、岩石地帯があったり、浅い川があったりとはまだわかるが、雪が降っている箇所もあったり、数メートル単位で砂漠化と湿地帯が入れ替わるような奇妙な地形も数多くあった。


「相変わらず奇妙な場所だ」

「そうですね。このような光景、初めて見ます」

「それにしては落ち着いてるな?」

「いえ、驚きで声が出ないだけですので」

 

 本当の事だ。ゲームの設定でみたことがあると言っても、この光景には圧倒される。

 設定集として言葉で書かれていたものが現実として現れている。

 それは、ゲーム好きとしてはこの上ない喜びをもたらしてくれるけれど……。


 改めて、強風が吹き荒れている森を見る。

 かつて大規模な戦争があった影響というが、実際に見ると怖じ気が走る。

 生態系を変えるほどの力をぶつけ合った生まれた超常現象。

 各々の国家が力を鼓舞するように戦争をし合った。

 結果的に、その大戦によって人類の生存圏は乏しく後退させられ、文明もほぼ消え去る事態となったらしい。

 お互いの戦いの結果というが、正しくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが。


 今神楽達が生きている現代は神暦800年と呼ぶ。

 最初の授業で今ある国々――シペ帝国、ウィシュト共和国、ユピ神国――とヨルム王国の歴史を習ったのが懐かしい。

 800年という数値は、()()()()()()()()()()()()8()0()0()()()()()()、という事を示している。

 

「そうか。こういう場所では恐らくまだ手つかずの遺跡が埋もれていることが多い。遺跡に埋め込まれた大がかりな魔道具がこの環境異変を引き起こしている例を幾つか見たことがある」


 ここは出てくる魔獣と環境の難易度が合わない場所だ、とも付け加えられる。

 

「そうなのですか……だいぶ道を曲がりますね」

「異常気象や適していない地域が増えるにつれ、迂回せざる得ない事態が増えるからな」


 この世界の殆どの人々は大戦の歴史を知らない。ついでにいうと元プレイヤーであるアタシでもあんまり情報は無い。

 ショタのフィオレンティーノ・ジャイルズのルートか見下し系貴族のガスト・レナードルートを選ぶとわかるが、ユピ神国の上層部は大戦の歴史を知っているらしい。

 そもそも、元々『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』は乙女ゲーなのでここら辺はかなりさっくりと説明されるだけだ。

 戦記物でも無いので。

 ゲームでもピクニックと称してゼン様達が魔森林の遺跡を探すシーンがあるが、天変地異が起きているような箇所は舞台にしていなかったというのもある。あるとしても最終章だけだ。

 

 ……学園物青春ファンタジーで、どうしてアタシはこんなところにいるのか、という疑問は黙殺することにした。

 一人だけ『世界観の違う女』という単語が出てきたがこれも黙殺する。神楽が外に出てないからセーフ!


 そんな事を考えていると、ぺらりと紙が他の開拓者達から回ってきた。


「これは……?」

「それは今回奪われたと考えられる魔道具のリストだ」


 返答はゼン様からということは、ゼン様が用意した物らしい。


「何かしらの目的で収集しているらしいが、それが次の戦闘で使われない保証は無い。一通り目を通しておいてくれ」

「わかりました」


 リストを眺める。

 通信機能を持つ魔道具を始め、皮膚を硬化させる物、火を噴き出す物、薄らと強固な壁を築く物から魔法の威力を底上げする物もある。

 変わった物になると、魔法の発動位置を術者から離れた場所で行える物や、自らの血を武器のエンチャントして数倍の長さにする物に局所的に雨を降らせるといった物もある。

 

 特に斬ったという事象を残して遅延発動させるとか、時を止める魔道具とか異次元過ぎる。時を止める魔道具の説明を見ると術者も動けないようで、思考するための時間や魔法を発動直前まで構築するための物らしいが……。

 この二つは注記にそう記載されていた。

 


 

 そうしてセーフティーハウスまであと少しという所だった。

 アタシとゼン様が同時に反応する。


「止まれ!」「止まって!」

「は、はいっ!」


 馬車が急停車し、アタシとゼン様が荷台から飛び出す。

 そうして、馬車の後ろを守るに立ち塞ぐ。


「何があったんです!?」

「伏兵だ――――そこか」


 ゼン様がアイススピア、と呟くとクナイのような見た目の魔法が森の中に高速で飛び込んだ。

 そうして硬い物を弾くような音。


「バレちゃ仕方ない」


 声。

 背後のメンバーに緊張が走った。

 果たして、森の中から出てきたのは大柄な男だった。

 使い古された皮防具を着込み、獣の毛をマフラーのように首に巻いている。

 手には体に見合う、古い大剣。

 腕には奇妙な紋章が入った装甲義手のような物がある。

 何処の時点で襲撃が把握されたのか。それとも山を張っていただけか。

 

「挟撃でもするつもりだったか」

「まぁその通りだ。勘が鋭い奴がいたか、めんどくせぇな……オイ、兄貴、見つかったみたいだ」


 明らかにここではない何処かに話し掛ける。

 ――――通信用の義手か!

