第72話 よく知る人
湯船に近づいてみれば、何のことは無い、居たのは友人だった。
目を瞑って気持ちよさそうに浸かっていた彼女が、足音を聞いて一瞬こっちに目を向けて瞑る。
ゆっくり浸かるタイプなのかな、と思ったのもつかの間、カっと目を見開くと、正に凝視と言わんばかりの目つきで見てきた。
「お、お、オリヴィアさん!?」
その声は想定より大きく、そして面白いぐらい大浴場に反響した。
くすりと笑う。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……?」
アタシの声とクラリッサの声が混じり合った。
見知らぬ誰かだったら、大浴場で二人きりは結構緊張するな……と思っていたけれど、蓋を開けてみれば居たのはクラリッサ。
お風呂場で会うのは珍しい。
薄い赤い色がとても映えるポニーテール姿が印象的だが、今はタオルで髪を抑えている。誰も居ないのに礼儀正しい事だ。
長らくお湯に居たのか、顔が赤い。
実は長風呂が好きなんだろうか。
「お隣に座っても良いかしら?」
「ど、どうぞ……」
目が合ったので笑いかけると逸らされた。まぁこんな時もある。神楽の笑みだったらきっと相手も陥落しただろう。同性だって落ちる可愛らしい笑みだから。
ざぶざぶと湯船に入って隣へ進むと、何故かクラリッサがぶるぶると震えだす。脱水症状じゃないだろうな。
「……あの、大丈夫かしら? のぼせてたりしてない?」
「大丈夫です、はい……」
「そう? 本当に?」
問いかけると、クラリッサは顔をパシパシと叩いて、しっかりとこっちを見てきた。
「はい、大丈夫です」
その表情と言葉はさっきと違って倒れそうな雰囲気は無い。顔は赤いがちょっと引いてきたか。
「ならいいけど……」
まぁ大丈夫だろう。
倒れたらアタシが運ばなきゃと思いながら腰を下ろす。
髪は浸からないよう、クラリッサと同じくまきまきしてタオルで止める。
「ふあぁ……」
思わず一息零れる。
隣に居るのはクラリッサだし、これくらい構わないだろう。
街の公衆浴場とは違ってどこもピカピカで、ゆらゆらと揺れる湯船の底に汚れすら見えない。
定期掃除のタイミングで掃除道具や魔道具と思われる硬質な丸い物体を引き連れて――担当者の後ろをごろごろ転がっていく幾つもの物体は魔道具以外の何物でも無いと思う――寮の掃除担当の人が入っていくのを見たことがある。ありがたいことこの上ない。
やっと何時もの場所に帰ってきたという感覚。
汗臭いのは慣れているが、むさ苦しいのは慣れていない。
今日のメンツは全員男性だったが、男女ともに鍛えれば鍛えるほど強くなっていくこの世の中でも、ハンターとなる人の多くは男性なのだろうか。
少し礼儀知らずだが、顔を水で洗って思考を戻すとクラリッサに話し掛けた。
「珍しい時間帯に入ってるわね」
「ちょっと、その……午前中は自主練してまして……」
「良いことだわ。私も見習わなきゃいけないわね」
午前中がっつり使って何時もの訓練かーと考えながら、んーと背を伸ばす。
「……実はオリヴィアさんが朝練してるかと思って学園中走ったのに今会うなんて……」
「何か言ったかしら?」
「学園中走ってましたって言いました」
「体力作りね。私は最近は長く走ってないなぁ……」
長く走ってない分、体力をより消耗するようにトレーニングをしているけれど、偶には授業意外で長く走ってみるのも良いかもしれない。
「今日は朝、いつもの場所にいらっしゃいませんでしたよね? 何処に居たんです?」
そんな何時もの場所言えるような箇所で朝練してたかな……してたな……。
自室でやることも多いけれど、やっぱり神楽が居るため、外でやることは多い。
神楽は楽しいから別に構いやしないそうだが、見られているアタシが気になる。
原作主人公にニコニコされながらトレーニングをするのは何だかむずむずして難しいのだ。ほえーという顔をされるとそりゃもうむずむずが止まらなくなってしまう。
外でやる場合、寮からはハッキリとは見えない場所でしてた。
上層階の住民からは一部見えるかもと思っていたけれど、もしかしてクラリッサは上の階なんだろうか。
ちょっと今度、部屋からの眺めを見せて欲しい。
「朝から街に行っていたの。ほら、前に盗人を掴めたときに出会った琥珀アギトさんにクエストを誘われていたじゃない? この期間中にやろうと思って」
「そうだったんですか……どうりで……。街でトオコと出会ったりはしましたか?」
「特には会わなかったわ。どうして?」
「昨日、マリアンネとトオコ達と遊んだ時に、トオコが明日はクエストで一日遊べないって言ってたんです」
なるほど。
クエスト仲介所では影も形も見当たらなかったが、あのまま居座っていればもしかしたら出会えたのかも知れない。
「でも、私は魔獣を狩る方のクエストだから……」
「あぁ、それは確かにトオコとは違いますね。魔森林はどうでしたか? それとも今日は説明だけでした?」
「いえ、ちょうど他に新人の子もいたし、アギ……琥珀さんも居て、彼らに混ざってクエストを受けて、魔森林まで行ったわ」
「初めて仲介所に行って魔森林に行けたんですか!? 流石オリヴィアさん……!」
「ふふ。別に学園の外も魔森林と接してるじゃない。でも、外は学園の先生や先輩達が引率してくれるわけでもないし、良い経験と勉強をさせてもらっているわ」
実際良い経験だ。
これから先、若い人にとっては長いだろうけれど、実際数年後には卒業としてハンターとして働くのだから。
今日出会ったアランとジェラルは学園に通っているとは思えない。
ということは、ハンターとして多く、そして長く経験をアタシよりも先に積み上げていくのだろう。この休みの期間はまだお互い似たり寄ったりだけれど、きっと数ヶ月後には大きく差が開く。
彼らは魔森林を開拓していくハンターとしての道を既に仕事として歩んでいる。
ならば、アタシはこの学園でしかと知識を身につけていくのが仕事だろう。魔法や薬学に魔獣学、解剖に集団戦闘から単体戦闘まで。そしてちょろっと入る歴史まで、きっちりと学んでいかないと。
……とまぁ、アタシの性格的に真面目にやり続けることは出来ないんだろうけれど。
「そうなんですね」
そこからは会話も少なく、お互い湯船に身を任せた。
が、元々先に入っていただろうクラリッサがこちらに会釈して上がろうとした――――クラリッサは胸は平均並だけれど、体がちょっと痩せぎみであるとわかった――――とき、ふと何かに気づいたように声を掛けてきた。
「――――そういえば、街で出ているとある噂を知っていますか?」
次の更新は引き続き土曜です。
温泉入るときって髪どうしてるんですかね……?
それはそうと、物語のしばらくの方向性を決める話題を出す時は緊張します。




