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第88話 休み中でもお仕事の人たち

 side - 神楽ルカ


 振り返る。一瞬、朝日が窓越しに飛び込んできて目を細める。

 朝日を背にしているため、咄嗟に姿はわからない。けれど、声は聞き馴染んだもの。

 手で日差しを遮ると、すぐに相手がわかる。

 確か……。


「星井さん」

「やぁ、おはよう。神楽さんだよね」


 星井トオルさんだ。

 黒眼鏡の奥で優しそうな瞳が見える。普段通りに白衣姿だ。黒のズボンですらっとした姿でその場に立っていた。

 学園の保険医さんで、入学式の時にはかすり傷を治して貰ったり、最初の魔獣討伐の授業でもご一緒したり、つい最近では魔獣に攫われた後の怪我の治療でもお世話になった。


「おはようございます。この前はありがとうございました」


ぺこりと頭を下げると、柔らかく星井さんが笑う。

 

「体は大丈夫かな」


その言葉に応えるように、くるりと、軽やかに回ってみせる。

 そもそも事が終わった後、次の日にオリヴィアさんと戦える程度には体力が戻っていたのだから、今更何一つ不自由な箇所は無かった。

 自分で改めて体調を見直してみたけれど、何時もより快調と感じるのは休み期間中だからだろう。

 無論、怪我が治った次の日にオリヴィアさんと戦ったなんて事は告げない。

 

「おかげさまで、問題ありません!」


その動きを見ながら星井さんが笑う。

 

「それは良かった。……ところで、職員棟に何かよう? 必要なら扉を開けるけれど」


 見かけたから気になって寄ってみたのだ、と続けられる。

 提案はありがたいのだけれど……。

 ちらりと再び中を覗く。

 どう見ても、魔法の授業を教えてくれる先生や担任は居そうに無い。


「今日は誰もいないんですね……」

「ん? そうだね。部活の顧問をやっている先生ならいるんじゃないか?」

「うぅん……魔法について試したいことがあったのでお会いしたかったんですが……」


 ちょっとだけ落胆を含めて告げると、何か察したように笑った。


「あぁ、もしかして先生が居るかと思ったんだ。残念だけど、学園の職員の多くはお休み期間だね。先生方もお休み期間中だよ。防衛部の人達は逆に休みが無いみたいだけどね」

「そうなんですね。研究者の方を見かけたので休みは生徒だけかと思ってました」


校門を入った所に作業員がいたのも勘違いのもとだと思う。もしかしたら防衛部の人かもしれない。

 学生がいないし、施設の管理を先生方がやっていないなら、確かに先生達もお休みになるかと神楽は今更ながら思う。

 

「併設されてる研究所勤めの人達か……。あの人達は今の状況を羨ましがっているみたいだね。休みではなく、今日も平常通りらしいから。魔獣の襲撃がこんな校舎の近くで行われたのは初めてだし、施設の魔道具の破損も大きいから、羨ましい事ばかりでは無いけれど」


 やれやれと首を振る星井さんだけれど、はてと疑問が生じる。

 星井さんも学園職員のはず……なのだけれど……。

 改めて姿を見れば、その白衣は仕事着のはずだ。


「星井さんはお休みじゃないんですか?」


 学園に関する人達がお休みなら、星井さんもお休みだと思うけれど。


「僕は、いや、僕たちは休みじゃないよ。先日の魔獣襲撃で大きな怪我をした子がまだ数人残っているからね。念のため保健室奥で入院してもらっているんだ。勿論、全員既に元気ではあるけれどね」

「そうなんですね! お疲れ様です。じゃあ今は休み時間中ですか? それともまだお仕事じゃない感じですか?」

「何名かで持ち回りで仕事をしていてね、今日の朝はかなり時間の余裕があるんだ。図書室で新聞でも見ようかと思ってたんだ……」


 そこまで喋ってから、急にだまりこんだ。

 不思議そうに見ている中で、んー、と声を上げながら宙を眺め始める。


「……神楽さんは、何故魔法の事を先生達に聞こうとしていたのかな?」

「えっと……実は先日の襲撃騒ぎの前に、決闘をやってまして……その時に、使えない魔法が使えたので、練習させてもらえないかなと……」


そう告げると、保険医が目をぱちくりと動かした。まるで予想外の事を聞いたかのようだ。

 

