第59話 後日談
決闘騒ぎ、そして魔獣襲撃から次の日、学園は全体的にしばらく休みとなった。休校である。
目安は2週間程度らしい。結構な長期休暇だ。
二人して保健室から寮に戻って、今まであまり喋らなかった反動とばかりに骨折やら傷やらを魔法で治癒されて復活した神楽の喋りが止まらず、しかし神楽が眠気に耐えきれず――悔しそうな表情をしていて笑ってしまった――就寝。
目覚め、神楽と共に食堂棟で朝ご飯を食べていると、魔道具を利用したスピーカーがその旨を告げていた。
寮生活者はいいが、登校してくる学生達は来てからその事実を知ることになるらしいから、ご愁傷様である。
「トオコとか、愚痴言いそう」
とは、偶々居たクラリッサの言である。
「2週間か。ちょっと寮で過ごすには長いよね、ルカ」
「そうですね。流石に学園周辺でこの期間を過ごすのはちょっと……」
食事を勧めながら二人の会話を眺める。
方や銀髪のような白いロングヘアーの神楽、方や薄い赤色でポニーテールな女の子のクラリッサで、どちらも美少女ではある。見ているととてもほんわかする。
手に持ったスプーンでコーンスープを飲む。美味しい。
「図書館は開いてるっぽいから、そこに行けば何とか暇は潰せそう」
「……なんか、寮生で混みそうです」
「あー確かにね……」
アタシはどうするか……と考えて、街にアルバイトでもしに行くのが良いかもしれない。
以前、クエストが受けられるよう便宜を図って貰ったのだ、今こそ活用すべきだった。
朝ご飯を寮で食べ終わって神楽と共に席を立つ。
他の寮生は学校が無いとわかったからか、各々食堂に居座って楽しそうに、あるいは不安そうに話している。
クラリッサは、この後どうせ暇になるならと、やってくるトオコ達と共に朝から街の方へと遊びに行くらしい。
街に両親が住んでいる家があるそうなので、外泊届を出してしばらく移動するかもとも言っていた。毎日自宅から通うにはここは遠いらしい。故郷であるウィシュト共和国には帰るの? と聞けば、悩んだ表情で唸っていた。
2週間という長期期間になった理由は、どうやら学園と接している魔森林を防衛部で総力を挙げ、いったんしらみつぶしに見回るらしい。
放送にはその旨が含まれていた。
森を狩らないのは、魔獣が出てくる環境そのものは歓迎だからなのだろう。物騒な学園だと思う。ついでに言うなら、外出禁止せずに武器を持って外出しましょうという辺り、本当に物騒だなと思う。
模擬戦場もメンテナンスなども行うらしい。模擬戦場の魔道具が効力を失ったと神楽から昨夜聞いたときはとても驚いた。
校舎全体のメンテナンスや魔獣で汚れた清掃作業も盛大にやるのだろう。
今回の発生場所的に寮周辺は汚れていないが、模擬戦場前とか、職員棟がある場所はそれはもう悲惨だ。
それに、その状態でも月影キンコが襲い掛かってきたという話には流石に眉をひそめる。
肩の傷は月影キンコにやられた際の傷だったようだ。
動揺して体を上手く動かす事が出来ず、相当な苦戦を強いられたようだが……。
「それで、魔法が発動出来たんだ」
「はい。何となくですが……その後、非常に体が重くなって意識を失って……」
「魔力切れを起こすと疲れるんだっけ?」
魔法学の授業で聞いた。魔力量だっけか。
MP的な物……があれば疲弊はしないけれど、無くなると体力を食うという感じの旨と枯渇状態で魔法を使いすぎると死ぬ的な話を。
「はい。あれはとても辛いんですね……ちょっと繰り返したくないぐらいの辛さでした」
「そうなんだ。アタシは絶対に魔力量低そうだし、それ聞くとびびっちゃうなー。しかし、魔法か……凄いな。アタシなんてその片鱗が欠片も見当たらない」
持っている木刀を脇に挟むと、むん、と手と手を合わせて力を入れてみる。何も起きない。神楽が苦笑する。
