第92話 背後注意
寝る前、神楽が次の日は一緒に居たいという言葉を聞いた。
朝起きてベッドを覆うカーテンを開けてみれば、同じようにカーテンを開ける神楽と目が合った。
「おはようございまぁす」
「おはよう」
「んー……」
腕を目一杯上に伸ばし、二段――上は物置――ベッドの上にまで届かすかのように大きく伸びをする神楽。
シンプルな水色模様のパジャマだが、もこもこしたパジャマを着させたらもっとこの場面が可愛らしくなりそうと一瞬思う。
空気を刺すような静けさの中、神楽の気持ちよさそうな声が室内を満たす。
カーテンへと目を向ければ隙間から日差しがやんわりと差し込んでいるのが見えた。
伸びが終わったのか、ふぅという小さい声とごそごそとした物音。
お互いベッドから完全に出ず、スリッパに足を突っ込んでのんびりと覚醒を待つ。
言葉も無く、チラチラと零れる日の光をぼんやりと眺める。
と。
「今日は街までご一緒しますね」
「良いけれど、アタシはクエストに行っちゃから暇になるかもよ。……いや、そもそもクエスト出来るのかはわからないけれど……」
「盗賊の件ですね?」
「盗賊の件なんです」
二人してうーん、という声を漏らした。
昨日は強制的に帰らされたし、他のグループも帰ってるとなると結構な行動制限を食らいそうな気がするのだ。
かといって市内のクエストはなぁ、というところ。
勝手がわからない状態で市内のクエストを進めるのは難しいだろう。
ペタペタと立ち上がって櫛を手に取ると、ベッドに戻る。神楽は手元に置いていたのか、既に持っていた。
「ゼン様はどうかな?」
「今日も予定が空いているのかどうかはわからないんです。私が確認していなかったので……」
「こういう時に電話とかが無いと不便だねぇ」
「?」
「こっちの話」
前回はアタシが出発するぐらいにもう馬車が来ていたから……。
「前回と同じようなら……ゼン様のご都合が良ければ、行く途中に馬車とすれ違うかも」
「うーん……そうだとしても、今日は別にゼンさんの所はいいかなって感じです」
ピタリと、動きを止める。
ギギギという音が聞こえるように神楽へと視線を向ければ
「……え、まさか星井さんの所にいけたら行きたいとか?」
「? いえ、今日はオリヴィアさんの側に居たいと思っただけですが……昨日オリヴィアさんが言ったとおり、次に魔法について教えて貰うなら、ゼンさんに教えて欲しいと思っていますよ?」
「あ、そう」
きょとんとした表情で言われてしまう。
昨日はすわ星井さんルートかと、神楽とだべりながら身の入らない自主勉をしていたのが今も引きずっているようだった。
でもこの様子ならまだまだゼン様ルートだろう。……フィオルートっぽい感じはしない。クソみたいなガスト・レナードルートなら現時点でもっと関わっていなきゃおかしいからありえないし、圧倒的な巨漢な塔仁義ゴウ先輩なんてアタシはまだ一度も見ていない。時折神楽から話題が出る以上、気になってはいるのだけれど、アタシとしては特別思い入れはないのだ。
寝癖を簡単に櫛で通した後、二人して洗面所へと向かった後に、一通りの用意をこなして街へと向かう。
無論、街で朝ご飯を食べるとお金が掛かるので食堂で済ませてからだけど。
「すれ違いませんでしたね。交通量が意外と多かったですし、見逃したりしたかも……」
「よっと……ゼン様の家紋は覚えてるから大丈夫。今日すれ違った馬車には間違いなく居なかったよ。ほら、おりよ」
「はいっ」
降りてから手を差し出すと、元気よく飛び降りて来た。
煌めくような若さを感じる。
街に着くと天気は青々とした快晴で、照りつくような日差しとは言わないけれど、紫外線を気にしたくなるような快晴だ。
「やっぱり街は朝でも活気がありますねっ! 私が住んでいた田舎では、こんなに人は居ませんでしたし、今でも圧倒されちゃいます。オリヴィアさんもそう思いませんか?」
「アタシはちょっと慣れてるしね」
「へぇ……! ユピ神国って人が同じように多いんですねっ!」
「まぁ、一番人口が多いのはあそこだけど……」
アタシが慣れてるのは主に前世の所為だけど。
新宿勤めとかになれば嫌でも慣れる。
ここも普通なら人が少ないとか言われてしまう量ではあるが、如何せん比較対象が悪すぎる。
