第55話 開花と閉幕
side - ???
それは、月影キンコがペンダントを握った時に発動した『命令』を受け取った。
条件が整ったときに発動するものだった。
命令はシンプルだった。
シンプルでなければ、理解出来ないのだから当然であった。
ゆっくりと身を起こすと、犬よりかは遅く、人よりかは幾分速いペースで駆け出した。
ペンダントの持ち主の元へ。そして、目標を回収するために。
side - 神楽ルカ
「やぁぁぁぁ!」
振りかぶられた剣筋に合わせて放つのはなけなしの全力を振り絞った切り上げは読み通りの軌道を辿った。
刃をぶつけ合うように真っ向から迎え撃つ。
瞬間、派手な音が響いた。
「っく!」
「ん!」
今持てる全力を出し切った一撃は強い衝撃と痺れを一度に浴びせてきた。
どちらも合わさってしまえば、剣を握り続ける事が不可能なのは火を見るより明らかだった。
私の剣が音を立てて地面に落ち、遅れて同じように落ちる音がやや遠くに聞こえる。月影さんの剣だった。
痺れる手と腕に任せるがまま、腕をだらんと下げる。
月影さんを見てみれば、目を見開いている。腕は剣を握っているかのような形で固まっている。
「お互い、剣を失いましたね……」
「っく、小癪な真似をしますわね……!」
剣を取りに走れるほど余裕が無いのは両者ともに明らかで、仮に取りに行けたとしても神楽の剣が一番近い。
自らの剣を足で押さえる。
取らないという意思表示でもあったし、飛びつかれても即座に振るえないという牽制の意味合いもあった。
「月影さん……」
「……」
名を呼んだだけだが、今までと違い言葉は通じると感じてほっとする。
私と同じように、だらりと力が抜けたかのように腕が落ちた。
そこから、震えながら胸を抱きしめるようにして俯いてしまう。
先ほどまで激情を見せていた様子が嘘のようだった。
「どうして、そうまでして私に勝とうとしたんですか」
「……貴女が、メルベリ様の近くにいるからですわ。何も持たない貴女が」
それは当初、月影さんから決闘を申し込まれた時にも聞いたような内容だった。
確かに、彼女はオリヴィアさんを特別な存在として考えていて、隣に居るべきは『特別な人』でなければならないような事を言っていたはずだ。
「……オリヴィアさんは、特別を求める人じゃないです」
「貴女がどう思っていようと、周囲はそうは思いませんわ。あるべくしてあるべく姿へと変異していく……そういうお方です」
それに、と疲れたような声が漏れる。
「貴女も、特別になりたいと、そう思っているのでは無くて?」
「……」
即答は出来なかった。
今、オリヴィアさんと気軽に笑え会えるのは同じ学園に通い、同じ寮に住み、同じ部屋で暮らす友人だからだ。
これから先、きっとオリヴィアさんは凄い人になっていく。きっと国を引っ張っていくような人になるかもしれない。
そうなった時、ただの私が側に入れないと思っていたのは事実だった。
「……そうかもしれません」
「なら」
「でも、そこは私がそう思っているだけです。いえ、私達がそう思っているだけで、決定的に欠けている物があります」
被せるように言葉を言う。
「周囲の、自分達の想いで誰かを御そうとする――――オリヴィアさんの望みを無視してそうあるべきと押し付けるのは、些か傲慢ではありませんか?」
「……」
今度は向こうが沈黙を返す版だった。
一度は思ったのだ。
特別な力が欲しいと。並び立つ力が欲しいと。
ひたすらゼンさんやフィオさん達と訓練を続けて、オリヴィアさんからも少しだけ遠ざかって、ひたすら過ごしてわかった事がある。
――――あるとき、ふっとオリヴィアさんを見て、どことなく寂しそうに見えたのだ。
それは自身がもたらした結果であり、特別にならなければならないと頑張った結果、大切な友人であるオリヴィアさんを見なくなっていた事にようやく気づいた。
間違いなく傷つけていた。
後悔はあった。でも、気づかないままよりずっと良い。気づけて良かった。
けれど、もう止まり方もわからなくて……綺麗に止まるためにも、前日にオリヴィアさんにお願いをした。
きっぱりと止めるための『ちょっとしたお願い』を。
「ふふ……。でも、もう、どっちでも変わらないわ。今日打ち合って、わかりましたわ」
ゆらりと、月影さんから纏う気配が変わる。
強い警戒を覚えた。
ぎゅっと月影さんの手が何かを握ると、得も知れない、感じたことの無い何かが漂ってくる。