「あはは……まだ魔法を使おうと思っても、形にはならないですけどね」
本来だったら、魔法の発動はまだ先のはずだ。
生死が掛かった状況では開花しやすいとは言うが。
少なくとも一ヶ月ちょっとで魔法が開花したことになる。
普通の学生は早いと半年ぐらい、遅くとも一年程度で開花と聞けば神楽が常道の道から外れている才能の持ち主だという事がわかる。
やはりそこら辺は主人公と言われるだけの人物だ。
もっとも、神楽は自分が何を成したのかちっとも分かって無さそうだったが。
と、歩いていたのを止める。
場所は学園の中庭だ。遠くにランニングしている学生集団が見えるけど、多分太陽守護のメンバーかな。
「さて、ここら辺でいいかな」
「はい。そうですね」
二人して持っていた木刀――ダメ元で職員室にいたメリオトロイ先生に聞いたら貸してくれた――を置くと、適当に準備運動をしたのち、構えた。
「これが、決闘前に言っていたお願い?」
「はい。――――私と、全力で戦って貰えますか?」
何かを決意したような表情だ。
そうなのだ。
昨日の今日ぐらい、ゆっくりすれば良いとは思うのだけれど、神楽がどうしてもと珍しく我が儘みたいな事を言ってきたのだ。
アタシとしては別に問題は無い。
模擬戦場ではないが、アタシと神楽の実力差なら、この模擬戦は殆ど安全と言っていい。
神楽も、それぐらいの実力差がある事を承知の上でこうして勝負を依頼してきている節が見える。
「いいわ。――――来なさい」
「はい。胸をお借りします」
真剣な表情の神楽。
こちらか先手を取って畳みかける、というのは神楽の欲しい全力とは違うだろうと待ちの姿勢を見せる。
これが、神楽との初の模擬戦になる。
思えば一度として剣を向けたことが無い。
決闘の件があって、模擬戦の授業でもお互いやらないようにしていたレベルで抑えていたからだ。
視線を鋭くし、場を飲み込むような威圧感を意図的に醸し出す。
木刀を向けてみて、おや、と思うぐらいに纏っている雰囲気が違う。
少なくとも、アタシの知ってる昨日の神楽はまだ安全な戦いをしているという感覚を感じ取れていたのだけれど、今は違う。じりじりと間合いを詰めてくる神楽からは、ひりつくような戦意が読み取れる。こちらが出す威圧感に負けていない。
全身を拙くとも確認してくるような気配の線が見えている。
安全圏があるという認識が一つも無い。
まるで実戦をしているかのような気配。
まぁ、月影キンコと死闘を演じたのであればこうも変わるかと納得する。
この世界に転生してから、過酷な目に遭っていた小さい頃のアタシを思い出して何となく懐かしむ。
それと同時、ふっと意識をずらしてみた。
今まで神楽に向けていた意識を、何処か外へ。
その瞬間だった。
「たぁ!」
良い反応。一段、二段以上の成長をそれだけで感じ取れる。
軽い影声とは裏腹に、鋭い一刀。まず手を斬るつもりか。
こちらの木刀を抑えるような動きと共に鋭く跳ね上げられた
ただ、釣られすぎている。まだまだ経験が足りていない。
意識的に外したのかそうじゃないのかはこれからわかっていってもらおう。
全力で、と言うからには出し惜しみはしない。
神楽が叩き抑えたというアタシの木刀は、神楽からしてみれば嘘のような速度で舞う。
先手を取られてもなお先を取れるほどの実力差がある。ステータス差と言ってもいい。
土煙さえ舞うほどの一足で踏み込む。
この瞬間、神楽にアタシの動きを認識出来たかは怪しい。視界から消え去ったように見えたと思う。あるいはブレたか。
木刀を振り下ろそうとする神楽の体を受け止めるように、そっと、ぴったりと胴に木刀を押し当てた。
「ここまで」
呟くと、びくりと震えて神楽が固まる。
神楽の木刀は勢いを失って失速した。