降り場は朝の時点で幾度も馬車が走っており、学園が契約している馬車はよく見ると見た目がちょっと変わっている事に気がついた。
アタシ達が乗った馬車もこの後また折り返して学園へと向かうのだろう。
神楽がきょろきょろと興味深そうに周囲を見ている。
街は何度か訪れてると思うんだけど。
「学生っぽい人達をちらほら見かけますね」
「あぁ、そういう。寮生活の子達が同じように遊びに来てるんでしょ。じゃ、とりあえず遊ぶのはクエスト仲介屋寄ってからでもいい?」
「はいっ!」
結局、アタシも朝の支度中に乗り気が無くなったため、何時も付けている剣以外は完全に軽装である。
市内で武装していても問題無いあたり、前世の新宿とは全く違うなと思う。
こっちこっち、と神楽を案内しながら道行けば、多くの人が仲介所の前に屯って居た。
職員と思われる人達が幾つかの指示をすると、かなりの規模で一斉に馬車が動き出す。
その空いたスペースに更に別の馬車がやってきて、仲介所の裏手からまた開拓者の姿が。
「凄く物々しいですね……」
「山狩りならぬ森狩りでもするのかって感じだね。――入るよ」
扉を開けると、むわっとした匂いが鼻につく。
風は通っているけれど、些か室内が汗臭い。
足下も結構泥で汚れていて、大規模な作戦が動いていることがわかる。
「魔森林向けのクエストは駄目そうだね、やっぱり」
「わかるんですか?」
「あっちを見てみて」
そういって指を指した方向には、大きく布が付けられている壁が見える。
「布の掛かった壁……ですか?」
「うん。あそこに普段依頼が張り出されてるんだけど……」
依頼が張り出されている掲示板を見れば、恐らく魔森林向けの依頼の板は上から垂らすように布が被せられている。
「被せられてるから、多分駄目そう――「あら、オリヴィアさん」――織賀さん!」
受付から声を掛けられたので見れば、織賀ユエさんがこちらを見て小さく手を振っている。
美しい人がああやって手を振ってると絵になるなぁ。
特に並んでいる開拓者もいないので近づくと、ふと異変に気づく。
「織賀さん、とても疲れていませんか?」
猫を被って問いかけると、分かる? と小さく零す。
目元に隈が見えるし、何となくブロンズ気味の髪に艶がない。
「盗賊の件で、昨日からずっと働きづめなんです」
「やっぱりお忙しい感じですか……」
「そうですね。今は魔森林関係の依頼は全部ストップしていますから、オリヴィアさんは今日来て頂いても、やれるのは市内向けだけとなりますね」
「いえ、今日はこの子――神楽と遊ぶ予定でして……多分魔森林向けの依頼は出来ないんだろうな、っていう事の確認で来ただけです」
「そう。それじゃ――初めまして。私はクエスト仲介屋の受付をやっています、織賀ユエと申します」
そういって、織賀さんが神楽へと微笑む。疲れている中でも魅力的な笑みだ。アタシには出来そうにない。
「わ、私は――」
神楽と織賀さんが二人並ぶと中々壮観だ。
これだけで一枚のスチルになると思う。
神楽の方が若干緊張しているのが人生経験の差が出てる感がしてい良い。
こういう時に神楽の横にゼン様がいたらもっと美しいスチルになる。
角度はこうで……。
談笑し始めた受付嬢さんと神楽を置いて、ふと一人で指のフレームを作って妄想スチルごっこを始めたアタシはその時、気づかなかった。
そもそもここに居るということそのものを想定していなかったという事もあるが、それにしても迂闊だった。
思わずゲームをプレイ中の気分になってこうでもないああでもないと興奮しているアタシは、トン、と背後で誰かにぶつかる。
アタシに気配を察せさせずにぶつかるとは流石――――と、夢中になり始めていた事は棚において、我に返って謝る。
「あ、すみません――――」
「何をしているんだ? メルベリ」
「 」
思わず空行が出るような、見事な思考停止。
振り返った先に居たのは――――何故か見た目麗しきゼン様だった。
何とか書き終わりました。アニメを見ていたら書き損ねるところでした。
今年ももう終わりですね……。来年も何卒よろしくお願い致します。
次の更新は何時も通り土曜です。つまり明日です。




