第48話 証
残すところあと数日。
何かというと神楽の決闘である。
ここまでの間、アタシのベッドの上にはクラリッサ達と遊びに行ったお土産が今でも置かれたままである。
「やぁーッ!」
「くっ!」
模擬戦の授業中、目を向けるのは神楽だ。
今神楽と戦っている男子学生は、入学前から軽く修練をこなしていたのだろうが、今や、神楽にとっては対等かそれ以下に戦える相手のようだった。
見ている中で何度も剣戟による火花が上がり、聞き慣れた耳に刺さる高い音が幾度も幾度も響く。
蝶のような、直接的な腕力勝負を避けるような戦い方をゼン様は仕込んだのだろう、その仕上がりは上出来以上だ。気炎の声が、やや気の抜ける可愛らしいものではあるものの、剣筋は鋭い。
幾つも切り結び、ジャストなタイミングをずらされたりした男子学生がしびれを切らす。
「そっちがその気なら……!」
「! 腕で……!?」
体格差と筋力差は現時点ではまだ十分に脅威だ。
この世界には隠れ設定のように筋力などのステータスがあるため、見た目以上の筋力を持っているというのはあるけれど、決闘の話が出た時点から今まででは如何せん追いつけない。
その差を理解しての男子学生の攻勢だろう。腕で神楽の剣を弾くように防ぐ。実戦だと防具が無ければ確実と負うし、模擬戦だから強行突破しようものなら練習にならないマイナス評価になるが……。
踏み込み、体重を乗せて吹き飛ばしそうとして――――。
神楽の体と剣の動きが唐突に独立したように見えた。
「たぁ!」
「う、」
「あら」
三者の声が上がる。
慣れたように身を引きながら、相手が進めば刺さるように剣先を置くように振る姿は、まるで蝶が蜂に化けたような鋭さがあった。思わず声を上げてしまうぐらいに。
踏み込もうとした勢いは止められず、力んだ故に咄嗟に動かせぬ剣の守りは中途半端。神楽の剣はそのまま、相手の心臓へと届いた。
止まる両名。
そして。
「ま、参った……」
「ありがとうございました!」
そういってがくりと項垂れる彼に近寄る友人達と、神楽を褒める声を上げながら走り寄るクラリッサ達を見て微笑む。
原作では剣を握って戦うことの無い神楽がここまでになると、原作を崩壊させてしまったのではと気になってしょうが無い。……イベントの進行は代替イベントが発生するようだし、やはりここは傍観に徹する!
と、神楽が決着をつけたところで集中を目の前に戻した。
そこには、今戦っている相手が居た。
息があがり、同時に後退した男子が2名。方や身長が高く、方や身長が低いでこぼこコンビだった。
男子2名が目配せすると同時、気炎をあげて上下からの同時挟撃。もしかしたら事前に練習していたのかもしれない。土壇場で会話無しで出来る合わせ方では無かった。
身長が低い方が下段で横から薙ぐような切り方、高い方が上段から叩き切るスタイル。
「もらっ……!」
「った――!」
上下の攻撃は防ぎづらいものねぇ。でも残念。
二人の間に一足で飛び込むと、驚いたような顔が見える。
「下段が低すぎますわ」
「痛ッ!」
伸ばした足をそのまま寝そべった相手の剣に乗せて踏み潰す。
それだけで簡単に剣は相手の手から離れ、地面にジィィンと音を立てて叩きつけられる。
同時に、叩き切るように上から振り下ろされる剣を、そっと、剣先に添えるようにしてずらす。
「何っ!?」
「後は仕舞いですね」
逸らした後、無防備な身長の高い学生の喉に狙いを済ませると、一直線に突きを放った――――。
「神楽、お疲れ様」
「オリヴィアさん!」
汗をかき、息を整えている神楽に近づくと笑顔を見せてくれた。
やっぱり体を動かした直後だと気の迷いも飛ぶのだろうか。
「見違えるような動きになりましたね」
「見ていたんですか!?」
「ええ。あの動き方は、ゼン様からご指導を?」
「そうです! ゼンさんからみっちりと叩き込んでもらいました。でも、フィオさんからもだいぶ教えて頂きました。足の使い方とかは、まだまだダメってフィオさんに言われるんですけどね」
えへへと笑う姿は可憐な花が日差しを受けて開くような温かみがあた。
けれど、それも一瞬の事だ。
「……でも、まだまだですね」
「まだまだ……って、今なら恐らく月影さんにも勝てるわよ?」
こちらを見て、遠くを見て、ぐっと唇と結ぶ姿からは何を想定しているのかわからなくて困惑する。
「無茶してるわよね? 月影さんとの戦いに決着が付いたら、ちゃんと休まないとダメよ?」
「それは大丈夫です、その時は、ゆっくりと寝かせて貰いますので」