呼吸が止まったような気配。
少し待って、深く吐かれる息と共に、この場を覆っていた緊張が消えていった。
「……ありがとうございます。何も出来ませんでした」
「これがアタシの全力かな。アタシが意識を外した瞬間に踏み込んでこれたのは良いね。昨日の今日で見違えるようだったよ」
「これが今の、私とオリヴィアさんの差なんですね」
「うん」
木刀を眺め、手をぐっと握りしめたり開いたりしている様子は、何を考えているのだろうか。
「あの、私が強くなくても……オリヴィアさんに並び立てるような特別な事が何も無くとも、友達でいてくれますか?」
「何を言うかと思えば……」
緊張した面持ち。
思わず呆れてしまう。木刀を肩に回して軽く叩く。
「何を心配してんだか。アタシは、何時だって神楽の友達だよ。むしろ、神楽が離れていくか心配してるくらいだよ」
「……私から離れるなんて! そんな事はないです!」
「おぉう」
ぐっと迫り、興奮した様子の神楽に食い気味で言われる。
というても、本当に特別なのは神楽なのだ。
アタシが神楽から切り離しされかねない。
この先、各国で狙われるほどの、魔法の才能はおまけに等しいほど強力な遺伝魔法は伊達では無い。
今はまだ眠っているが、その片鱗はこの先見えてくるだろう。
そう思うと、ちょっと寂しい気持ちがざわざわと胸の中を這い回った。
それをごまかすように告げた。
「模擬戦がお願い、というのも味気ないし、他にお願いあればかなえてあげる」
「本当ですか!? あとですね……その、もういっこありまして……」
もじもじと顔を赤らめる様子を見ると、やっぱり可愛いなーと思う。
アタシとは全然違う。
世の男子学生の目を惹き、女子学生からヘイトを貰ってしまうのも致し方ない。
流石の主人公である。
ほっこりとした気持ちで言う。
「うんうん、お姉さんに言ってみなさい」
「そのですね! ……今夜、一緒のベッドで寝てもいいですか!?」
なんだ、その程度か。
「うんうん。いいよー。……うん?」
ううん?
side - フィオレンティーノ・ジャイルズ
太陽守護が占有している部屋で、外を眺めるとメンバーが自主練しているのが見えた。先頭と末尾上級生がいて、中間に新人が挟まっている。
殆どが新人で、昨日の魔獣襲撃時に動けなかったメンバーが集まっているらしい。
不甲斐ないと感じていたらしかった。
フィオとしてはこの時期にそう感じて訓練に精を出してくれるのなら、昨日の襲撃もまぁ良いことだったなと思わなくも無い。
人的被害も――学園以外は――無かったのだから、そう思う。
もっとも被害が大きかった学生は腕が粉砕され、ひしゃげていたらしいが。太陽守護のメンバーだ。サイクロプスと戦っていた際、注意を引きつけるよう動いていたがミスったらしい。
途中から駆けつけ、控えていた保険医に速やかに引き渡され、治療された。今は保健室奥で入院している。
現時点で腕の修復は完了、今日はひたすら点滴で安静らしい。
「フィオさん、以前言っていた入学式以前の魔獣被害の事、調べてまとめましたよ」
「ありがとー。どうだった?」
手に持った資料を見る。幾つかグラフが描かれており、急上昇しているのが一見して見て取れた。
「当たり、ですかね。……防衛部とも認識をすり合わせてきましたが、入学式から魔獣の出現頻度が跳ね上がってますよ」
「やっぱりね。これって自然現象だと思う?」
「……暗に、人為的な要因がある、と思われてますか?」
直ぐには答えずに椅子に座るとくるくるとまわる。
室内には自身を含めて2名だけだ。
「何者かが学園に対してケンカを売っている、と思う」
戦力でも測っているのか。
一度に出さず、細切れにして魔獣が出ているのは何なのか。
