第56話 追いかける
主人公視点に戻ります。
「神楽さんが、魔獣にさらわれました……!」
「何ですって!?」
寝耳に水とはまさにこのこと。
主人公だから大事は無いとはいえ――――と思ったところで、ふと、脳裏を過るのは、ルートによっては起こるバッドエンドシナリオ。
その場合、神楽が死んでしまうような事を示唆するルートもあったはずだ。
血の気が引ける。
「ど、どこにさらわれたの!?」
思わず剣を放り捨ててがばりと両肩を掴む。
駆けてきたクラウゼは、ツインテドリルが見るも無惨な状態で、酸欠気味になりながらも指で方角を示し、たどたどしく答えてくれた。
「す、少なくとも、あちらだと、思います。月光騎士の、方々が何名か、追いかけていきました。あと、道中で出会った、香月院様にもお伝えしてあります。直ぐに、追いかけに向かわれました」
「そう、ゼン様には伝えてあるのね……!」
その報告だけでもぐっと救われたような気になる。
間違いなくこの場における最高戦力であるため、アタシが出る幕では無いだろう。
けれども、念のためという事はある。
周囲に目を向ければ、基本的にはアタシ以上に場慣れした学生達が揃っているし、大人達もそのうち来るだろう。
フィオも派手に活躍していて、一人で団体様のお相手をしているのは見事としか言い様がない。魔獣という『形』に慣れてないアタシがここにいても役に立っているとは言いがたい。
ナーガ相手に下手なダンスを踊りながら斬ることしか出来ない。ゴブリンは前回で慣れたからいい。クラーケンドッグはまだ全然だ。伸びてきた触手をなます斬りにすることしか出来ない。
魔法が使えない以上、規模の大きな範囲攻撃が出来ない。今必要なのは範囲攻撃だ。
……なら、ここは自由にやらせてもらおうっと。
「アタシも行くわ。ゼン様が向かってらっしゃる以上、問題は無いとは思うけれど……」
「わかりました。ご無理をなさらないでください……っと!? 何を……!?」
剣を持ったままでもやれるものだと自分で感心してしまう。
何をしたかというと、ただ単に抱っこしただけである。俗に言うお姫様だっこだ。
膝を持つ側の手で剣を持っている以上、かなり歪だけれど。
「うん、いけそう」
持ち上げてみても特に問題はない。アタシのスペックなら十分いける。これで戦闘してくれ、となったら流石に無理だけれど、走る分にはいける。
周りに人は多いが、それでも森の境目からぽろりぽろりと魔獣が出てくる場所に戦闘の経験が無さそうなクラウゼを置いていくわけにはいかない。
急いできてくれた結果、薄暗闇が迫りつつある現状でこうも顔が真っ赤なのだ。逃げ走る事も難しいに違いない。現に震えているのは恐怖からだろう。
「危険を冒してまで、伝えに来てくれてありがとう。ここは危ないから安全な所まで送るわ――――ほら、口を閉じて。舌を噛むわ。しっかり捕まって貰っていい?――――ありがと。それじゃ、行くわよ!」
「あ、ああ、ほわああぁぁぁぁ……」
駆けた。
クラウゼがしっかりと抱きついてきてくれるので安定する。何か口から漏れてるような声がするけど、気のせいだろうか。
駆ける先――――クラウゼが指先を向けた先は元来た場所、模擬戦の場へと続いている。
「色んな魔獣がいるのね……」
「これでもほんの少しです」
周囲に目をやりながら走れば、小ぶりのゴブリンや地を這うナーガの他に、知らない魔獣が何体もいる。
それぞれどう戦えばいいのか見当もつかないが、上級生達が複数人で危なげなく対処をしているのを見て純粋に凄いと思う。
人間の身長に匹敵するほどの巨体を持つ、陸上を歩くクラゲのような魔獣は近寄ることすら躊躇いそうだ。
そのクラゲモドキの後ろから、クラーケンドッグが両脇を通って飛び出してくるが、前線2名の学生が剣に火を纏って振るうと飛びかかろうとしていたのが留まり、その隙を突いて後衛の3名が同時に雷系の魔法を3対に浴びせていた。
そこで前衛が飛び込み、切り払う。
まるで普段からそうしているかのように良く出来た連携だった。
思わず感心する。
見ている先で感づいたのか、耳元で囁くようにクラウゼが話し掛ける。
「学年が上がると、複数のチームを組んで連携する授業があるそうです」
「へぇ。複数のチームを組むんだ。一つのチームじゃなくて」
「はい。学園側が決めるそうですわ」
常識が凝り固まるのを避けるためなんだろうか。
進級したときが楽しみだ――――その前に、世界が終わらなければ良いけれど。
学生が押してきている現状、戻れば戻るほど安全になる。
伊達に戦闘の授業を組み込んでいる学園ではないという事だ。対魔獣のエキスパートを育成する学園である。
その証拠に、倒れた魔獣は増えても、戦っている人はまばらになっている。
戦うまではいかない学生達が、生き残っている魔獣がいないかを念のためにチェックしているような状況だ。
と、辿り着いた模擬戦場の入り口で見知った友人達を見つける。
「クラリッサ! マリアンネに、長月も!」
声を掛けると、不安そうにしていた三人がぱっと笑顔になった。
こちらに向かって駆けてきたのはクラリッサだった。残りの2名も後を追うように来る。
笑顔だったクラリッサが、抱えている人を見ると不安そうな表情を見せた。
「メルベリさん! ご無事でしたか!」
「私はね。この娘をお願いするわ」
そっとクラウゼを下ろすと、ありがとうございますとクラウゼが頭を下げる。
落ち着いたはずだけれど、明かりに照らされた顔は真っ赤だ。まだ体力的には厳しいらしい。
「何か怪我を!?」
「いえ、主戦場まで神楽の件を伝えに来てくれたの。前線に置いてきちゃうなんて出来ないわ。同学年の子よ」
「そうでしたか……クラリッサ=ニコリッチです、よろしく」
「クラウゼよ」
ツンとするように強気で赤い顔でそれだけ答えた。
ついで、崩れているツインテドリルをさらっと流す。
ちょっと、そこで高飛車そうに振る舞わないでよ。家の格式がどうたらと過去に言っていたから、初見でこんな態度なのだろうか。
クラリッサ達が明らかに戸惑ってるんだけど。
苦笑しながら告げる。
「こう見えて良い子よ。それと、私も神楽を追うわ。といっても、追いつけないとは思うけれど……そもそもちゃんと追いつけるのかしら……」
不安を零せば、長月がはいはーいと手を上げた。
「香月院さんが派手に氷をまき散らして、風のようにすんごい速度で駆け抜けていったから、多分わかるよ! それに、月光騎士に所属してるっぽい学生達もさっき何名か戻ってきてたから……」
道があるかも、といって指さした森には、確かに凍った木々が目に入る。凍ったまま粉々になった魔獣の姿も見えた。
それに、神楽をさらっていったのは大きい魔獣だったのだろう、木々がへし折れて道があるかのように見える。当初見かけたサイクロプスだろうか。前線はともかく、戻ってる最中にはもう動いているのは見当たらなかった。
……陽が完全に暮れる前に、なんとか追いつかないと。
「ありがとう、長月。私はもう向かうわ」
「「お気をつけて」」
クラリッサとクラウゼの声が見事に重なるのを背後に、アタシは駆け出した。
歩み出した道に、確かに魔獣と、ゼン様の痕跡を見出しながら。
次の更新は明日火曜日です。GW中なので頑張ってます。うおー。