同時、漂うソレに引き寄せられるように、体の中から今までに無いもやもやとした感覚が湧き上がってきて戸惑う。内側から出るような何かがあるが、何なのかわからない。
胸を押さえる。
いや、それよりも、目の前の月影さんから目を離してはいけない。
「何がわかったの?」
「どっちに転んでも、神楽ルカはメルベリ様の隣に居る、という事が」
「それはどういう――――!?」
だから、と呟く声は私のではなかった。月影さんが倒れるようにこちらへと足を踏み出す。
こちらへ向かってくる気だというのは直ぐにわかったけれど、それよりも――――彼女の手から赤い光がこぼれ落ちる。
まばゆい光が見えた。
だが、ただの光では無かった。
それは、燃え上がった炎――――魔法が見せる光だった。
「勝敗が決まる直前に見せた貴女の剣筋、メルベリ様とそっくりでしたわ――――貴女も、特別だったのね」
顔を上げた月影さんの顔は妙な笑みで引きつっていた。
目の焦点が定まっていない。
ペンダントのチェーンを引きちぎると、押し付けるようにして手を伸ばしてきた。
先ほどから感じる奇妙な感覚は、そのペンダントから強く発生している。
何かしらの魔道具。
「――――そんな!?」
「燃えてしまえ」
逃げる為の足は未だ回復しておらず、頼みの剣は足下で、腕で防ごうにも燃える手にはあまりにも無力だった。
伸ばされた燃えさかる手を避ける方法は何一つ無かった。
その瞬間までは。
その時に神楽がイメージしたのは、訓練で見たあるワンシーン。
私が休息を取ると、よくゼンさんとフィオさんがお互いに戦っていた。
二人の戦いは私からすれば高度な戦いで、縦横無尽に動き回るフィオさんとゼンさんが高速でぶつかり合い、雷を纏ったフィオさんが空中に飛び上がって幾重の稲妻を落とし、ゼンさんは地上から生やした氷の柱でそれを向かい撃った。
ゼンさんは本当に何でも出来て、時折フィオさんに雷魔法向けて放つとフィオさんが苛立つように舌打ちしていた。
フィオさんの得意な魔法は雷系で、ゼンさんは氷……というより水系らしい。
水として扱うよりも氷として扱った方がやりやすかったから主に氷を使っているらしい。
氷で剣を作り出し、氷を打ち出し、氷の楯を作り、場を凍らせて制圧する。
記憶にあった氷は、火を防ぐにはうってつけに思えた。
無意識に、胸の底から湧き上がるもやもやに指向性を与える。
熱いものと反する、冷たい物を。
胸に当てた手を伸ばすと体の中を通り、腕をめぐり、指の先から打ち出されるようにして顕現した――――何時か見た氷の楯、のような塊。
月影さんが突き出してきた燃えさかる手とぶつかり、しかし止められない。
激しい蒸気を上げながら、徐々に溶けていく。火が近づいてくる。
「熱っ!」
熱いのが怖い。触れたくない。嫌だ。
その感情が引き金になったように、体からごっそりと力が抜けると同時に手のひら全体から冷気が吹き出たかと思うと、二人を吹き飛ばすような爆発が起きた。
幾度も転がって模擬戦場を転がる。
立ち上がれない。手が痛む。腕に力が入らず、這いずるように動いた。
視線を回すと、改めて周囲の状況がわかった。
学生達が遠巻きにこちらを見ている。そういえば、ここには色んな学生がいるんだった。
ここでは今は武器が危険なのだと伝えなければいけないと思っても口が動かない。
月影さんはとゆっくりと首を向ければ、壁際でぐったりとうつ伏せに倒れている。
動く気配は無い。
「……何が、起きたの」
口に出すが、何となく思い当たる節がある。
「魔法……出来たんだ……」
魔法が発動した……のだと思う。
たぶん暴走して、制御出来ずに膨れ上がった……のかもしれない。
魔法の授業で聞いたことがあるような気がする。
なら、あの"もやもや"はきっと魔力なのだろう。
今は体の何処にも感じ取れないけれど。
瞼が重い。
あらがおうにも視界は暗く閉じていく。
唐突に月影さんの隣の壁が壊される。彼女の周囲に学生はいない。気をつけて、と言いたいのに何も出来ない。
私はただ、霞む視界で見ている事しかできない。
外から走り込んできた何か――――魔獣だろうか――――が、私を持ち上げる感覚が引き金となり、私は意識を失った。
次の更新は明日月曜です。
意図せず、そろそろ綺麗な区切りがつきそうだなーという感じがあります。
区切りが付いたら、一ヶ月ほどかけて最新話から遡る感じで歴史の修正()を行っていこうかなぁとぼんやりと考えてます。
ので、誤字脱字があれば是非ともご報告をお願い致します……! 身もだえながら直しますので! ええ!