ぺらりと用紙を見ると、またしても奇妙な図が出てきた。学園周辺を上からみたような簡略図。大雑把に位置がわかる程度のものだ。
そこに、丸印が並んでいるが……。
「魔獣の出現位置、不規則すぎるね」
「……私は人為的なのかな、って思いましたよ、この分布図を作ってみて」
規則性があるはずの出現位置に規則性が見当たらない。
「はてさて……一体何が起きてるんだろうね。学生がさらわれかけたし、アレも何なんだろうね」
「5名がさらわれ、全員救出されていますね」
「5名とも、規則性が無いんだっけ?」
「今のところはそうですね」
そこは自然現象、と思うにはやはり不可解過ぎる。
全体を通して、まだ人為的な可能性が高い、という情報が集まってないのが腹立たしい。
ふと、月光騎士側もこの件を調べていたはずだが、あちらはあちらで秘密主義、外に情報を漏らしてはくれないだろうとかぶりを振る。
「ところで、僕はこの連休でちょっと本国に戻るから、その間はリーダー陣達に指示よろしく。今日この後旅立たないといけなくてね。向こうで滞在はしないから、一週間ぐらいで戻ってくるかも」
滞在は絶対にしない。今回だって出来れば断りたかった。家に待っている子がいるのだ。
「ユピ神国ですか? 何かご用でも?」
肩を竦める。
自ら用があっていくわけではない。
「うちの派閥からなんか呼び出し。使者さんが言うには詳しくは向こうで、だってさ」
side - 香月院ゼン
昨日の段階でしばらく休校となる旨は聞いていたため、自宅に居た。
「香月院様」
「ご苦労だった」
やってきた老執事から紙束を貰い、資料を捲っていく。
月光騎士のメンバーと家臣達で調査した魔獣襲撃事件の資料だった。
「やはりか」
「はい。入学式の際と同じく、魔法の痕跡からはヨルム王国の魔法――――」
「――――と見せかけた、ユピ神国の魔法の痕跡があったか」
「はい。入学式の時の痕跡は急速に劣化し、解析に難がありましたが、今回はある程度残った状態で発見出来ました。用途不明な魔道具の破壊痕と共に。今回関わっている術者の規模は、入学式から続く魔獣襲撃における過去最大でしょう。現地に残された足跡も一部消し切れておりません」
「……」
資料を捲る。
入学式と昨日、そしてこれまでに起きた魔獣の大量出没。そのどれもがうっすらと関連がある。
今回入手出来た魔道具に関しては完全に機能が消失しているとの見解が記載されている。昨日の今日のため、まだ確定ではない。
ユピ神国で作られたと考えるのが妥当だが、ユピ神国から流れてくる魔道具を解析して得られている技術のどれとも一致しない。他の国、ウィシュト共和国やシペ帝国ともだ。
資料には大きな破片に絞ってバラバラに描かれている。
想定図を現在作成中とのことらしいが、ゼンは破片から魔道具の大まかな見た目については見当をつけた。
想像の中にある魔道具は一抱えもある。構成要素から見るに、人が運ぶにはいささか重すぎる。
運び屋がいたか、何にかに運ばせたか。
「予定違いが起こり、引き上げ時に運び出す事が叶わなかったか」
昨夜の魔獣襲撃事件では何かしらの役割を持ったものだとは考えられる。今までの類似と思われる事件では同様の魔道具は発見されていない。
魔道具は見た目だけで機能を判断する事は出来ない。
また、各国で作られた物ならともかく、魔森林に点在する遺跡から発掘された物なら手に負えないが……。
一部構成要素は解析出来ているらしい。見れば、自身が持っている知識と照らし合わせる事が出来た。少なくとも、現代の物で作られたことは確かそうだ。
「それにしても、かなり高価な素材を使用しているな」
「今回の襲撃時、痕跡を消しきれなかったのも、最後までこの魔道具を運ぼうとしていたと考えられます」
「素材の流通ルートは?」
「調べるよう動いております」