 

「ゼン様、ここは私にお任せください。ゼン様は奥の雑兵が逃げないように」


 活躍が見られないのは悔しいが、相手が単独ならここでゼン様を無駄に足止めさせる必要はない。

 多人数戦は魔法が使えるゼン様が圧倒的に有利であり、魔法が使えないアタシが奥に向かっても逃す可能性がある。

 

「任せた。生け捕りにしてくれ」

「はっ」


 そうゼン様が告げると、馬(のような動物?)を一頭だけ手早く馬車から外すと、駆け出していく。

 ゼン様は一瞬の迷いも無く依頼してくださった……!

 生け捕りというのは相手より実力が無ければ成立するのは難しいが、それだけアタシの実力を信頼してくださっているという事になる。

 感動でぶるぶると打ち震える。後方から「アイツ大丈夫か」という不安な声が聞こえてきたが問題無い。


「離れて」

「あ、あぁ、わかった! だが、君一人ではアイツの相手は……!」

「何があっても手出しは不要です。周囲の警戒だけお願い致します」

 

 残った馬でも引けるため、馬車に離れるよう告げて下がって貰う。

 ついでに邪魔が入らないように周囲を見て貰う。

  

「なんだぁ? ひ、ふ、み…………はん、この程度か。しかも禄に戦えない奴らに見えるが」

『そちらはどうだ?』

「外れだ、兄貴。雑魚しかいねぇ」

『それなら都合が良い』

「一匹だけそっちに向かった奴がいるから、殺しておいてくれ」

『なんだ、見逃したのか。報酬は減額だな』

「おいおい! そりゃねぇだろ兄貴!」


 がなり立てる男。

 アタシは手に持った剣を握りしめる。

 使い慣れた何時もの長剣。ひたすら硬い事以外は特筆したものは無い。

 男の大剣よりかはスリム。長さは匹敵するかもしれない。

 それを、軽く振る。

 調子は何一つ問題無い。

 ゼン様の信頼というバフで何時もより十全に動ける気さえする。

 やる気はバッチリだ。


「ッチ……おい女ぁ! どうしてくれるんだ! タダで死ねるとは思うなよ!」

「……」

「死ぬ前に教えてやるが、俺の名前はヴァルガンだ。その名を脳に刻んで死にな」

「ヴァ、ヴァルガンだって!? シペ帝国の指名手配犯が、なんでこんなところに!?」

「はっはっはー! 俺の名前はこんな辺境でも伝わっていたか。気分が良いぜ!」


 後ろで驚愕の声が聞こえた気がした。

 男は何かを言いながらゆっくりと歩いてくる。

 歩みは不規則。体幹はそう鍛えていない。

 利き手は右。利き足は右足とみられる。

 筋肉は飾りではないようで、太い腕で大剣を軽々と持ち上げている。

 余裕な表情だ。

 一歩の距離が大きい。

 足はしっかりと地面を食い、むき出しの腕以外は皮の防具が致命的な箇所を守っている。


 まぁ、何も問題無いだろう。

 久方ぶりだ。対人における実戦は。

 偶には全力を出して体の調子を確認しよう。

 ゼン様の期待を背負った今、万に一つにも負ける気がしない。

 即座に動けるように脱力する。

 意識のスイッチを切り替える。

 切り替えた。




「おい……なんかいえや」

「……」

「さっきまでの威勢の良い様子はどうしたんだァ?」


 不審な程、女は黙り続けている。

 ならばもう良いとばかりに舌打ち一つ。

 そうして大剣が大きく振りかぶられる。

 粗雑なれど、刃こぼれを素人が研ぎ直したような跡は、幾度も激しい実戦を経たとわかるものだ。それはそのまま、男の力量に繋がっている。

 だが、女は動揺一つ見せない。

 女はこちらを見ているが……顔以外を見ている。何を観察しているのか。


「何も言わねぇのか。じゃあ……そのまま……死ねやあぁぁぁ!」

 

