第86話 苦い撤退
原作ゲームである『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』の作中では盗賊の話はほぼ出ない。
会話の中でぽろりと出たぐらいで、神楽が絡むシナリオは無い。
設定資料集も買っているので学園外の事も知っているが、それでも盗賊が跋扈しているとは書いていなかったと思う。今となってはどれほど記憶が正確かは定かではないが、それは確かだ。
……もし書いてあったら、ただでさえ魔獣によって人類側の敗北が濃厚な世界観なのに、そこに賊も多いとなれば、お前は乙女ゲーなのか本当にと前世でツッコミを入れていたはずだ。そしてアタシにそんなツッコミをした記憶は流石に無い。
調査員とカイトさんの話が終わる。
話を横から聞くに、相手がどんな風貌だったのかの情報はまだ無いらしかった。ちょうど魔道具を使用しようとしたタイミングで、不意打ちで襲撃、一撃を浴びせて魔道具だけ奪って離脱との事らしい。相手の風貌もわからないという。なお、襲撃者は一名だけだったようだが、魔森林で活動している以上、一人ということは無いはずだという話で終わった。
カイトさんに話し掛ける。
「盗賊は最近多いのでしょうか」
「そうですね……私の認識では、ヨルム王国内で増えているという感覚は無かったと思います」
思い出すような仕草をしつつ、カイトさんが答える。
「そうなんですか?」
「ただ、常に一定数は出てきますね。だいたいはヨルム王国内の自警団が対応する事が多いです。魔獣との戦いがあるというのに、人同士で争わなければならないのは……悲しい事ですね」
カイトさんは本当に悲しそうな顔をする。普通にこの人は優しい人だなぁと思う。
しかし一定数は湧いて出てくるのか……。魔獣だけでもお腹いっぱいのヨルム王国では勘弁して欲しい。
そんな事を考えていると、近くに来ていたアランくんが口を開く。
「なんだ、お前はそんな事も知らねぇのかよ。どんだけ恵まれたお嬢様だったんだ? 普通に生きてりゃ嫌でもわかるぜ。賊に襲われた村の話なんざ耳にタコが出来るほどある」
おうおう、絡んでくるねアランくん。
といっても世間知らずなのは正解である。
アランくんに向き直ると、確かにと頷いてから続ける。
「私がヨルム王国に来てからまだ一年も経っていません。基本は学園内だけで過ごしていますから、世間知らずではありますね……。恵まれた環境にいるとは思っていますが、私は普段から金欠という有様で、お嬢様と呼ばれるような者ではありません」
「そうなのか」
金欠の下りでちょっとだけ同情するような視線がアランくんとジェラルくん、そしてカイトさんから飛んできた。
ただまぁ、恵まれてはいよう。開拓者のように毎日命を掛けて稼いでいるわけではないのだし。学園にある特待生制度でお金を得ているのだから。まぁ、それぐらい強くなるまでに相応の困難はあったので、今そうだとして何か言われても、特に何ともである。転生してから精神は間違いなく図太くなったと思う。
「オリヴィアさんは……名前通り、ユピ神国生まれでしたね」
「はい」
「あそこでは盗賊はいなかったのですか?」
んー……と考える。
「軽い窃盗ぐらいなら話は聞いたことはありますが……指名手配されるような盗賊となると……」
いなかったと思う。
その返答に、治安がいいのですね、とカイトさんが感心したように言うが……。
賊はいなかったが、自らの利益の為に派閥同士の陰湿なやり合いや密偵を放ったり、策略で罪を被せたり、敵対派閥同士で殺し合いはありましてよ!
とは流石に言わない。
あの国はまぁ賊はいなかったが俗物はいっぱいいたのだ。懐かしいが、戻りたいとは欠片も思わない。
「ところで、もしかして私達はすぐには帰れなかったりしますか?」
「……まだ決まっていません。アギトと向こうのリーダー、またクエスト仲介屋の職員から結論は出ていませんから」
「え、お、俺達はあの建物で一夜を過ごしたりするんですか……?」
ジェラルくんが思わずといった感じで問いかけ、視線が建物に行く。
アタシも建物に視線を向けるが、籠城事態は問題ない大きさだろう。建物はコンクリートで固められた無骨な見た目をしている。
二階建てだし、極端に窓は高く作られている。一階には顔が出せる程度の窓しかない。二階は普通に窓がある。魔獣対策の為だろう。
裏がどうなっているのかは見ていないけれど、入り口の扉もかなり頑丈そうである。鉄製でぼこぼこの表面が、過酷な環境でも生き残ってきた証しである。
二階のバルコニーと、そして屋上の柵を見るに上からも見られるとなると、歩哨がいたら攻めづらいことこの上ない。
……火炎瓶ってこの世界で流行っていたりしないよね。
「どうでしょうか。それはわかりません。何にせよ、仲介所の職員は本部と通信が出来る魔道具を持っていますから、最悪の事態にはならないでしょう」
カイトさんの言葉に露骨にジェラルくんと、そしてアランくんの顔から不安が少し消え去ったように見える。
「メルベリさんは不安ですか?」
「魔森林の環境に慣れていないうちにこういう出来事に巻き込まれてしまったので、多少は……」
嘘偽り無い感想ではある。
とことこ馬車で数時間のこの場所で、駆け走って街に戻るには時間が掛かりすぎる。体力は……ペースさえ維持できれば持つかも……。
「安心してください。この集団の数なら、賊も迂闊に手も出せないでしょう。この場にいる人達よりも力を持つ賊の集まりというのは聞いたことがありません」
それに、とカイトさんが片目をパチリと閉じながら、「私とアギトは貴女が思っているよりも強いのですよ」と決めてくれた。
そう言って去って行く後ろ姿に、アタシの中で、イケメンの中年というのも魅力的かもしれない、なんて馬鹿げた事を一瞬考えてしまったが、すぐに頭を振って雑念を飛ばす。
話し合いはまだ続いているようだけれど、全員建物の中へ入る事となった。
ひとまず、この拠点の周囲は入り口以外は壁で遮られているので遠距離攻撃の射線は少ないはずだが、危険だからという事らしい。
建物の中はいたって普通の『家』で、カーペットも敷かれているし、キッチンもあれば部屋の中央に暖炉、大きな机に椅子、ソファに雑魚寝部屋さえある。それに外見の無骨さに反して中の壁には圧迫感が無い。木目のように塗られている。
窓が無い以外はのんびり出来る空間である。
一息付いて椅子に座り、ぼんやりと天井を見上げつつ考える。魔道具を奪う賊はあの怪盗なんだろうかと考えてしまうが、まだそうだとも違うとも言えるほどの情報が無い。
少なくとも男性とわかれば悩みもしなかったのに。
結局、アタシ達がこの建物に居たのは数時間だけで、やってきた自警団と合流しての帰路となった。帰り道、賊に襲われる事は無かったけれど、魔獣とは何度か遭遇した。アギトさんが零していたけれど、そこそこ珍しい事らしい。出てくる魔獣は珍しくともなんともないゴブリンだったので、別グループに居た魔法を使える開拓者がさっさと始末してしまい、アタシは剣を抜くことは一度も無かったが。
魔森林でクエストをした二日目、魔獣との戦闘が多かったために昨日より実りはあったが、ちょっとだけ苦い撤退となった。
次の更新は引き続き土曜となります。
次は神楽side……になるかも。