手抜かりは無さそうだった。
「今後の、学園長との対談は実りがありそうでしょうか」
魔獣襲撃が事件である可能性が非常に高い旨はとうに学園の上層部に警告している。
本来ならもっと大々的に動くべきと思うが……。
「あれば良いが……どうにも消極的な姿勢が見えるのが気がかりだ。あの学園長らしくも無い。何か腹に一物を抱えていると見える」
学園長の件もあるが、と区切った上で話した。
「人攫いが発生したのも気がかりだ」
「これまではそのような様子は見受けられませんでしたからね」
今までの魔獣襲撃が人為的である以上、人攫いが発生したのもまた、魔獣を嗾けた者達の意図が含まれているはずだ。
「魔獣を誘導するなど、我が国でも未だ研究段階のはずだ」
魔森林を開拓していく上でもっとも大きい障害が魔獣なのだ。
魔獣をコントロール出来る方法を研究するのは当たり前だった。
知っている限り、この分野における最先端技術は魔獣の危機にさらされているヨルム王国がトップだが、それでも魔獣の誘導などは実現出来ていない。
何かしらのブレイクスルーが他国で起きている可能性がある。それも、もしかしたらユピ神国に。考えるだけで眉間に皺が寄る。ユピ神の名の下に秘匿管理されてはたまった物では無い。
「魔獣が人を攫った件ですが、神楽様を狙って行われたものでしょうか」
「室内に居た学生が攫われた例は神楽以外には居ない。だが、神楽は一学生だ。特別狙われる理由が……無い……?」
ふと、脳裏を過るのは神楽の両親の事だった。
小さい頃に数回だけ会った事がある夫妻は、二人揃って魔法に関する研究者であった記憶がある。それもヨルム王国が抱えるトップクラスの研究所だ。この学園も相当なトップクラスな研究所ではるが、あそこにはまだ及ばない。あの片田舎で出会うには些か肩書きが豪勢過ぎる。
その二人が同時に失踪している、という情報は入学式時の調査で知った。
あの夫妻がルカを溺愛していた記憶がある以上、失踪するにしてもルカを置いていく理由が分からない。
神楽の両親に関しては調査の依頼を引き続きしている。
「何かがあるのか……? 神楽の両親が関係している?」
ピクリと、執事の整った眉が揺れる。
「その件で御座いますが……」
「どうした? 何かあの夫妻に関する調査に進展があったのか」
「はい。実は――――」
それは奇妙な話だった。
思わず眉を顰める。
「神楽夫妻は、あの村以外ではルカの存在を公にしていなかった……?」
そこまで厳密な人口管理は行っていない。
だが、それにしても、資料から読み取れる研究所周辺の人間達がルカの存在を知らされていないというのはあまりに奇妙だった。
「ご両親か、ルカか……どちらに秘密があるのか……」
敵はユピ神国であるのは確度が高い。
考えすぎだと良いと思う。
ユピ神国繋がりで、二人の名前がぱっと出てくる。
まず一人はフィオレンティーノ・ジャイルズ。太陽守護が元々ユピ神国のメンバーによって作られた組織だ。警戒しておくに超したことは無い。
そして、オリヴィア・メルベリ。
学園が始まる直前にこの国に来た。腕間は尋常では無い。ゼンにしても、剣だけで真っ当に打ち合いを行えば後れを取る可能性すらあった。それに、当初から自身の名を知っているのも、ヨルム王国に来た時期を思えば奇妙と言えば奇妙だった。
だが、彼女は。
「ルカが、懐いているからな」
資料を机に放ると、軽くため息を吐いた。
side - オリヴィア・メルベリ
夜中になった。
「あの、それじゃ失礼しますね!」
「どうぞ。といっても、そっちと同じベッドだけどね」
お風呂から上がって、何時もなら備え付けのソファやお互いのベッドの上で適当に駄弁るのだが、目の前にはうきうきとした表情で枕を抱きしめた神楽がいる。