 筋力を頼りにした愚直な振り下ろしは、剣の重さを感じさせぬほどの速度で振り下ろされる。

 盗賊に身を落としてもトレーニングは欠かさなかった、鍛えられた男の腕がその速度を可能とした。

 幾人もの首を跳ねた男の得意技であり、追っ手や半端な開拓者達を退けてきた。

 技とも言えぬ技は、相手が普通の開拓者なら何も問題が無かった。

 技が不要な魔獣に対しても問題は無かった。

 短い開拓者時代にもお世話になったものだ。


 応じるはずの相手の長剣は素雑では無い。

 それだけ見れば自分の物よりやや上等かもしれない。刃こぼれも無く、かといって新品というわけでも無いだろう。付着している汚れは年期を感じさせる。長さは上等だ。この長さを使う剣の使い手は中々見ない。

 飾りを一切廃した実質剛健な、凡百な剣に埋もれる印象しかない長剣。

 見た目を整えた数打ちの一つにしか見えない。

 ならば今まで通り防がれたところで剣ごと叩き斬るか、圧をかけて断てばいい。

 なまくらの大剣でも圧せれば折り、斬れる。

 しかも相手は女で、禄に構えてすらいない。こちらを無表情で見ているだけだ。冷静に見えて、動揺によって身動きが取れなくなるタイプだと踏んだ。

 

 この速度が乗った状態からなら防ぎようが無い、時折ある瞬殺の感覚。

 殺ったかと確信し、この程度なら必殺を初手で見舞う必要は無かったとすら思った。むしろ、適度に痛みつけて楽しみ、魔道具をほしがっている連中に売りつけるなりなんなりするべきだったと。

 近年開拓者では見かけないほどの上玉だ。魔道具以外でも高値に買い取ってくれたに違いなかっただろう。

 奥の連中が目を見開く様子が手に取るようにわかる。

 汚い笑みが零れる。


 

 だが。


 

 男の振り下ろしが始まった致命的とも言える段階でようやく動き出した女は。 

 およそ尋常の力量では無い。




 ギリリと何かが力強く踏み込む音がした。短く鋭い音。強烈な圧力が加わるような。

 同時に感じ取れた、爆発的なまでに膨れ上がる殺意。

 何処からだ――――異音は、殺意は、目の前の女から発せられている。

 振り切る直前で異変に気づいた男は、成る程今まで生き残れる程には能力があるらしい。

 

 だが気が付いても、もう遅い。

 決着の分水嶺は、男の知らぬ所で既に過ぎ去っている。


 目の前の女が動く。

 ぬるりと。周囲の景色――――他の全てよりなお速く動く。踏み込み。体重移動。腰の捻り。腕、膝、背筋の伸縮。肺の呼吸から歯の食いしばり。体を使う動作の一つ一つ。その全てが理想的な速度で破綻を起こすことなく噛み合っていく。

 女の剣は、男の後より振られて、それでもなお男の振り下ろしが女を殺すよりも先に辿り着くという異様な速度で振るわれた。

 男が目を見開く。

 

 空気が裂ける音が聞こえる程の豪剣。雷を刃にしたかのような一閃。

 一人だけ違う速度(世界)に生きる剣鬼がそこに居た。

 

 乱れる女の髪だけが不自然に遅い。場違いのようにふわっとした上品な髪。

 死神のような仄暗い瞳と視線が合う。そこにあるのは無表情ではない。心の奥底すら見通されたと思うような、鷹のような視線。


「な――――!」


 無防備な頭をかち割るつもりで振り下ろした男の大剣は、爆発的な勢いで跳ね上がってきたとしか言い様がない相手の長剣とかち合う。

 拮抗出来るか、と瞬間考えた。

 相手は女で、男に勝てるはずがない、と。

 物量の差もある。巨大な大剣は相応の重さを誇り、分厚い刃は折れることを知らない。

 

 だが考えている間に現実が進行した。

 刹那の間すら許されなかった。

 

 壁を斬ったかのような圧倒的な反動。

 腕が跳ね返り、痛みを感じると同時、大剣に押し寄せる激しい衝撃。

 砕け散る。

 折れるではない。衝撃が大剣全体に伝わった結果としての粉砕。

 甲高い音が森全体に響くほどの大音量で鳴り響く。空気を裂いた稲妻のような音だった。


 理解出来ない。ありえない。起こるはずが無い。

 負ける? そんな馬鹿な、馬鹿な!

