第81話 レクチャー
迫り来るゴブリン4匹――4体? とジェリーフェイカー3体。
ゴブリンは仲間をカイトさんの水の矢で殺されたため、興奮しつつ駆け寄ってきている。
「アラン、お前は戦ったことがあったな?」
アギトさんが示しているのはジェリーフェイカーだ。
「は、はい! 任せてください!」
何時でも飛び出せます! とばかりに気合いを入れる。
「なら、お前はゴブリンの相手だな。ジェラルとオリヴィアはジェリーフェイカーだ。カイトもいいな?」
「問題ありません」
「え? わ、わかりました……」
「ギャオウア!」
「ふん!」
アランがしょんぼりしている間に、飛び出すようにやってきたゴブリン。
対してアギトさんが数度槍を振るう。
相手の獲物が飛び、手足が飛び、急所を突かれて早々に一体が絶命する。
流れ作業のような手際だった。
続けてくるゴブリン達を一瞥する。
「カイト!」
「わかりました。アラン、こちらへ来てください」
「はい!」
アランの頭に犬耳が見える気がする。
それは置いといて、カイトさんが呪文を唱えると、氷の矢が飛び出した――が、それはゴブリン達3体にあたると顔を濡らすだけに留まる。
ゴブリンの注意がカイトさんとアランへと切り替わる。
「アランには、魔獣が多数いる場合の戦い方を練習してもらいましょう」
「わかりました」
カイトさんとアランは、二人で挑発するように武器を振るい、アタシ達と距離を置いた。
さて、アギトさんとジェラル、そしてアタシの前には迫りつつあるジェリーフェイカー達。
ゴブリンよりも移動速度が遅いため、勝手に分断された結果となった。
「さて、まずは手本に一体は俺が処理しよう。見ておけ」
「はい!」
「わかりました」
と二人で答えると、ゆっくりとアギトさんが歩みを進める。
徐々にお互いの距離が近づく。
槍の間合いに入るまではまだまだ距離がある――と、先頭の一体が持ち上げた腕を後ろに引き上げる。それを見て、後続のジェリーフェイカーが木々の後ろに隠れるようにアギトさんは配置取りした。
後続から攻撃されるのを避ける為だろう。
「あれが攻撃の予備動作だ。距離が離れているとああして後ろに伸び――」
その間も近づくのは止めない。
と。
ジェリーフェイカーは、引き上げるゆっくりとした動作とは裏腹に、やや速度を上げて二本の触手を同時に振り下ろす。
それは鞭のように弧を描き、頭上にある木々の枝がバキバキと折りながらも素早くアギトさんへと到達した。
長さの把握はざっぱなので正確性には自信が無いのだけれど、触手の距離は10mほどかもしれない。20mは流石に無いと思う。
クラーケンドッグと比べると攻撃範囲が非常に広い。
暗闇で出会う事があれば、頭上から音が急速に近づいてくるのは恐怖だろう。
アギトさんは速度が乗っているだろう迫り来る触手を見ても動じない。
「――――射程に入るとこうやって振り下ろしてくる。ただまぁ、見ての通り軌道は直線的でな。横にずれるだけで良い。慣れない時はジェリーフェイカーを中心に、横に足早に移動するだけで避けられるから覚えておけ」
そういって横にずれると、元いた場所に大根並みの太い触手が叩きつけられ、ドンという重たい音がした。枯れ葉が舞い上がる。
触手がクラーケンドッグよりも太い為、一撃の威力はジェリーフェイカーの方が上だ。練度の低い開拓者が楯で防御しようとするなら、多分膝をつきそう。
「動きを封じるために触手を踏みつけるのはやめておけ。人間の体重くらいなら軽々持ち上げるから体勢を崩しかねない。受け止めるのもオススメしないぜ。見て貰ったとおり威力はあるからな、下手に受け止めれば腕を痛める以上の結果になる。単純な攻撃だが、頭に受ければ即死する開拓者もいるんだ」
スタスタと歩き、槍で地面に落ちた触手を突く余裕すら見せる。
ジェリーフェイカーはそれで終わり――なわけがなく、振り下ろされた触手はゆるゆると持ち上がり始める。
「触手は切れる。だが――――」
言いながら長刀とも見て取れる槍の切っ先を使い、触手を切りつけるが、切っ先がすぐに止まってしまう。
今度は突き刺すが、すぐに止まり、左右に動かしてもうまく動かないようだった。
「とまぁこんな感じだ。切れ味がメインの武装なら切れるから狙ってみると良いが、ギチギチ過ぎて中途半端な切れ味じゃ禄に切れん。あぁ、重量級の斧とかで叩き切ってるヤツは居たな」
槍を引き抜くと同時、触手の先端が素早くアギトさんに襲いかかり、その予想外の速度に驚く。
「は、速い!」
ジェラルくんが上げた驚きの声にアタシも同意するように唸る。教科書を読んだ限りではもうちょっと遅いもんかと思っていた。やはり実物に勝る物はないか。
まぁ速いといっても、ゴブリンが振る武器の速度よりは遅い。あくまで、最初の振り上げる動作からしてみれば速いというだけだ。
無論、アギトさんは特に動揺することも無く、無難に槍で受け止めた。
衝撃は来ているようだが、振り下ろしと違って耐えることは出来るという事なのだろう。
危なげなく振り回される触手を裁く。
「こいつの腕の先端はそこそこ早く動く。当たるとちょっと重たいパンチを食らったみたいな痛さだ。ボディに喰らうと息が止まるぜ。巻き付けよりもこっちを警戒するべきだな。あとは昨日言ったように、先端には針があるから、肌を露出していると肌が引っ掻き傷だらけになる。ぺらぺらな布ならちょっと破れるかもな」
昔、乱戦時に横っぱら叩かれた時は悶絶したぜと呟いたので実体験のようだった。
「振り下ろしの攻撃が外れると触手を引き戻し始める。触手の引き戻しまでに仕留められなかった場合、近距離まで迫った時にはこのよく動く先端部分と相手をすることになるな――っと!」
話は終わったとばかりに一気に踏み込んでいく。
鍛えられた開拓者から見ればその距離は秒で踏み込んでいける距離。
伸びきった触手の根元は、緩慢な動きで対処しようとしているが――。
槍は青い体に透けて見える赤いコアへとするりと飛び込み、ずぶりという擬音が出そうな体へと入り込む。
大きいリンゴのようで神経みたいなのがびっしりと表面に張っているコアに刃物が突き刺されると、コアから血が体の中に滲み始めると同時、ジェリーフェイカーは徐々に体が動かなくなった。
ずんぐりとした巨体が置物のようになり、木々の隙間から差し込む日光に照らされて得体の知れない現実味の無さが出てくる。
ドサリとも倒れない当たり、死んだ直後は硬直しているのかもしれない。
後続のジェリーフェイカーから攻撃される前にアギトさんは素早く戻ってきた。
「とまぁこんなもんか。近距離はさっきの触手が近距離で振るわれるだけだ。数歩下がるだけで回避出来る。伸ばす速度は遅いからな」
ね、簡単でしょ? とばかりに笑顔で告げる。
「じゃぁ、次はお前らな。それぞれ相手してみろ。安心しろ、後ろで見といてやるから」
ジェラルくんと顔を見合わせる。
ジェラルくんは青ざめた顔をしている。ジェリーフェイカーごっこかな? きっとアタシも同じような顔色をしているのだろう。
笑顔のアギトさんを後ろに、アタシ達は重い足を動かした。
次は来週の土曜投稿です。
どっかで矛盾してたらサイレント修正頑張りますという気持ち。




