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第57話 傍観者

「あぁもう、うっとうしいなぁ!」


 森を駆ける。ルートによっては整備されているものの、基本的に生い茂るに任せているためか非常に煩わしい。

 髪の毛に蜘蛛の巣とか掛かってそう。

 大きめの魔獣が通った跡なので痕跡がハッキリしているのが幸いか。

 かなり大きな足跡、そして人の足跡が幾重も見える。


「でもまぁ、足跡が無くても十分追えそう、っと」


 凍ったまま、胴体でぽっきりと折れているナーガの屍達を飛び越えてゆく。

 走る先に迷いは無い。

 そもそも、ゼン様が感情でも昂ぶらせているのか、そりゃもう永遠と続いているのだ、草木が一部凍っている状態が。

 

 放出する素の魔力さえ、氷として扱うのはゼン様の技量故らしいとはコミ○で販売された『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』のマテリアルで読んだ。普通は水の系統なので濡れるとかになるらしい。


 と、遠くで二人組を見つける。こちらに向かって草木をなぎ払うように歩いている。

 ゼン様と神楽かと思ったけれど、瞬時に違うと判断。

 向こうもこちらに気づき、真っ直ぐとこちらを見つめて剣を構え出す。

 って敵じゃ無いよ!

 速度を緩めて


「月光騎士の方々! 神楽は――――ゼン様はこの先に!?」

「ん? うお! メルベリ!? 何でこんな所に?」

「神楽さんを追ってきたんだろうね。――――見ての通り、先に向かわれてるよ」

「ありがとう!」


 それだけ交わして、上級生の二人組とすれ違う。

 その後の道はさっきよりも草木が取っ払われていた。

 もしかしたら、あの二人は神楽とゼン様の帰り道を整備しているのかもしれない。

 先ほどまでは無造作に魔獣の死体が道に落ちていたのだが、どうも脇に退かされている感がある。

 非常にありがたかった。


 全力で走る。ひたすらに。神楽の無事を祈りながら。



 

 side - 神楽ルカ


 目が覚めたのは、息苦しさに加えて、強烈な振動と体の痛みを感じたからだ。

 意識の覚醒は瞬時だった。

 視界に茶色の体毛が見える。


「ひっ」


 反射的に腕で押すと、上体が反れて少しだけ景色が変わった。

 巨大ながっちりとした何かに担がれている。上を向いて、地面が見える。逆さまの視界。麻袋のように担がれているようだった。

 地面までが高い。自分の身長の優に二倍以上はある。落ちたら怪我をしそうな高さだ。落ち方が悪ければ骨折もするぐらいの。

 それに非常に臭い。

 

「何なっ」


 声を出そうとしたところで、何かが歩く振動でお腹が圧迫されて声が途切れる。

 そこでようやく、魔獣に担がれていると思い当たった。


「離して!」


 と叫んでみても、何も反応が無い。

 無論、魔獣の体を叩いて見ても何も変わらない。模擬戦で力尽きた時から体力も回復しきっておらず、直ぐにやめた。

 周囲を見渡せば、この巨大な魔獣意外にも小型な魔獣が追いすがるように走っている。

 ゴブリンはともかく、少なくともナーガやクラーケンドッグなどは教科書でしか見たことが無い。

 私を運んでいる魔獣はやや早足ぐらいだけれど、歩幅の違いで他の魔獣は駆け足だ。

 魔獣にさらわれる話は殆ど聞いたことが無い。極偶にさらわれたとおぼしき状態で発見された事があると、魔獣学の先生が言っていた気がする。魔獣が拠点として利用している場所で時折人の遺体が見つかるらしかった。


 ……その話を思い出し、体が恐怖で震え始める。

 なんとしても逃げなきゃいけない。

 だが、どうすればいいのか。

 きっと学園から離れるように動いているはずだ、魔獣達は。

 助けは来てくれるだろうか。

 脳裏に過るのは、入学式の時に自分を助けてくれた存在。そして一番仲の良い……けれど最近は話す機会も減ってしまった人。


「オリヴィアさん……」


 どうしてこんな事になってしまったのか。

 どうせならもっとお話をしておけば良かった。

 意地を張らずに最初の時点で師事しておけば良かった。

 もっと一緒に居たかった。

 心が暴れて、涙が零れる。

 ただ、心の底から真摯に願った。

 あの日常に。


「私を、帰して……」


 その瞬間だった。


「何が……きゃああああ!?」


 突然、魔獣が私を掴み、地面へと放り投げる。

 唐突な浮遊感は数秒も続かず、直ぐに草木を巻き込み、土の上をバウンドするように転がる。


「っぐ、ぃ、たぁ」


 頭を守るようにしたけれど、腕を強打して痛む。

 折れたのかもしれない。

 それよりも。

 何とか身を起こして周囲を見る。


「何、何なの、何をするの!?」

 