「え、決闘……あの決闘って、神楽さんだったの!? それは、意外だな……」

「『あの決闘』って……」


 そう言われると、ちょっとだけ困る。話題にされるのは少し恥ずかしい。

 思わず困惑してしまうと、それを見た星井さんが苦笑いしながら教えてくれた。

 

「教職員の中でも、学生が決闘をするらしいって話題があったんだよ。一年生が血気盛んで決闘をするというのはまぁあることだけれど、女子生徒とは、って感じでね。僕はあまり関心が無かったから詳しくは知らなかったけれど……。なるほどね。それに当日、決闘相手の子が運ばれてきたのは覚えている」

「月影さん……」

「そう。――――あの子は肉体的には元気だよ。落ち込んではいるけれどね。そうか、決闘の相手は君だったのか。魔獣騒ぎで決闘については頭からすぐに吹き飛んでしまっていたよ。君が運ばれてきたときも、魔獣と戦った傷としか思わなかったしね」


 月影さんに勝ちはした。相手も自分を害する気があったと思う。

 けれど、落ち込んでいると聞くと、胸にちくりと来る物はある。

 振り返れば、何かで追い詰められていたのかもしれないような、鬼気迫るものがあったと思ったからだ。


 悩む私を見て、星井さんが優しい口調で口を開いた。


「……君は勝ったんだろう? なら、せめて敗者より胸を張ろう。何、学生の内は勝った負けたも良い経験だよ。勝者であるという振る舞い方も、敗者に対する気遣いにきっとなるからね。自分を負かした相手が弱気に見えちゃ、敗者の立つ瀬が無い」


そう言われると確かにそうだ。

 それに、色々な人の力を借りて実力を付けていったのだから、その人達にも失礼だと今更ながら思う。

 だから、勝ったことそのものは、しっかりと胸を張ろう。

 

「……はい!」 

「ん。良い返事だ。……魔法についてだったね。使えたのは何系統の魔法か、わかるかい?」


あの時、月影さんとの戦いで暴発しながらも出した魔法は冷気のようなものだった。

 思い返すと危ない橋を渡っていたと身震いする。魔法の暴発はもっと酷い結果になる時もあるいうのを先生から聞いていたから。

 

「あの時出たのは、冷気の塊でした」

「なら、基本的には水魔法か……なら問題ないか」


 ふぅむ、とまた数秒だけ考えると、指を一本、先生のように立てると一つ提案を述べた。


「もし良かったら、僕が魔法を見てあげよう」

「い、いいんですか!?」


 思わず嬉しくて手を叩く。それは思ってもみなかった提案だった。

 確かに保険医の人なら、水魔法に詳しいだろうし、星井さんの実力は何回か自ら体感している。

 そんな人に教わるなら、もしかしたら魔法に関して少しだけ成長出来るかもしれない。


「いいよ。まぁ時間はがっつりとは取れないけれどね。なぁに、水魔法なら、保険医の得意分野だし、暴走して怪我をしても直ぐその場で治してあげるよ。指が飛んでも腕がもげても安心してくれていい!」


 背にした陽光のためか、自信満々に告げたその姿は一段と輝いているように見えた。

 

「あ、あはは……暴走して怪我するのは嫌ですが、よろしくお願いします……」


 怪我を治療すると告げた部分で星井さんは自身の胸を叩いたが、怪我することを前提にしないで欲しいと、神楽は強く思った。


もう何度かは神楽サイドです。次の更新はいつも通り次の土曜です。

手元の設定を見直してると恐るべき矛盾があったりしますが、過去に主人公の名前を間違えていたことがあったので、もはや恐れる物はありません(

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