第76話 同居人
side - 神楽ルカ
植物園の奥は、確かに普通には興味を引かないだろうと思える場所だった。
研究者と何度もすれ違う。
彼ら彼女らは、葉を切って細長い魔道具に差し込んだり、手からゆっくりと水を出して葉を変色させ、その後に魔道具を見やり、何かしらの秤を見てメモを取る。そして、葉を取り出すと水洗いをして再度別の葉を入れる。
かと思えば、がさがさと音がする。
上を見れば、何時の間にか天井が高くなっている。置かれている木々は、他よりも飛び出すように伸びている。
そして、その木の上の方で人がロープを使い、幹をじっと眺めているようだった。
確かに目を惹くような可憐なものは何一つ無かったけれど、あの場所はあそこに居る研究者の人達も含めて興味を引いた。
しかし、やはり本邸の方が興味を惹く。
純白な壁には埃一つ見当たらず。敷かれたカーペットは赤を基調とした複雑な飾り付けがされ、自分が踏んで良いのかすら迷う。特に植物園に寄っているのだ。綺麗にされていても土の汚れはついてしまう。
天井は高いけれども明るく、闇一つ無いほど。磨かれたシャンデリアが目に眩しい。
が、けれども、飾りとか、大きさとか、豪華さとか、そういうものよりも、何よりも。
「お口に合えば良いのですが」
「わぁ――」
そういってお抱えの料理人という方が差し出されたのは冷たいお皿に盛られた、芸術品のように作られたアイスに興味を惹かれてしまう。
クッキーが均等な角度で絵を描き、バニラアイスにチョコレートで描かれた模様が美しく、本当に食べて良いのか迷う。
思わず、正面に座っているゼンさんに目を向けると、思った事をそのまま告げる。
「こ、これ食べちゃっていいんですか!?」
笑顔で見つめてくるゼンさんに確認を取ると頷かれたので、ゆっくりとスプーンを差し込む。
「うわ、崩れちゃいます……っ!」
芸術品を壊しているようで気が引けるが、食べなければアイスは溶けてしまう。
そして口に運ぶと、サクサク食感と甘いチョコレートに濃厚なバニラの香りが肺を満たした。
「――!」
思わず美味しくてじたばたと足を動かしてしまうと、ゼンさんが満足そうに笑う。
近くにいた料理人もほっと一息を付いており、客間に安堵の空気が流れていたけれども、神楽にはそれがわかってはいなかった。
「凄く美味しいですっ、これ! 私、あまりこういうのを食べたこと無いんですけど、ほっぺがきゅーってなって!」
「それだけルカが喜んでくれるなら嬉しい。料理人が頑張って貰った甲斐があったというものだ」
ゼンさんが手で合図をすると、料理人が一礼して下がる。
ありがとうございます、と声を伝えるとふっと笑ったようだった。
「オリヴィアさんにも食べて欲しかったなぁ……」
「メルベリか。同室なのだろう、彼女は。普段はどんな感じなのか?」
サクサクとした食感と冷たいアイスがほどよく絡み合った。表面を彩っていたチョコレートは既に何処にも無い。
「休日とかですか? ふふ、オリヴィアさんはあぁ見えても自室ではしっかりと気を抜かれてますよ。そういう時は可愛いとか思っちゃったりもします」
流石に一人称が違ったり、ガサツであったり、未だにコップを買い忘れては神楽から借りたコップを使い続けたりといった事は言わない。
本人が隠したがっているし、それにオリヴィアさんが一層気にしているのがゼンさんなのだ。
知られたくは無いだろうな、と思う。
「自主訓練も凄いんですよ」
「ほう、どんな事をやるのだ?」
「例えば、剣先の上に軽い物を乗っけて、それを上に飛ばしつつも剣を振るうんです。それでいて物は音も無く受け止めるんです」
「それは……凄まじいが、どういう訓練なんだ、それは」
「私も聞いてみたんですけど、なんか、とある物語を参考にしたとかでよく分かってないみたいです」
というよりは、言葉にする方法がわからないという感じな気がする。
剣先の正確性は伸びると思う、他の方法をよく知らないから今も続ける、とも言っていた。
「でも剣はそんな凄いのに、時々フォークでリンゴを刺そうとして四苦八苦したりしてるんですよ、それが面白くて……」
お昼休みでもあるが、学食で一緒にご飯を食べるときにデザートがくると意外と苦戦している様子が見られる。
偶々良い感じに丸いリンゴが出てきたとき、それをフォークで刺そうとして何度も逃げられる様子に思わず笑ってしまったし、その後は誰も見てない? ときょろきょろしてから手づかみでパクっと食べたのは……流石にゼンさんには言えそうに無い。
ふふ、と声が漏れてしまう。
「面白そうだな、見てみたかった」
「いやっその、思い出したら……」
仏頂面して、神楽は何も見なかった、いいね? とかひっそりとした、自室でしか見せない態度や表情を不意打ち見せられるこちらの気持ちにもなってほしい。
「あとは……よくゼンさんのお話はされますね」
「ほう? どういいった内容なんだ?」
「あの……その」
「ん? まさか悪口なのか……?」
「いえ、何時も褒め称える話をし出して、長いんです、語りが」
思わずゼンさんが固まる。
「……長いのか?」
「……それはもう。色々とゼンさんが凄いという事はそれで知りました」
「どんな話か興味はあるが……」
どういう表情なのだろう。
嬉しいのか、苦しいのか、ゼンさんの表情がくるくると変わる。
「うん、美味しい」
さくりとクッキーにフォークを突き刺して、アイスを掬うように食べ、考える。
思うに、オリヴィアさんのアレは崇拝といった感じだけれど、実は恋心もあるのかな? とは神楽は睨んでいる。
自分は恋……という物がよくわかっていないけれど、この光栄宮学園に来てから多く読むようになった恋愛物という――クラリッサが図書室に居たので聞いてみたらオススメされた――物語を読むに、きっと誰かに夢中になるという事なのだろう。
ならば、やっぱりオリヴィアさんはゼンさんに恋をしているのかもしれない!
「……んー」
「ルカ? どうかしたのか?」
でも、そう考えると……。
もし二人が恋仲になったとしたら? きっと、オリヴィアさんは自分から離れてしまうかもしれない?
「……ルカ?」
即座に首を振った。
確かに二人の時間は減ると思う。オリヴィアさんは凄い人という事には変わりが無い。
学園から卒業したらきっと私は追いかけ続ける側になる。
でも、脳裏に描くのはまだ鮮明で鮮やかな、二人で同じベッドに入った記憶。
あそこで感じた温かいぬくもりは嘘じゃ無い。
そう思うとほっとした。
そう思える事にほっとできた。
きっと、あの夜の事が無ければそうは思えなかったから。焦っていた心情も吐露して、それを受け入れて貰えた。
「何でもありません。ちょっと美味しすぎて言葉を失ってしまっただけです!」
今はただ、ぽかぽかと胸が温かい。
デザートはまた一段美味しいと感じた。
オリヴィアさんと一緒に食べたいな、という想いはより一層強まってしまったけれども。
次の更新はまた来週です。
くそう、サクッと物語を進めたい