 そんな言葉が脳内を埋め尽くす。

 破片が舞い散り、一瞬の陽光が煌めいた。


 これが壁なら良かった。

 壁ならばこの後、迫ってくることなど無かっただろうから。



 ――――生かして捕らえる、という注文は、水魔法で回復が使える魔法使いがいるとき、ハードルが大幅に引き下がる。

 致命の一撃で無ければ相手は死なないのだから。

 雑に攻撃を加えても良い。腕を切り飛ばしても死ぬことは無いだろう。

 故に躊躇が無かったのかもしれない。

 だが、女は、たとえ水魔法が無くとも――――生け捕りの命が無くとも、躊躇無く事を成し遂げただろう。()()()()()()()()だから。



 煌めいたのは、砕けた剣の破片だけではなかった。

 いとも容易く男の大剣を跳ね、砕き飛ばした女の剣は、一切の減速も無く振り抜かれると同時、一連の動作の一つと言わんばかりに淀みなくツバメのように返される。稲妻の軌跡ともいえる角度で折れ曲がる。

 男には、振り抜いた先で剣が止まる瞬間が見えなかった。

 幻のような高速斬撃。

 幾度も人と戦った事がある。生死のやりとりを通して今の今まで生き残ってきた。殺し合い、殺して、今こうしてこの場に居る。

 昨日戦った開拓者の男も中々に使い手で、だが兄貴の命で撤退を受けていなければそのまま勝てただろう。

 

 だが。

 だが、ここまでの相手とは出会った事が無い――――!


「ぐ、あ――――!」


 剣筋が光の線を生み出したかに思えた。

 目に残る銀の軌跡。その先を辿れば自らの手首が射線上にあった。

 衝撃によって痺れた腕は、痺れを感じる間もなく次の瞬間には手首が体から切り離れる。

 宙を舞う手首が見えたときに、ようやく思考は逃げの一手を選んだ。

 この時、男からは、女が不殺の命を受けている事実が完全に消え去った。


 ――――殺される。このままでは確実に殺される。


 勝てる術は万に一つも無い。

 死ぬまでに猶予は無い。

 一つ間違えれば息絶える。

 あらゆる方法で逃げなければならない。

 自分では、勝てない。


 戦った相手があまりに悪すぎる。

 激しい熱と痛み、恐怖で暗くなる視界の中でも全力で後退しようとした。

 体の奥底から湧き上がる力。その力に全力を託す。

 慣れ親しんだ、最近はあまり使われていなかった魔法。


「く、そ、ガァァァァ!!!! 貫けやぁああああああ!!!!」

 

 奥の手の魔法。

 それは死の間際において放たれる、全力全開の、男の力量では普通は出来ない無詠唱。普段の能力を飛び越えた威力。

 腕から迸る魔力の奔流。

 

 果たして。

 地面を砕き、けたたましい破砕音を立てて伸びゆく岩石は、女と男の間に瞬時に壁を築いた。

 鋭く伸びゆく尖端で串刺しになれ、という思いもあった。

 生まれてこの方、ここまで魔法に全集中したことは無かった。

 脂汗が流れる中、これなら逃げられるという安堵も生まれた。


 ――――だが、壁などは無いとばかりに、相手の剣が飛ぶ。

 

 岩石が伸びゆく先で紙のようにスライスされていく。

 口が引きつり、動こうとして…………足首だけがその場に取り残される異様な景色が目に入った。ふと見れば、何時の間にか、足首も斬られていたらしい。

 逃げの一手のために踏み込んだ足はまともに力が入らず、逆に感じたことの無い激痛と共に体が沈む。

 倒れ行く体を制御できず、取るべき手すらないために受け身を取ることも出来ずに背面から叩きつけられる。


「がっ! ち、ちくしょうが……、ひぃ!?」


 呻き声を上げると同時、ザン、と女の剣が一切の減速も無く、首の皮一枚を斬りながら地面に埋まった。

 

 体中の感覚が、首に集中した。

 死を告げる冷たい感触が首にある。

 今までヤバイ場面はあったが、それでもまだ生きていられるという感覚があった。

 今あるのは、感じたことが無い程の強い死の感覚。

 岩の壁も粉微塵に砕け散っている。

 舞い上がる土埃に女の姿が隠れてなお、恐るべき瞳がこちらをじっと見つめているのがわかった。初めて土煙が怖いと感じた。幼い頃の、力の無い自分に戻ったかのようだった。

 自分の荒い息が煩い。

 そんな中で聞こえた、素朴な声。


「……首を斬っても、魔法で繋がるのかしら」


 言葉と共に、試してみようとばかりに剣が動く気配がし――――男は恐怖で気絶した。

 

 こうして賊は、一つの動作も満足に行えぬまま、地面へと倒れ伏すこととなった。


久しぶりに夜以外に投稿した気がします。

前から書きたいシーンだったので頑張りました。対人の戦闘シーンは楽しいです。

これで年越し連続投稿は終了です。評価とかブックマークとか何時もありがとうございます。

次の更新は来週の土曜です。今週の土曜はお休みとなります。

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