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第75話 お邪魔します

 side - 神楽ルカ

 


「朝からびっくりし続けている気がします……」


 そう言いながら、手にした紅茶を飲むものの、周囲の光景に圧倒されていて味がよくわからない。

 

「はは、楽しんでくれているなら嬉しい限りだ。ルカと会いたくなってね、思わず押しかけてしまった。迷惑だったか?」

「そんなことはありません! 誘って頂きありがとうございます」


 ゼンさんはこちらの様子を見てニコニコとしている。

 その様子を見ていると、少しだけ鼓動が早くなってしまう。

 あの日からルカと呼ばれるようになったことも関係しているかもしれない。 

 あの決闘と魔獣襲撃があった日から時間もまだ経っていない、直ぐにでも思い出せてしまう。

 魔獣に投げ飛ばされ、痛みと絶望に染まりかけた時、飛び込んできた様子は鮮やかに思い出せる。

 全てが終わった後、大丈夫だと言われて、安堵のあまり泣いてしまったのは恥ずかしかった。

 そして、それを思い出すとやっぱり鼓動が早くなってしまうのだ。

 

 部屋に寮管理人が呼びに来たときに驚き、それがゼンさんであることに――管理人も驚いていた――驚き、外に出てみればゼンさんが居たことに驚き、馬車の豪華さと快適さに驚き、家の敷地の大きさに驚くなど、ずっとほああという感じが続いていた。流石にこれ以上驚く事は無いのかなと思っていたところにこの植物園だったので更に驚いてしまった。

 天井が高く、透明で陽が柔らかく入ってくる。

 何処からか鳥の声が聞こえる。


「凄い所ですね……」

「ここは来客用に見栄えが良くなるようにしている。奥に行けば、研究寄りの内容になる。奥は緑一色なんだ。あれはアレで楽しいものだが、あまり共感はされないな」


 みずみずしく、真っ赤な花びらを纏った幾つものバラが壁一面に咲いている。

 びっしりと、それでいて飛び抜けて形の崩れた物は無く、均等に整えられていた。

 入り口からくぐってきたアーチにも蔓が伸び、絡みついているが、そこに乱雑さは見当たらない。

 足下のレンガとアンティークなテーブルが浮かないよう、周囲の景色とセットで合わせている。

 息を吸い込むと、優しい香りが胸いっぱいに入ってくる。


「研究用?」

「ああ。香月院家が雇っている研究者の中には植物専門の者もいる」

「お抱えの研究者……!」


 光栄宮学園に居る子達の多くは裕福な子達で、私なんかが一緒に居て良いのだろうかと思う時もあるけれども、ゼンさんの家の規模になると、もはやそういう考えすら出てこない。

 あまりにスケールが違い過ぎてうまく認識が出来ないのだと思う。

 クラス内でも、豪華な本邸や敷地内に研究所、こうした植物園があるような人なんていない。

 お抱えの召し使いが、なんて話を聞いて遠い世界だと思っていたけれど、お抱えの研究者なんて単語は初めて聞いた。


「今日はオリヴィアさんもいないですし、暇する事になるかもと思ってました」

「メルベリがクエストとはな。ふふ、初心者クエストに紛れ込んでいたら、少し笑ってしまうな」

「オリヴィアさんを笑っちゃだめですよ、もう」


 思わずといった笑い方で悪意は無いのだけれど、笑ってしまうとオリヴィアさんが可哀想だ。

 

「すまない、ただ、あの実力を持った人間が初心者に紛れ込んでいると思うとな。許してくれ」


 むっとした表情を少しだけしてしまったけれど、まぁゼンさんの言いたいことはわかる。

 凄腕の剣士なのに初心者と一緒にクエストをしたらきっと浮きそう。


「あ、でも、オリヴィアさんは魔獣が苦手って言ってましたよ? 案外普通に溶け込むと思います」

「そうなのか? オレは苦手そうにしているのは見たことが無いが……」

「ご一緒してたじゃないですか、最初の対魔獣の授業」

「ん? あぁ、あの時はルカばかり見ていたからな、記憶に残っていない」

「……」


 そう言われてしまうとちょっとだけ困惑してしまう。

 けれど、確かにゼンさんは私に付きっきりだったっけ。

 思い出すのは最初の対魔獣の授業。

 あの時、ゴブリンと初めて戦っていたオリヴィアさんは凄くおっかなびっくりしていた。

 腰も引けていたと思うし、ゴブリンの振りかぶった棍棒に反応して後ろに猛烈に飛び跳ねていたと思う。

 今となっては印象凄腕の剣士の印象しか無いけれども、あの様子を思い出すに、オリヴィアさんは魔獣が苦手ではあると思う。

 といっても、ちゃんとその後に対応出来ていた。

 経験が少ないから不安、といった感じなのかもしれない。


「オリヴィアさん、魔獣と戦ったことが無かったですし」

「……生まれがユピ神国だろう、彼女は。ここヨルム王国以外では魔獣と対面したことがない人間が多い。脅威だとも認識していない人も実は多い。シペ帝国はまだ魔獣と戦う事があるが、ヨルム王国ほどのものではない。矢面に立つのは常にヨルム王国だ、古き慣習に従ってな」


 思い出すように紅茶を揺らすゼンさんは、色々な国を回った経験があるようだった。

 私は授業で見聞きした範囲ぐらいでしかこの国を知らないけれど、ヨルム王国の歴史にも詳しいのだろう。王様とも縁があるとも聞いたことがある。オリヴィアさんから。 

 

「そうなんですね。私も田舎に住んでいたので、魔獣とはあまり縁が無かったから一緒かもしれません。両親が居たときに遭遇していたと思うんですけど、記憶にあまり残ってないんです」


身近な恐怖とは思っていなかった。

 魔獣との関わりが急増したのは光栄宮学園のある都市部にきてからだ。

 こんなに日常的に魔獣と関わる事になるなんて、あの時は想像もしていなかった。

 

「……そうか」

「え……?」

「――――いや、何でも無い」


 一瞬だけ、ゼンさんが寂しそうにしたのは何だったのだろう。

 と、ゼンさんが私のカップに目を向けた。

 

「紅茶が無くなったか。代わりを用意しよう」

「いえ、大丈夫です。それより、奥の方を見に行ってもいいですか?」


 席を立つと、植物園の更に奥へと目を向ける。

 鮮やかな花は無く、見たことある植物もあれば、見たことも無い植物もあるように見えた。草木の前委は、種類を知らせるボードが立っている。

 こういう場所には来たことが無いので気になる。

 いったいどういう植物が植えられているのか。

 先ほどまであった優しい香りは消え、むせかえるような草木の匂いがする。

 匂いに釣られて両親が居た頃の記憶が蘇りそうだった。

 

「ん? あぁ、構わないが……最初に言った通り、面白くないかもしれないとだけは言っておこうか」

「いえ、多分大丈夫です。ありがとうございます!」


 ゼンさんも立ってこちらへと向かってくるので、くるりと身を翻すと奥へと視線を再び向けた。


「――――辛い記憶なら残ってない方が良いからな」


 その時零したゼンさんの言葉は、私には聞こえていなかった。

 

次の更新は予定通り次の土曜です。

語彙力が欲しいです。あとスピーディに展開させる能力。

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