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第89話 雫が零れるように

 side - 神楽ルカ


「模擬戦の場は使えないから、場所は何処でもいいかな」

 

 とりあえずそこでやろうか、という声に従って直ぐ横の中庭へと出る。

 綺麗に整えられた花壇が太陽の光を浴びて一心に空へと伸びている。

 普段が騒乱とは言わないけれど、何時もと違って静かな空間だった。

 巻き起こる風が起こす、木々が揺れて生み出す葉音、鳥のさえずりが鮮やかに聞こえる。普段では決して感じないものを感じとれた気がする。

 校舎の上を飛び越えるように、学生達と思われる声も聞こえた。

 きっと誰かが訓練をしているのだろう。棒がぶつかり合うような音も聞こえてくる。

 ふと意識が別の場所に移ってしまうのを慌てて止めると、ちょうど歩いていた保険医の星井さんも立ち止まると、くるりと向き直って口を開く。


「さて、魔法で重要な三要素は?」

「魔感知力、魔力量、耐魔力値……ですか?」


初歩の初歩であるため、問題無く即答すると軽く頷いた。

 

 学園に入る前は火や風といった基礎魔法の事なんて知らず、重要な三要素の存在も知らなかった自分が答えられることに、学園での生活で自分が変わったことを感じ取る。

 両親ともに魔法に関する事を仕事にしていたけれど、特に詳しく聞いたことは無いし、魔法を使った事もほとんど無い。

 家に書物はあっても高度過ぎたのか、小さい頃の私には何一つ理解も出来ず、今思えばあれは魔法に関する書物だったのかどうかすら判断が付かない。

 

「そうですね。当たり前の事ですが、魔法を勉強し始めた当初は魔感知力が低いはずですが……これの動きがわかりますか?」


 そういって、星井さんは自身の手を青白く光らせた。

 いや、水のような物が手から湧き出ている。ちゃぽちゃぽと音が聞こえる。

 水のような物が滴り落ち、地面に落ちる前に消えていくのが見える。


 そこに、以前とは違って()()()()()()()()という気配が、薄い違和感として肌を通して感じ取れた。


「……何か、水とは違うような……匂いやピリピリとした物は感じ無いんですけど、何かが感じ取れる気がします」


 肌を刺すわけでもない。匂いのように漂うものを嗅ぐような感覚もない。

 でも、確かに手の方向に何かがあると、微弱でもわかった。

 星井さんが手を振ると、魔法は消えた。

 感じていた気配も雲散していき、すぐに感じ取れなくなる。


「学園に入る前は魔法は使えなかったんだね?」

「はい。使うどころか、魔法を見かける事は殆どありませんでした」

「となると……凄いね、入学して一ヶ月と半月……ぐらいかな? それだけで魔法を認識出来るようになったんだ」

「えっと……ありがとうございます?」


 決闘時の魔法暴発という切っ掛けによって唐突に認識出来るようになったため、いまいちそれが凄い事なのかが体感としては無かった。

 自覚の無い有様に軽く苦笑されてしまう。


「じゃあここまで出来るのなら……そうだね、簡単な基礎魔法が発動しやすくなるよう、僕が誘導してみよう。といっても、魔法学の先生ほど上手く体内の魔力を誘導させてあげられないから、補助として手を借りることになるけれど……」

「いえ、ありがたいです! お願いします!」

「それじゃ、失礼して」

 

 側に歩いてくると、ワルツを踊るように軽く手を持ち上げられ、そっと指先だけを重ねられる。先ほど濡れていたことが微塵も感じさせない、ほのかな暖かさを感じ取った。


「水魔法も、一応火属性の光球みたいな立ち位置の魔法があるんだ。雫球なんて呼ばれてはいる。さっきの魔法だね。ただ水が零れてくるだけだ――――今から、ゆっくりと僕の手で発動させるけれど、その流れを感じ取ってみて」

