第87話 所変わって
side - 神楽ルカ
朝、ゆっくりと目が覚める。
もぞもぞと心地よい気温の中、もう一度寝ようかどうしようか考えている間にふと、思い出した。
「オリヴィアさんは、っと……」
二段ベッド――上が物置になっている――に備え付けられた、自らの領域のカーテンをそっと手で押して境目を開く。
そうすることで薄暗い室内の中、向かい側のベッドの様子が目に入る。
……既にカーテンが開ききっているのが見えた。
つまり、オリヴィアさんは既に出掛けたということになる。
部屋の中をきょろきょろと見渡しても、今出掛けたという気配は無い。
私が起きるよりも早い時間に出掛けたようだった。
「……だよね」
ちょっとだけため息を吐くと、除いていた境目から手を差し込んで、勢いよくカーテンを開いた。
「もう起きちゃおう」
壁に掛かっている時計を見れば、十分早いと言える時間だ。
……普段の登校時間よりかは遅いけれど。平日だったら遅刻確定で、一時限目はとうに始まっているぐらい。
寮内を歩くためだけに用意したスリッパに足を入れて、窓にもあるカーテンを開くと柔らかな灯りが飛び込んでくる。
室内を振り返れば、差し込む光だけで十分な光量がある。
「うん!」
そのままぺたぺたと歩き、姿見の前で見た目のチェック。
寝間着のボタンをきっちり留め直し、一度自分の机へと向かうと櫛を手に取って姿見へと戻り、かなり酷い寝癖は最低限直してから廊下へと出る。
向かう先は大浴場だ。洗面所にいってさっぱりしたい。
幾ら女子寮でも、寝間着の状態で寮内をうろつくのは、とは最初思っていたけれど、今となっては意外とみんなやっているので寝間着ぐらいならいいか、というところがある。
でも、流石に食道棟にはそのままの状態で向かう子はいない。あそこは男子も来るから恥ずかしい。
静か……かと思ったけれど、同様に寝起きの学生とはすれ違う。
何名かは同じクラスメイトの子も居るため、挨拶を交わした。
広い洗面所に着くと、すれ違った人達より多くの人が見える。
髪を乾かすための魔道具が幾つも音を立てていた。それ以外にも小さいこそこそ話が聞こえてくる。二人連れが多いのは同室の子と一緒に来ているからだろう。
クラス内ではよく喋るクラリッサさんが寮生活のため、何となく居ないかなと思って少し洗面所の列を歩いて見回してみたものの、いないようだった。
そこから時間を掛けてセットし、人が増えてきた辺りで自室へと戻ると着替えて今度は連絡通路を通って食堂棟へ。
人は流石に見えるし、みんな楽しそうに喋っている。
それとなく話題を耳にしながら、朝食を――朝食用の札と交換して――貰って席に着いてのんびりと頂いた。
どこの話題も、街へと出掛ける話題ばかりだ。
学園内に行こうとする話題は無い。
今日、魔法学の先生や担任のメリオトロイ先生と会って魔法についてのお話が聞けないかなぁと思っている女子学生は私ぐらいかもしれない。
「……ごちそうさまでしたっ」
周囲の声に耳を傾けながら朝食を済ませると、自室に戻って軽く身支度を調え、学園へと向かう。
普段は来る学生の方が多い通りも、今日は出て行く学生ばかりだ。
休み期間がほぼ二週間があると、しばらくはこんな景色が続くのかもしれないし、そもそも私だって昨日は出て行く側の人だったのだ。
今日は学園に用があるので普段通りに校門を通る。
校門に吸い込まれる学生は一定数いて、だいたいは男子学生のようだった。
ゼン様の元に集まる『月光騎士』や学園内の防衛を自発的に行う『太陽守護』の人達のように何かしらの集まりがあったりするのかもしれない。あるいは部活動もあると聞いているから、そういうので休みの日も来ているのかも。
それに、明らかに
入って直ぐ、大きな資材がでんと置かれているのが目に入った。
その周辺には作業服を来た人達が集まっている。研究所の人のような、独特な服装の人も見かける。今回の休みは魔獣襲撃があったために学園の設備点検を行うというものなので、あまり彼らの邪魔にならないようにしないといけない。
迷惑を掛けないうちに視線を切ると、ふと職員棟に向かう足先を変えた。
「誰もいない……」
校舎に踏み入れると静かな物だった。耳を澄ますと外から声が聞こえる時もあるけれど、足音一つ無かった。
何時もと違う雰囲気を感じるのは人の有無だけでなく、明るさも関係があるのだと歩きながら思う。
「そっか、人が居ないから光源を落としちゃってるんだ」
天井を見れば光を放つ魔道具は沈黙を保っている。
何となくクラスへと向かうが、その薄暗いさが非日常感を強く感じさせる。
自分が何時も居るはずの場所に来たはずなのに、別の場所に迷い込んだような、心に差し込む異質感。
クラス内をのぞき込む。当たり前のように誰も居ない。
朝日が窓から差し込んできて、きらきらと光っている。ここまで誰もいない教室というのは新鮮だ。
今までの感覚を全て納得させるなら、物語の中に入り込んでしまったかのような感じが一番しっくり来るかもしれない。
そんなささやかな事に楽しみを抱きながら教室棟を出て、連絡通路を歩き、幾つかの棟を過ぎて職員棟へと……。
「うん?」
目の前のドアが開かない。
上を見れば『職員棟』の文字。
職員棟に来たものの、ドアが閉まっている。
もしかしたら勘違いかもと思ってまた開こうとしてみたけれど、びくともしない。
明らかに施錠されている。
「もしかして……今日って先生達もお休みなのかな……。いや、よくよく考えたら、普通は先生達もお休みだよね……」
うーんと唸りながらもガラスの向こうを見やる。
ここも光源を落とされている。部活動があれば、活動している先生がいてドアを開けてくれるかもと思ったけれど、そもそもお目当ての先生がいないのならば職員棟に用はない。
急に今日の用事が消えてしまった。
何処かで魔法の練習をしようにも、前回の暴走の時のようなことが起これば怪我は免れない。
ベテランの人がいない場所で練習する危険性は自分でもわかる。
時間が出来てしまったのならしょうが無い、なら図書室にでも――――と考えて、図書室も閉まっていそうな気がしてきた。
ここまで来たら、オリヴィアさんがやっていたように、学園内をふらりと見回るのも面白いかも知れない。
教室棟で感じた時のような不思議さがあるかもしれないし。
「おや? 君は……」
そう考えている最中に、ふと誰かに声を掛けられたのだった。
次の更新はいつも通りです。
短めになってしまった……。




