第08話 買い物と
学園から歩いて直ぐのところで、この付近と街を繋ぐ馬車の往路便の場所がある。
お駄賃は学園が払っているため気にする必要は無い。乗ってしまえば、思ったより早く繁華街へと辿り着いた。
この国中に見回りがいるとはいえ、割合ここも魔森林に近いと思うのだけれど……そこら辺の商魂たくましさは、元々いたユピ神国には無い物だろうと思う。
「市内って詳しい?」
「いえ、私は田舎から来たので……」
さもありなん。
農業と家畜の世話がメインであり、年齢の大小が入り交じった学校しかない村に居たのだから、尋ねた問いへの答えは十分予想通りだ。
当てもなく歩きながら、お互いにきょろきょろと見渡した。
「凄い建物が多いですよね。これでも国の中央都市じゃないって事にまだびっくりしてます」
「アタシもこっち来てからまだ日は浅いから、何だか旅行に来てるみたいでまだ慣れないね」
そしてアタシは、楽しそうに歩く神楽に先導されて、服屋に突入した後、こうして目の前の店員さんに籠を渡して精算中と言ったところだ。神楽は既に精算を済ませているが、買った量はほんの僅か。
だが、ちゃんとオシャレを意識している服を選んでいる。
それに比べてアタシは、似たような服と下着を幾つか揃えて、思ったよりお手軽に購入する……のを、見つめてくる神楽。
「……何、じっと見つめて」
店員が元の世界における、そろばん的な物で計算をしている中、神楽は何だか不満そうな表情を見せる。
すねたような、勿体ないと感じているような……。
「いえ……その、意外と着る物に頓着しないんですね、オリヴィアさん」
「学生の間は基本的には制服で過ごすだろうから。それに、アタシは使えるお金に余裕があるわけじゃないし……」
学園から、かつての奨学金に近い制度(無借金!)を利用しているが、現状は生活ギリギリしかもらえない。慎ましい学園生活を送る分には問題が無い。だが一歩二歩と足を踏み出せば、遠くない未来で足を踏み外すことになる。
そう思いながら、ちらりと、ショーウィンドウに飾ってあるちょっと気合いの入った服を見る。
二種類飾ってあって、片方はかわいい系、片方はお嬢様系で、どちらも転生前は着ていなかった服の種類だ。
かわいい系は、神楽なら似合うだろう。ロリータ寄りのティアードドレスは白黒の模様と合わせつつ、フリルは自己主張をしない作りになっている。
お嬢様系はすらりとしたニットワンピースで、ウィシュト共和国の海岸に行けるのなら、きっと日傘を持って佇む姿が景色に映えることだろう。
といっても、両者ともファンタジー路線の独創的な制服にあるように、私服もまた、アタシから見れば派手なのだが。
アタシなら……今の髪色と髪型なら、確かに後者はありかもしれない。ブロンズにカールのあるヘアーは今世ならではなので、何処かで試してみたいとは思う、が……。
「アタシがああいうのを着てもね」
「オリヴィアさんには似合うと思うんですけど……」
残念そうな神楽の声を聞いても、手を出したらしばらくは質素なご飯しか食べられなくなってしまうのは避けたい。
いくら食堂が安いからといっても限度はある。それに、戦闘能力向上主義の学園で空腹は授業の敵になることは想像に易かった。
「私もそう思います」
「そ、それはありがとうございます」
何故そこで同意するんでしょうか、店員さん。
「ですよね。店員さんもそう思いますよね!」
「そこ、店員さんを困らせないの」
ため息を吐きながら、提示された金額を支払った。
支払った金額は、数着まとめてだが展示品一着より安かった。
お店を出て、また他の服屋でショーウィンドウに飾られていたちょっとお高い服を見て、お互いため息をついた後、手に買い物袋を持って歩きだす。
何か忘れている気もするが、既に目的は達成したようなものだ。
これで来週は何とかなりそうだった。
「この後どうします?」
「そうね……」
目を細めて街の様子を眺める。これもある意味和洋折衷とでも言うのだろうか。和洋ファンタジー折衷?
よくあるなんちゃってヨーロッパ感はあるものの、学園でも見た様に真新しい建物は現代的とも言える風貌をしている。
木造の露店もある場所に唐突に表れる、鉄筋コンクリート製のような建物に関して誰も違和感を抱いていないあたり、この国の人々は慣れてしまっているのだろう。
同時に見える景色といえば、東京の下町の家を見ながら、背景に高層ビルが建ち並んでいたかつての東京のようなものだろうか。
なお、ユピ神国ではこのような文明錯綜しているような物は無い。
他の国から見ても、ヨルム王国ほど建物が入り乱れている国は無いだろう。
ユピ神国と違って閉鎖感は無いものの、何処となく建物全体は痛んでいる感じがある。明らかに人間の手によって破壊されたものではない跡もある。過去には大規模な魔獣の群れの侵入を許したことも設定上あったため、その名残なのかもしれない。
魔獣との最前線にあるため、建物は常に新しく、そして頑丈になっていくのだろうか。
そんな街の中を、誰もが談笑しながら歩き、家族連れが子供に連れ回されて困った顔をし、若い兄ちゃん達が棒に吊した魔獣の死骸を担いで走って行く。
貴族と思わしき人々が優雅に馬車に乗って通り過ぎる。
壁を見れば、時折ポスターのような物があったり、指名手配があったり……というか、この世界でも怪盗っているのか。どこから来たんだ、その名前。
神楽を見れば露天で手に入れたポップコーンモドキを食べているし、子供達の笑い声が聞こえて路地を見れば、背の高い建物間に紐を吊して服が干してあるのが見えた。その下を走り回る子供達が居る。
ゲームの中では街を詳しく知る描写はあまりないため、この国に来たばかりのアタシとしては何処を見ても嬉しくなる。
設定資料集なんて目じゃない細かさのグラフィックに、街の雰囲気など2Dゲームの一枚絵からは得られないもの! 目を閉じればループじゃない騒音BGM……!