休め無茶するなと告げても止まらないのが主人公、という奴なのかもしれないと理解して、今では少なくとも決着が付いたら休むようにと言うようになってしまった。
はぁとため息を吐くと、そっと今よりも神楽に近づくと、肩に触れて誰にも聞かれぬよう耳元で囁く。
「――――まぁ、その所為で疲れて眠る神楽を運ぶのは、もうアタシの十八番みたいなもんだけどね」
「そ、それはすみません……」
赤くなって恥じらう神楽に笑いながら離れる。
「まぁ、早く私を安心させてくださいな」
「はいっ! ……あ、その、オリヴィアさん」
ん? と答えながら見る神楽の目は、戸惑いがあるようだった――が、断ち切るように目を瞑り、真面目な視線をかち合う。
「月影さんとの戦いの後なんですけど、ちょっとお願いがあるんですけど、良いでしょうか……?」
「お願い? ええ、いくらでも構わないわ」
「……そうですか! わかりました、頑張ります!」
ぐっと、フンスと意気込む神楽の姿に戸惑いながらも、頑張ってと告げるしか出来なかった。
「へいメリっち!」
昼休み。ふと呼ばれて見れば、長月が教室のドアの前で手招きをしている。
神楽は既にゼン様と練習に向かっているようで、お昼休みになると直ぐに飛んでいくのがここ最近の風景だ。
「何かしら」
「ん! お客さんだよ!」
「こんにちは、お姉様」
お姉様? と不思議そうに呟いた長月にはありがとうと伝えると、お気になさらずと言いながら席に戻っていった。
教室の外に居たのは、ヘンリエッタ=クラウゼ、本来の原作イベントなら今頃敵対していなければいけない、元イジメ首謀者だった。彼女のイベントをクラッシュしてしまった為に今の決闘騒ぎが起きているが、根が良い子の為、これはこれで良かったのだろう。手紙でのやりとりは今もしているので、何かあったのだろうか。
「クラウゼ? 何かしら――――あ」
しまった。思い出した!
思わず声を上げてクラウゼに謝る。
「ごめんなさい! 以前模擬戦の指導をしてあげるって約束をしていたわよね! その件かしら!?」
「あ、いえいえ! その件では無いんです! あの、今はお姉様も神楽さんの事が気になってしょうが無いと思いますし、模擬戦をすると自然と模擬戦上の予約が必要になって私とお姉様が模擬戦をしていると今だと神楽さんもいるだろうしこの時期にご一緒となると気が散ってご迷惑だと思うので今じゃ無くても全然いいんです!」
あわわと手を振る姿に申し訳無い気持ちがいっぱいだった。
せめて同じクラスだったら良かったのだけれど、模擬戦の授業で合同するのは何時も上級生の組み合わせなので機会が無かったし、思い出しもしなかったのは本当に申し訳が無かった。
「ごめんなさいね……。うん、じゃあこちらから約束しておいて厚かましいのだけれど、神楽の件が終わったら良いかしら?」
「はい! お願いします! ではまた!――――じゃなくてですね!」
帰ろうとしたところで慌てて戻ってくる。
こういう所を見ているとついニコニコとしてしまう。正統派ツインテドリル、そして高飛車そうな見た目の子がアタシなんかを尊敬して挙動不審になるのは、何というかギャップ萌え的な奴を感じてしまう。
「月影さんの件です」
その言葉を聞いて、そそくさと二人して人が居ない階段の踊り場へと移動する。
「どうも、月影さんの周りでファクトメンバーの方々を見かけます」
「真実の血を持つとやらの貴族の集まりで、今はもう碌でもない連中しかいないあのグループが?」
「そう嫌そうに仰らなくても……」
「だってアタシは嫌だもん」
ゼン様ルートでは敵対役として出てくる攻略キャラ、ガスト・レナードの顔が思い浮かぶ。
ツリ目で自尊心の高く、現時点では廊下ですれ違うことはあってもお互いに一瞥も向けない。
原作ではイジメイベントに手を貸していなかったと思うので、特に今回は何か手を回してくることは無いだろうとは思っていたけれど。敵対ルートと言うだけあって、時期が過ぎれば神楽を狙い始める厄介グループの一つになる。
「率直ですわね、お姉様は……確かに私もそう思いますが、誰かに聞かれたらお姉様も敵視されますわ」
「現時点でアタシはいい目で見られてないし、別に構わないわよ。それで、なんでファクトメンバーが月影さんに?」
「そこまでは分かっていないのです……私のお友達が、何度か月影さんと話す彼らを見たことがあったみたいですの。以前私が調べたのを覚えていてくれたみたいでして……」
そうえば、あるとき神楽の模擬戦を休日に見に行った際、彼らを見かけたのを思い出す。
あれはただ神楽を見ていただけでは無いのだろうか……?
