第06話 寮分け
そこそこ歩いて学園を出て振り返れば、奇妙に現代的とも言える巨大な学園の構造物の数々。ファンタジーと言えばそうなのだが、時折外国に居るだけなのではないだろうと思う瞬間が無い事も無い。
この世界には科学が無いわけでは無い。規模は前世と比べるまでも無く低く、国によって力を入れている度合いは違うがあるにはあるのだ。建築に関する技術も同様だ。しかし、魔法の方に比重が置かれた世界における建物の発展系というのは面白いなと思う。
結局の所、建築物を大きくするために強度が必要な場所には、魔道具的を組み込んだ特殊構造になるアプローチを取っているという説明が簡単にあった。強度を保つための方法がファンタジー的な物かそれ以外かであって、得られる結論は世界が変わっても同じようなものなのかもしれない。
学園という名はあるが、半分以上は研究機関だ。
学生が勉強する――といってもメインは戦闘能力向上なのだけれど――学び舎と地続きに研究棟も存在している。
研究室勤めになる学生がいれば、ここでの生活はかなり長くなるのだろう。
学生寮とは異なる場所に社宅も存在する。
正面玄関が違うため、基本的に研究所勤めの人を目にする事は無さそうだけれど。
学園の外に出てみれば、石畳で舗装されたまっすぐな道があり、交通量が多いが合間合間、遠くに街が見える。
周囲にあるのはただの森で、そしてぽつりぽつりとある学園の見た目とは反するような純粋ファンタジーな装いのお店が点在するだけで、人の多さに反してやや寂しい物がある。
学生達が入っていくのが見える。お店は食堂で、どうやらテイクアウトもやっているらしい。
まだここら辺は、森の茂みの先に背の高い壁――梯子をかければ登れる程度だが――で覆われては居るらしいけれども、学園の一部が魔森林と接している以上、ここも結構な危険地帯であることは変わりない。お店があると大変助かるけれど……商魂たくましいというか……。
ちらほらと見える学生達は、このまま帰る組と寮組でくっきりと分かれていて、脇道へとそれていくのが我々寮組だ。
幾つも馬のような動物が引く車――もういっそ馬車と呼ぶが――が走り、何台も何台も動き続けている。
流れにそって歩き続けること数分。
正面玄関を出て道をちょいと曲がって歩けば割合直ぐだった。
この利便性は大変嬉しいけど、近すぎて寝坊とか逆にしそう。
それよりも下手なマンションより綺麗だなぁというのがシンプルな感想だ。
ここ、ヨルム王国内の建物は現代寄りと純粋ファンタジー寄りの建物が乱れ建つ。
光栄宮学園の建物は、純粋ファンタジー感を取り除いた、つまりは現代風だ。
見上げる程の高さで似たような複数棟に別れている様は、まさに団地と呼ぶのがふさわしい。男女別で寮は存在していて、赤っぽいのが女性、青っぽいのが男性寮らしい。
この寮、ゲームでの描写はアイコンと室内の描写だけに留まる。
移動先アイコンでちんまり赤青でデフォルメされた描写でわかる程度だけだったので、思わずおお……と感動してしまう。
寮に入らず、しげしげと眺めているその姿を他の学年とおぼしき学生達に微笑ましく見られている事に気づいて、慌てて寮へと駆け込んだのは心にそっととどめておきたい。他に同じくおおーと見ている新入生を見て少しだけ笑っていた。もしかしたら、彼ら・彼女らも当初は同じだったのかもしれない。
両開きの扉をゆっくりと開く。
寮内のエントランスは大きい。しかし、学園と比べると大分質素だ。
全体告知用のコルクボードがある点は同じだが、あとは階段と各棟への廊下しかない。それでも学園同様、意匠の凝ったデザインや壁画もある。なんで壁画やねん。
巧みの技か、初見であってもどことなく落ち着く雰囲気のするエントランス。
コルクボードに近づく。
そこには名前では無く数字――学生番号で記載されている。
基本的に相部屋になるが、相部屋である分、部屋は広く取られていて、狭苦しさは少ないと思う。
神楽は寮希望者が奇数だったからという理由により、一人で住む事になる。
広々と使えて良いなと思う反面、それはそれで寂しそうだなとも思う。
ついでに近場のお店情報がコルクボードに貼り付けにされている。字の荒さから学生の誰かが書いた物なのだろう。訂正線が引かれてたり、何処が旨い店だの安い店だのが書かれていて、急にこの寮に対して親近感を抱き始めた。
自分の部屋を確認すると、三階らしい……毎朝階段で上り下りするのか。
背後から新しい学生が来たのを見て――神楽ではなかった――、これから長い付き合いとなる自室へと歩き始める。
とりあえず、階段を上り、少ない荷物を持って部屋へ。
室内に入ると、相部屋だけあってやはり広い。
ベッド、一つだけある姿見、衝立、個人机に、中央に共用する想定の――談話目的のような――大きい背の低い机と小さいソファのような椅子。床にはカーペットが敷いてあり――そしてこの世界では室内で靴を脱ぐ文化は無い――タンスがある。それぞれ、姿見と中央の机を除いて左右対称に存在している。