……ただまぁ、生きていく厳しさもまた、ゲームでは味わえないものだったが、この厳しさを味わうのは勘弁したかった。
ユピ神国での過酷な生活から脱出出来て本当に良かったと思う。
神楽への会話を適当に(この後お昼ご飯を食べるようだ)処理していると、少し先にある露天商の前で見覚えのある姿がちらりと見えた。
(あのショタっ子は……フィオ、フィオレンティーノ・ジャイルズ!)
攻略キャラの一人。
太陽守護のトップであり、ウェーブのかかった金髪が日の光によって輝いている。
何か商品を手に取っては考えて、戻すを繰り返しているように見える。確か、彼には――
「どうかしましたか?」
はっとする。やや意識が飛びかけていた。
「ううん。ちょっと学園の生徒を見かけただけ」
「まともにお買い物をしようとすると、近場はここみたいですから。中央程では無いですけど、飲食店や雑貨店以外に、図書館とか、小さいながら劇場とかもあるみたいです」
「へぇ」
ちらりとフィオレンティーノ・ジャイルズがいた場所を見れば、こちらに背を向けて別の場所へ歩き出していた。
こういう、ふとした最中の一幕も、やはりゲームではあり得ない。
ゲームでは何かしらのイベントとして与えられた枠でしか見える事が無い。
「それで、次はごはんですけど、あそこにしましょう!」
指さした先には小洒落たカフェ。道にはみ出るようにテーブルを出しており、テントの下のテーブルにはそこそこお客様がいるようだ。それと同時に、きゅう、と可愛らしくなる神楽のお腹。少しだけ笑いそうになると、神楽が恥ずかしそうに笑う。
「行きましょうか」
「はい!」
フィオが見ていた露天商の前を通り過ぎた。ちらりと見えた限りでは、アクセサリー店のようだった。
なお、コップは買い忘れた。
神楽から、ひとまずのコップ(ピンクの花柄模様)を借りる事にした。
◆ ◆ ◆
side - 香月院ゼン
「香月院様」
入ってきた研究員の顔を見て、恐らく良い情報は無いのだろうと分かった。
「どうだった?」
先日に起きた、入学式への魔獣乱入事件。
ここ一年でも似たような事は数回はあったために、防衛部への予算増要望を出すとともに良くある事だと処理されそうになったが、月光騎士のメンバーによって独自に調査を進めさせた。
「未だ特定出来ておりません。しかし魔法の痕跡は見つかっており、解析中です」
「そうか」
今までの襲撃と違い、作為的な物を感じたからだが、どうやら当たりだったようだ。
「何かしら、人による誘導があった可能性は高いな」
「はい。しかし、魔法の痕跡は現時点でも消え続けています。それに痕跡も微かなものです。よほど腕の良い使い手を雇ったのか……明日までには完全消失してしまいます。情報の抽出は難しいでしょう……申し訳御座いません」
「いや、いい。そういう使い手がいる事がわかっただけでも良い。報告書は置いておいて欲しい」
そう言って研究班を自室から下がらせる。
持ってきた報告書を見ると、現場の検証と使用された魔道具の推測が羅列されている。
報告書の他には水晶が幾つかある。起動ワードを投げかければ机の上に、魔獣の侵入経路が投射される。
そして、最後には新入生の一覧。
今日一日で調べたにしては情報量がかなり多い。いつの間にか、人物調査が得意なメンバーが月光騎士に入っているのかもしれなかった。
わかる限りの名前と性別、年齢、備考がずらりと羅列されている。そのリストの中でも、目を惹く名前。
「神楽ルカ……」
他の学生よりやや情報が少ない。シンプルに名前と性別、出身と思われる場所、備考だけが記載されている。
その備考に端的に記載された情報に思わず手が力む。
「……両親が失踪? あの夫妻が、か? そんな馬鹿な」
それは俄に信じがたい情報だった。
あの小さい頃に起きた――魔獣に襲われた事件で垣間見えた、神楽に見せた深い愛情とは相反する情報だ。
報告書の欄にはそれ以上の情報は無い。
この学園に彼女が入ってくるのは想定外だったが……何か事情があるとしか思えない。
それと、もう一人。彼女の隣に居た人物。
「オリヴィア・メルベリ」
記載された情報は他の学生と同程度しかない。
生まれはユピ神国。記述を見てもここヨルム王国に来たのはここ最近で、殆ど学園が始まる直前だ。
ただそれだけを見て、他の生徒を眺めていく。
微かに、このヨルム王国に来て一日二日足らずのうちに何処でオレの名前を知ったのだろう、という事が気になったが、それも他の学生の情報で流れて消えた。
次の投稿は土曜です。