何にせよ、警戒は必要という事か。
「教えてくれてありがとう。……友達とは仲よくやっているのね」
以前、図書室でイジメをする側になりたくないと相談したときは、周りからの期待を裏切るのが怖いという話をされたから。
手紙では友達との関係がどうなっているのかは知らなくて少しだけ心配していたけれど、杞憂だったようだ。
そういうと、クラウゼは恥ずかしそうに、そして嬉しそうに、はいとだけ答えた。
side - 月影キンコ
当初は一種の憧れだった。
オリヴィア・メルベリ様。女性でここまで強い人は見たことが無かったから、自分もああなりたいと憧れた。けれど、なりたいと思ったのは一瞬で、すぐさま崇拝に近い感情へとシフトしていった。『彼女のようになる』という想像は、翻って自分の実力はどうかという考えによってかき消された。
自分は貴族ではあった。生まれはヨルム王国で、社交界へと顔を出してもいる。
けれど、あれほど凜として、ブレず、曲がらず、まっすぐに前を見続ける強い心の持ち主は今まで見たことが無かった。
この学園に居る素晴らしい生徒といえば、二年では香月院ゼン様が筆頭にあがり、一年ではフィオレンティーノ・ジャイルズ様が太陽守護のトップになるなど急速に力をつけつつあり、同学年の貴族であるガスト・レナード様も同様にファクト・メンバーのトップへと競うように成り上がった。三年では塔仁義ゴウ様が実力で頭一つ飛び抜けており、彼らは全員が貴族、あるいはそれに匹敵する出自の持ち主達だ。
けれど、彼女にはそれが無い。後ろ盾が何一つ無い。
彼女こそが、真に貴族に相応しいのに。自分などよりもよっぽど。
日頃から友人達にそんな話をしていたからだろう。
「やぁ、月影さんだね」
そういって現れた彼らは、自分と同様の悩みを持っているとの事だった。
曰く、彼女が平民のままなのはおかしい。
曰く、自分達のトップも同様の懸念を持っている。
曰く、自分達なら、彼女を貴族にさせる事も出来るかもしれない。
曰く、そのためには、彼女の側にどういう存在が相応しいのかを、彼女に教えてあげる必要がある。つまりは――――神楽ルカはとても邪魔だろう。
彼ら、あるいは彼らに付き従う彼女達との会話は実に心地よくて、何時も専用の部屋でご馳走になる飲み物や御菓子は、時折苦い味がするときがあっても、非常に美味しくて心からもてなしてくれていると感じられるものだった。
途中からは、彼らの最近新しくなったトップと会えるほどに信頼してもらうことができ、何だか嬉しくて心がふわふわとするようになった。
逆に、友達との仲は次第に悪くなっていた。
何故かは知らないけれど、しきりに私と彼らを遠ざけようとするのだ。私がどう変わったというのだろうか。何が変わったのだろうか。それに、メルベリ様に対する悪口を言っていたと彼らから聞かされては、今まで通り接するわけには行かなかった。
「君はこの先で決闘をするのだよね? だとしたら、これを持っていてくれないだろうか」
「これは?」
手渡されたのはネックレスだった。複雑な宝石が幾重にも重なり、精密な模様を赤黒く描いている。花のように見えたし、顔のようにも見えたし、何の意味も無い絵の塊のようにも見えたが、一目見て高価な物ではあると思った。流石に、受け取る事は出来ない。
そう思って伝えれば、こう答えられた。
「これは信頼の証しの一つだと思って身につけていてくれればいい。何時も肌身離さず持っていて貰えれば、それだけで同じ志を持つボク達としても、きっとオリヴィア・メルベリを特別な人に出来るだろうと勇気づけられる。そして、君が神楽ルカと決闘して、彼女が動けなくなるぐらい完膚なきまでに勝つことが出来るよう、祈りが込められている。ボクらの期待と希望が籠もった信頼の証しさ。だから――――」
それを、決闘の日まで、そして決闘の日も、肌身離さずに、ね。
ファクト・メンバーのトップであるガスト・レナードは、やや朦朧としている月影キンコに、笑いながらそう告げた。
次の更新は土曜日です。
週一だと、本来はもっと詰め込まないと展開がゆっくりにしか進まないので、書いてて色々と忘れてくる……(遠い目