正直言うと、ちょっと……ここ最近決意した事と矛盾してしまうので迷ったが、こうも楽しそうだと今更ダメとは言えない。
昼間言われた時は頬が赤くなってしまい、変な想像もしてしまったが、今に至るまでの神楽が終始楽しそうな感じでニコニコしていたので、変な想像は雲散霧消した。
明かりが消されているため、星明かりだけが部屋を照らす。
天井まで伸びる窓のカーテンは開けられている。
いそいそと上った後、ぺたりと女の子座りをする神楽。
闇にまだ慣れていない視界の中、銀髪に近い白い髪が闇の中に陽炎のように浮かび上がる。
「久しぶりに話せる、って感じがします」
「昨日も話したでしょ」
「昨日は言いたいことも言い切れずに私が寝ちゃいましたから……」
むぅ、という表情でごろりと転がる。
絹のような髪が、波紋を打つかのように幻想的に広がった。
目を細めてしまうような綺麗な光景だと思う。
神楽が寝転がっても、小柄な為かベッドの狭さがちょうど良くなった気がする。
「お土産のお茶、とっても美味しかったです」
「ちょっとしけっちゃってたけど。ごめんね」
「いえ。以前街に行った時のお土産なんですよね? ありがとうございます。嬉しかったです、本当に……」
そういって幸せそうに微笑まれると直視が辛い。
視線に乗っかってくる感情には多大な信頼が見える。
視線を切るように倒れ込む。上が物置の二段ベッド――――ベッドの天井は、先ほどまで見えていた幻想的な景色を感情から引き離すのに十分なほど無機質だった。
「私、焦ってました」
「何に?」
「この先の自分が何を成せるのか」
「大きいね」
学生が語るには大きすぎる焦りだ。
もぞもぞと神楽が動く振動が伝わる。
ほんのりと伝わってくる温かさが優しくて、あくびを噛み殺す。何だかとても懐かしい気持ちが沸いて出てくるかのようだった。
くすくすと神楽の笑い声がすぐ下から聞こえる。ちょっとバツが悪い。
「ごめん」
「今日はオリヴィアさんが先に寝ちゃいそうですね」
「それは無いよ」
それで? と話を促したわけではないけれど、神楽は続ける。
「オリヴィアさんは凄いこと成していきます」
「……それは、どうかな」
「きっと成していきます」
力強い声に戸惑いさえ覚える。
間違いなく凄いことを成すのは神楽ルカだと――――この世界の本当の主人公だと知っているだけに、アタシの声には戸惑いが乗った。
「アタシは、ただ剣の扱いが上手いだけの人だよ」
思っている以上に弱々しい声が出た。
その声も、何となく懐かしい感覚がする。何処から来る懐かしさなのかと考えて、前世の自分を思い出した。
自信が無くて、閉じこもって、ゲームばかりして、空想の世界で自由な自分を演じるのが好きだった、社会人の自分。
実家ぐらしだったので、家に帰れば両親が居て、休日は家族全員でご飯を食べていた。
温かい空間だった。
この世界に転生してきた時に、両親は居た。
とっくの昔に居ない。温かい空間だったような記憶が朧気にあるだけだ。
もう二度とあの温かい空間には戻れないと薄らと思っていた。
でも、似たような暖かさを今知った。
同じベッドに寝転ぶ、年下の女の子。
ゲームの主人公で、アタシがこの学園に来る目的で、アタシが来たことで同室となった少女。
その子がそっとくっついてくると、緊張が抜けていくようだった。
今まで、この世界で生まれてからずっと持っていた緊張が。
「私はだけとは思わないです。この国の先頭に立って、未知なる世界を切り開いてく人なんだと思ってます」
「やめてよ、そんな凄い人じゃないんだから」
息を吸うと、神楽から良い匂いがした。寮生活、基本的にみんな同じシャンプーや石けんを使っているのに、神楽だとわかるような匂い。
落ち着く。
本当に先に寝てしまうかもしれない。