 ゴブリンやナーガが私の周りを囲む。私を放り投げた毛むくじゃらの巨大な魔獣――――オーガは、ただただその場に立ち尽くした――――かと思うと、急に背を向けた。

 まるで人形のような仕草だった。

 近づいてきたゴブリンが、私に手を伸ばして――――。


「神楽ァァァァァ――――!」


 その時だった。

 聞き覚えのある声だった。

 それは、心に火が灯るかのような安心感を与えてくれた。

 同時、夢から覚めたかのように魔獣達が動き出す。

 魔獣達が一斉に咆哮を上げてその人物を迎え撃つ。

 


 

 side - オリヴィア・メルベリ


「間に合って……!」


 滝のような汗を流しながら獣道を行く。

 微かに叫び声のような音が聞こえたのだ。

 ギアを一層上げて駆け走る。

 蛇のようにややうねりながらもしっかりとした痕跡を追いかけ続け――――そして、見た。

 瞬間、アタシは木の陰に隠れてしまった。


 毛むくじゃらの巨大な魔獣と戦う一人の男性――香月院ゼン――と、離れた位置にいる、地面へと座り込んでいる一人の女性――神楽ルカ――。

 

 地面はでこぼこで、周囲に倒れ伏す数多くの魔獣がいる。その全ての切断面が凍っているか、信じられない程の力によって吹き飛ばされたかのようにぐちゃぐちゃだ。

 

 毛むくじゃらの魔獣は背中も前も傷だらけで、例外なく傷跡は氷で覆われている。氷の礫も全身に刺さっていた。サイクロプスよりもなおでかい巨体は、自らの拳を武器として振っている。

 魔獣の腕は鈍重そうな見た目とは裏腹に、空気を切り裂くような速度で放たれるが、掠る事さえ無い。 

 こちら側まで風の音が聞こえるのではと思えるほどの速度で振るわれる豪腕を避け、ついでとばかり氷の剣で切り返して見せる。

 片手で氷の剣を巧みに扱い、もう片方の手で何かを溜めているように見える。ゼン様の手が青く輝き、冷気がこぼれ落ちているのだ。

 何度振っても当たらない事に苛立った魔獣が、両腕を振り上げると勢いよく振り下ろす。

 身を竦むような轟音と、めくり上がるように舞う土。

 周囲の原型を失いかけている魔獣の遺体は、毛むくじゃらの魔獣の攻撃に巻き添えを食らったのだと理解した。

 

 そして、その大ぶりな攻撃を待っていたかのようにゼン様が木の幹ほどもある巨腕を伝って、顔へと飛んだ。


「――――!」


 光り輝く手を突き出しながら何事か叫ぶと、魔獣の頭上に魔獣の幅ほどもある巨大なつららが現れ、更に魔獣の足は氷で覆われた。

 ゼン様が手を下に勢いよく下げると同時、暴風が吹き荒れ、魔獣の頭から一直線に突き刺さった。ゼン様は風を掴んだかのように後方宙返りをしながら飛び降り、魔獣はつららの勢いで前のめりに倒れ、轟音を上げながらつららごと地面へとめり込んだ。

 氷が魔獣の血で染まり始める。

 ――――これは、勝負が決まった。


 恐るべき戦闘能力だった。

 終わってみれば、遠目で見るゼン様には戦闘による傷は何一つ無さそうだ。


 血を吹き出して沈む魔獣を一瞥すると、すぐさま神楽の元へと走って行く。

 神楽の前でゼン様が跪く。

 気がつけば夕日は沈み、暗闇が支配しようとしている。だが、二人はまるで輝いているかのように見える。


「――――!」

「――――」


 神楽がゼン様に片腕で縋り付き、声を上げて泣き始める。

 ゼン様は、そっと指で神楽の涙を取り払う。

 それでも泣き止まない神楽に何かを話し掛け、神楽が首を振ると顔を上げる。

 ゼン様と神楽の視線が混じり合い、照れたように神楽が顔を下げる。


 

 それを見て、胸に訪れたのは安堵と、胸を締め付けるような感動があった。

 そこには、私が見たくてたまらなかった、イベントのスチルのような美しい景色があった。

 ゲームとは違い、二度と見ることは無い生涯一度だけの邂逅。目に、そして記憶に焼き付ける。


 イジメイベントをアタシが崩壊させてしまった。

 そこに、空いたシナリオを予定調和に戻すかのように決闘イベントが起こった。本来進行するはずだった、神楽に対する各主役キャラの好感度上昇がどうなるか不安になった。

 だが、結果だけ見れば神楽は何故か強くなり、フィオとは友好的な関係を気づき、ゼン様との絆は強く深まった。

 ある程度、元のイベントと同様の結末を迎えたと言ってもいい。


 ようやく、波乱のイベントが一段落したという気持ちがあった。それと同時、気持ちを新たにすることを決めた。

 

 けれども、今はただ、この二人だけが織りなす神秘的な光景を眺めていたい。 

 物語に介入することの無い、ただの傍観者として。


GWも明日で終幕という事で、明日が連休最後の更新です。木金は仕事です。なんてことだ。

あと数話書いて一区切り、といった所でしょうか。

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