「はい……!」


 星井さんが少しだけ息を整えると、奇妙な感覚が触れた手を通して自身の中へと入っていく気配がした。

 いや、入っているのではなく、引きずられて何か……恐らく魔力が、体の真ん中……内側から体内を通っていく。気配は薄い。けれど確かにある。

 星井さんの魔法はまだ発現していない。だが魔力の動きはわかる。


「っ!」


 瞬間、脳裏を過るのは、月影さんとの決闘中に起きた爆発的な魔力の奔流。

 胸の底から湧き上がる何か。

 胸から暴れ出て、腕を巡ったあの感覚。

 体から力を失い、制御出来ない冷気が吹き出た記憶。

 激しく燃えさかる月影さんの手とぶつかり、激しい爆風を引き起こした。

 

 呼吸が乱れる。

 

 ピクリと揺れた手先、それと魔力の流れを見ているのか、星井さんから感じ取れる魔力が少しだけ絞られた気がした。


「落ち着いて。もしかしたら暴発させた時の記憶を思い出しているのかも知れないけれど、今の君の体に流れているのは、荒れ狂うことも無い、せせらぎが聞こえるような穏やかな流れだ」

「穏やかな……」


 呼吸を落ち着ける。

 嫌な事を思い出してしまって拒絶しそうになったが、よくよく感じ取ってみれば、血が体内を巡るように、極当たり前の行為のように魔力が薄らと流れていく。

 何かに逆らうわけでもなく、急いで巡っているわけでもない。

 胸の奥で静かに、心臓の鼓動に遭わせて脈動する魔力があるだけだ。そこからそっと腕へと伝っていっているだけ。

 私の体の中にある魔力は何処にも出て行っていない。

 ただ、ゆっくりと他の魔力に導かれるように、磁力に惹かれ合う砂鉄のように、あるべき回路に魔力が通る。


「ほら……そろそろ魔法が発動する」

「あっ……」


 じんわりと、星井さんの手の中で水が零れる。

 指先を伝い、空よりも深い青が私の腕に細く零れていく。

 感じ取れるのは、指先にある形作られた魔力。


「本来なら詠唱して意識づけると楽なんだ。けれど、これぐらいなら感覚だけできっとわかるよ――――」


 そっと、目を閉じる。

 星井さんの指先からは、魔力が放出され、ただ水としての指向性が与えられた物が零れ落ちているだけだ。

 真似をするように、そっと体内の魔力に語りかけるように導く。

 

 ――――出ておいで。

 

 意識するのは、体内の通り道。

 イメージしたのは――――呼吸。外から入った空気を、肺で取り込んで体に取り込み、空気を吐き出す――――同じように、巡った魔力を指先へと"通す"。

 体外へと飛び出そうとして、ただ形を持たない魔力は空気に霧散していくだけだ。

 そこで、もっとも変質しやすい物へと変化するように方向性を与える。

 何も考えずとも、それは――――。


「……出来たようだね」


 果たして。

 星井さんの声、そして手に触れる違和感。

 ゆっくりと目を開けた神楽に飛び込んできたのは、自らの手からこぼれ落ちる、薄い、青白い魔法の雫。

 星井さんのように安定して水が湧き出ている分けでは無いし、水底のような色の深さも無い。

 魔力が飛び出ては水を形作り、手へと落ち、腕を伝い、消える。

 ただそれだけ。

 ただ、それだけが――――


「出来た――――あ」

「あら」


 と思った次の瞬間には、幻のように神楽の手の上から魔法が消え去った。

 と思えばまた少し水が湧き出し、ごぼ、と泡が弾けるように水が飛び散り、少しだけ魔力が荒れる気配。

 身を竦めそうになった次の瞬間には、既に星井さんの手からは魔法が消えていた。

 ただ、穏やかな魔力だけが感じ取れる。

 導かれるように、荒れかけた魔力が静まっていくのを神楽は感じ取ったのだった。

 

次は土曜です。

今回は零時は越えてしまうかなぁと思いましたが何とかなりました。

魔法に関する事で過去の話を漁ってました。矛盾に気がつきかけましたが何も見てません。きっと。

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