机の上に二つある鍵のうち、片方だけを受け取る。この部屋の鍵だ。
個人の勉強机はそこまで大きく無い。個人机に荷物を置いて、中央の椅子に座った。
思ったより座り心地が良い。思わずふぅと大きくため息が出る。
そして、しげしげと部屋を見渡す。
細かく見ると、何故か置いてある物に若干の差異があるのだけれど……もしかして前に住んでいた寮生の物なんだろうか。
物は全体的に使用感があり、年期がある感じがするが……。
「……流石の調度品、って感じね。アタシが住んでたとこよりよっぽどいいわね、この部屋」
長く使える良い物なのだろう。
この分ならベッドも心配する必要は無さそうだ。
やっと始まる、『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』の時間軸。
原作主人公である神楽ルカとの初日からの濃厚接触は想定外だったけれども、ここから数多くの名シーンやルートが見られると思うとわくわくする。
神楽ルカを初めとして、ショタっ子のフィオレンティーノ・ジャイルズ、嫌なヤツキャラのガスト・レナード、今日は見る事は無かったけれど塔仁義ゴウ、そして麗しき香月院ゼン様。
そんな彼女と彼らの恋の駆け引きと巻き起こる騒動が好きだった。
でも、そこに自分が入ることなど勘弁願う。
何が悲しくてモブキャラが劇場に上がらなければいけないのか。シナリオだって変なルートに入ったら不味いというのに。
「頑張って傍観者を目指すのよ、アタシ」
そう志を新たにしていると、部屋に響くノックの音。
アタシは部屋をノックせずに入ってしまったなと今この瞬間に気づいた。
「相部屋の方かしら、どうぞ」
直ぐには入ってこない。
ノックの音は結構ハッキリと聞こえたので、聞き間違いじゃないはず……。ゆ、幽霊とか、いないよね……? 隣の部屋の人とか? うわ、それだったら恥ずかしい……。
一瞬怯みそうになるのをぐっと我慢して、平気な感じで再度声を掛ける。
「? どうしたの? 入って構わないわよ?」
ガチャリとノブが回り、扉が開き――――現れたのは、原作主人公でありヒロイン、神楽ルカ。
こちらをぱちくりと見ている。
「神楽さん? さっき会ったわね。どうかしたの?」
まさか、クラスメイトになった嬉しさで会いに来たのだろうか? 上から順に見ていけばアタシの名前もあるから、その可能性はある……のか?
不思議そうに眺めると、構いたくなるような愛らしさで「えへへ」と謎にはにかむ神楽の姿。
「……えへへ、じゃなくてどうしたの? 貴女ね、私の部屋より自分の部屋を先に見に行きなさいな」
まぁ、まだもう一人の相部屋の主は来ていないから、この部屋に来るのは構わないとは思うけれど。
こっちの思惑は何一つ知らないまま、そろりそろりと荷物を抱えて入ってくる。思ったより荷物が多い。入学式中は学園指定の場所に預けてたのだろう。
どちらかというと、アタシの荷物が少なすぎるだけだ。
キョロキョロと、室内を見合わす姿がついさっきまでの自分と被る。
「ここ、メルベリさんのお部屋ですか?」
「そうよ? といっても相部屋だし、もう一人は、まだ来ていないみたいだけど。部屋なんて何処も一緒のはずよ。貴女もそんな大きな荷物を抱えてないで、自分の部屋に……荷物を……?」
背筋を駆け上がる、嫌な予感。
そもそもだ、どうやってアタシがここに居ると分かったのだろうか。
寮の割り振りは、基本的に数字のはず。
アタシの学生番号を覚えていた? まさか! 見せてすらいない!
「なのに、荷物を、抱えて、この部屋に……?」
たらりと、背中に冷や汗が伝う感じ。
目の前のヒロインは、何故かもじもじを崩そうとしない。まるで、隠しきれない嬉しさが身のうちからあふれ出ようとしているのを抑えているように。
「実は……ですね……」
まさか。そんなバカな。メインヒロインである神楽は、なんだかんだいって相部屋を一人で使う事になるのだ。
なぜなら、寮希望者の女子合計は奇数人数で、偶々そうなってしまうから……で……。
「……まさか」
女子の希望者は、奇数だった。
けれども、アタシが寮希望として入ったことで……? 偶数になった……?
いや、だとしても、だとしてもどうしてこうなる……!? メインヒロインと相部屋になる確率は!?
「そのぉ……」
「嫌よ! アタシは聞きたくないわ!」
頭を抱える。
何という原作崩壊! 自ら引き起こすとは! アタシの馬鹿! 考え無し! でもこれはどうにもならんと思うの!
目の前にいる神楽は大きく息を吸って、見たくない現実を告げる。
「あの! 田舎から来た不束者ですが、よろしくお願いしますね! メルベリさん!」
神楽はこちらの様子などつゆ知らず、はにかみ笑顔からまばゆい笑顔になって、力強く宣言するのだった。
次は土曜日です。