「……だから、そんなオリヴィアさんの隣に私がこの先いてもいいのか、焦ってました。私自身が何かを成さないといけないって、思ってました」
「違うのに」
「そうですよね。あの、思い上がりだったら申し訳無いんですけど……オリヴィアさん、ちょっとさみしがってませんでしたか」
「そうだね」
否定はしない。
会話が少なくなって、何となく寂しい思いをしていたのは間違い無い。
「決闘が始まる前にそれに気づけて。私は理想をオリヴィアさんに押し付けてただけで、オリヴィアさんを見失いかけたのかなと気づけたんです。今相手の気持ちも分からずに、将来の事を見てもしょうが無いな、って」
真っ直ぐと相手の事を思い遣る事の出来るこの子はあまりに眩しい。
「今は寂しくないよ」
「はい。私もです」
手を伸ばして、神楽の髪を弄ぶ。
癖の無い髪だ。持ち上げると銀砂がこぼれ落ちていくかのようだった。
「くすぐったいです」
「綺麗で良いよね。アタシは神楽の髪は好きだな」
「髪だけですか?」
「……神楽も好きだよ」
「良かった。私も好きです」
ちょっとドキッとした。
ふふ、という声共に零れた吐息が寝間着越しにアタシをくすぐる。
あぁ、本当に温かい。
「オリヴィアさんは綺麗ですよね。入学式で出会った時、こんな凜としていて、見ていて眩しい人が居るんだって、ビックリしました。目つきも鋭くって、背もすらりと高くって……」
「背が高いといっても、男子には負けるよ。それに目つきが鋭いのは悪いことじゃない?」
「うちのクラスの平均は超えてそうですね。目つきは私は格好いいと思いました」
目つきに譲れない一線でもあるのか、こちらを見上げるような気配がしたのでそっと見てみれば、リラックスした表情の神楽と視線がかち合った。
「一目見て、格好いいな、って」
「ありがと……。そう言われると……気恥ずかしい」
「だから……というのもおかしいですけど、オリヴィアさんと友達になれて、私はすっごい嬉しかったですよ」
「アタシも嬉しいよ……」
穏やかな表情の神楽を見ていると、緊張が抜けたのはアタシだけじゃ無いんだなという事に気がついた。
思えば、神楽もこの学園に単身来たのだ。友達もおらず、今ままでとは180度違うような不安に思って生活をしていたはずだ。
……もうちょっと、ゲームじゃなくて、等身大の神楽も見ていきたい。
でも、と言葉に出さず胸の中で呟く。
もう一つの感情があった。
それは新たな決意とも言えた。ゼン様と神楽が、森の中で二人で居た頃に芽生えたもの。
神楽の遺伝魔法はこの国を、世界を救う。救えると思う。
神楽を取り巻くゼン様やフィオが側に寄り添い、様々な困難に打ち勝っていく。
そんな彼ら彼女らを傍観者として見守る。
あの時見た世界を壊してはいけない。アタシが居てはいけないのだと強く思わされた。思わされすぎた。二人は眩しすぎた。当然だ。自分がかつて、夢見た二人なのだから。
決闘イベントだって本来は無かった。アタシが関わらなければ良かった。
今は側に居すぎている。
今だってそうだ。
少し離れようと決意したのに、出来ていない。
だが、今だけは許して欲しいと思う。
「ごめん、ちょっと、眠たい……かも……」
「はい、おやすみなさい。オリヴィアさん」
「お休み……るか……」
すっかりと弛緩した穏やかな気持ちの中、ルカが、ぎゅっと抱きしめてきた気がした。
書き終わらねぇ! って焦りながら書いてたのでちょっと怖い。
ということで一区切りです。
見直しとか次の展開考慮とか色々やっていきます。
5月29日か6月5日土曜辺りにまた再開見込みですので、その時はまたよろしくお願いします。
⇒5/29追記 現時点でキャラ紹介を書いていたらとりあえずもう一周挟むか! という気分になったので6/5に更新いたしますん。




