第07話 神楽とふたり
ある程度、部屋の片付けが済んだところで時間はそろそろお昼前だ。
手元の、入学前に貰った紙を眺める。
本来のレジュメ通りなら今頃クラスの他のメンバと顔合わせを済ませて、ようやく最後の寮への案内となる所だが、既に予定は崩壊している。
学校への用事はこの寮への到着が最後だ。放送でもあったが、学校はもう今日は終わり、という事になる。
ちらりと神楽を見る。
先ほどまでは熱心に荷物の整理をやっていた――なおアタシは荷物が少なすぎるようで、持ってきた荷物を見せると奇異な目で見られた――が、今は中央の一人用ソファに座り、飲み物を飲んでいる。
部屋の中にはうっすらと良い匂いが漂っていて、緩やかに気が抜けていくのを実感した。
思ったよりも、今日一連の流れで緊張していたようだった。
「何を飲んでるの?」
「紅茶です。種類は……」
紅茶のパッケージをしげしげと眺める神楽。
その姿は年相応で、原作主人公という格の高さを忘れさせる。
話を続けながらも、この後の予定を考える。
あまり持ち物を持たずにこの国へ来たため、私服のレパートリーが壊滅的だった。
「……うーん、すいません、よくわからないです。学園に来る途中のお店で見つけたんです」
その返答に脱力してしまう。ただまぁ、前世のように何もかもが商品に記載されているわけではない。ちらりと見れば、ただ単に名前が書いてあるだけの袋が見えた。
「良い香りだね」
「ありがとうございます。私も知らない味なんですが、思ったより好みでした。メルベリさんは何か好きな紅茶はありますか?」
知らない紅茶を買うとは……意外とチャレンジャーなところがあるのかも知れない。
これは原作のゲームには無い振る舞いだ……と考えたところで、キャラとの会話にある選択肢で、時折あるアクロバティックな選択肢は、まさか本気で神楽が考える回答だったのではという疑念が脳裏を過る。
「アタシはあまり飲まないから、紅茶の種類はわからないんだ。何時も、水かお茶だったから」
ゲーム世界であるだけあって、少なくない数の"同じ物"がこの世界に存在しているのはありがたい事だ。
でも流石に味は再現してもらってないらしい。お茶といいつつ、その味は……お茶と呼ぶには記憶に無い味である。
「それは意外です。メルベリさん、きっとティーカップを片手に紅茶を飲んでるのに慣れてるように見えましたから」
まるで自分がお嬢様のようではないか。
苦笑しながら、手を振って否定を示す。
「無いって。そんな優雅な生活送ってなかったんだから。むしろ、神楽は紅茶を嗜んでたりしたわけ?」
「いえ、私もそんなに……。村長さんの家に行った時とか、来客が会ったときに振る舞っていたぐらいです。私もメルベリさんと同じで普段はお茶です」
「そうなんだ」
「その、両親が居た頃は少し飲んでました――あ、別に亡くなっているわけじゃないですよ!?」
両親が、の当たりで一瞬だけ途切れた。そこに感じた不穏な空気を取り消すように慌てて神楽が否定する。
「……実は、以前は一人で住んでいたんです。ある日、目が覚めたら両親が居なくて――」
やや暗く、傷ついた表情になっていく神楽に、慌て話を遮る。
「ちょい待ち。そういう話は、今みたいに流れで教えなきゃ、みたいな時に言わなくていいから。神楽がちゃんと落ち着いた時に、また話して良いなら話してよ」
「……ありがとうございます。優しいんですね、メルベリさん」
「まぁ、そうかも」
「ふふ」
巫山戯て言えば、今度は笑ってくれた。
でも、事情を知っている身からすると優しいの評価はちょっと辛い。
ゲームの設定ではこうだ。
神楽は、元々両親と暮らしていたが、ある時を境に両親が置き手紙を残して失踪している。
数年間一人の状態で生活を続けていた。そんなある日、消えた両親から手紙と、光栄宮学園の入学手続きが済んだ書類一式が届く。
手紙には謝罪の言葉と共に、学園へと入りなさいとの言葉が――という設定である。
また改めて、本人から聞くこともあるだろうと、思考をそこで打ち切る。
「メルベリさんって普段はそういう言葉使いなんですね」
「ん? んー、そうだね。朝のあれはよそ向き、かな」
「よそ向き、ですか?」
「そーよー。ちゃんとした女子生徒のように振る舞おうと思って……。相部屋になる子だったら、別に隠す必要も無いって思ってたんだけど、まさか相部屋が神楽とはねぇ……」
何となく恥ずかしくて頬を掻く。
神楽相手には隠し続けようかと思っていたが……相部屋となってしまってはしょうが無い。
息苦しい話し方を部屋まで持ち込んで、卒業までそんな状態なんてのは御免被る。
「とはいえ……」
いったん、改めて神楽を見る。
「急に呼び捨てにしちゃってごめんなさいね。まだ出会って一日も経っていないのに、」
「いえ、いえいえいえいえ!」
頭をぶんぶんと振る神楽。手に持っている紅茶は零れないんだろうか。
「全然大丈夫です! さっきまでの話し方も、私は格好よくて良いと思います! それに、オリヴィアさんって……その、貴族とか……」
「ふふ、ただの一般市民よ」
「そう、ですか」
そういうと、目に見えてほっとする。
そんなに貴族っぽく見えたんだろうか。この国の貴族だったら、もっと態度に出たりするのでは。
ファクトメンバー……ってあれはダメ過ぎる……。
「じゃあお言葉に甘えて――だから、別にアタシに対して変に気を遣わなくたっていいよ」
「……あの、それじゃあオリヴィアさんってお呼びしてもいいですか?」
「別に構わないよ」
メインヒロインから名前呼び……。物語の開始一日目から、自分の想像していた予定と激しく乖離しているのを感じる。
「私も気軽にルカってお呼びください」
「神楽」
「もう!」
口調は怒っているようだったが、ティーカップを両手に持ちながら起用に笑っている。
「メルベリさん、いえ、オリヴィアさんもこの紅茶を飲んでみますか? 意外と面白い味がしますよ」
「いいの? ありがとう」
笑顔で返事をし、机に寄りかかっていた身を起こす。
そうえば話をしていて思考が脱線してしまっていた。
今日の予定としては服を買いに行かないと。
中央のローテーブルに向かう前に、鞄を漁る。
ティーカップじゃなくてもコップでも何か無いかと鞄を探し……。
「あ」
「どうかしましたか?」
「ごめん、コップが無かった」
私服と、日常生活に必要な物を買う必要があった。
次は水曜日……なんですが、そろそろ週一にしようかなぁとも思いつつ。
いったん投稿したものを再見直しして、気になった箇所の修正もやりたいので。
フルリモートワークじゃなくなりそうというのもまぁありますが。