第40話 すれ違い
それは、人気の無い廊下での出来事だった。
「あっ」
学園を出るべく歩いていると何かを見つけたような、驚きの声が聞こえた。特に意識していなかった、真正面から来る女の子から。
明らかにこちらを見て驚きの表情を浮かべているものの、見知った顔ではない。
綺麗な子だと思う。身なりに乱れた箇所は一部も無く、黒い髪も艶やかだ。緩やかなウェーブヘアは肩に軽く掛かる程度に整っている。
念の為、後ろを振り返っていみたけれど、廊下にはアタシしかいない。遠くから、練習をしている太陽守護の学生達の声が聞こえる程度だ。
視線を戻せば今もこっちをじっと見ている。立ち止まって声を掛けてみる。
「何かご用かしら?」
「オリヴィア・メルベリ様……」
「……」
初対面で様をつけられるのは初めてだ。思わず顔が引きつりそうになる。一瞬、アタシがゼン様を様づけしているのは良いのだろうかと思ってしまう程の衝撃があった。
しかし、アタシを様づけしそうな相手に心当たりは……。
あった。
以前、決闘を起こした日の次の日にクラウゼが集めてくれた情報や、神楽から聞いた内容……それらから推察するに。
「もしかして、貴女が月影キンコさんかしら」
そう告げると、神楽の決闘相手である目の前の少女は、にっこりと笑った。
「お初にお目に掛かりますわ、メルベリ様。入学してからのご活躍の数々、このキンコの耳にも届いておりますわ」
そう言いながら、優美にスカートを摘まんで挨拶をする姿は堂に入っている。正統派お嬢様という感じな子で、これはもしかするといわゆる『貴族』の子かもしれない。クラウゼから聞いた話にはファクトメンバーに属しているという話題は無かったから、そこは一安心だろう。
「そう。あまり、噂になるような事はしていないと思うのだけれど……」
「ご謙遜を。この間、模擬戦で粗暴な男子生徒を100人斬りした噂には胸が震えましたわ」
「……流石にその噂は誇張されているわ」
「ご謙遜を。例え誇張されていたとしても、メルベリ様なら出来ると、私は知っておりますもの」
だいたい噂というものは尾ひれがつくものだけれども、こうして自分に関する事が尾ひれはひれ付いていくのは何だかむずがゆい。
「まぁ、その噂は事実じゃないから無視して貰いたいわ。それよりも、月影さん、貴女は神楽に決闘を申し込んだようね?」
「ええ」
すんなりと頷く。一部の淀みも無い。
「何故?」
「彼女が間違っているからですわ」
「間違っている……?」
「メルベリ様。貴女様は、尊いお人です」
彼女は目を瞑り、両手を胸に当てると、うっとりとした声で続ける。
「ただ一人で魔物を蹂躙し、相対する全ての敵を討ち滅ぼし、何人たりとも並ぶ者は居ない。誰もが貴女様に憧憬を抱く」
続ける声には真剣味だけがある。本当にそうだと思っている声色は、前情報通り、思い込みが強いという性質そのものだ。
「そんなんじゃないわ。私は普通の学生よ」
「いいえ、違います。メルベリ様はこの学園を代表する、素晴らしいお方になります。いえ、このヨルム王国を代表するような……。だから……」
ぐっと胸に当てていた手を握り込む。
「神楽ルカ、彼女は許しがたいのです。メルベリ様は神聖さすら身に纏うお方。ただの人である彼女が並び立つ事はなりません。並び立つとすれば、それは私のような高貴な……いえ、今思えば、これは身に余る事でしょう。私程度ではダメなのです。メルベリ様も、お側に居るべき人物はただの人ではダメだと、そう思っていらっしゃるのではないでしょうか?」
「それは無いわ。断言するけれど、貴女の思い込みと勘違いよ、それは」
即答する。しかし、彼女の瞳が揺れる気配は無い。盲目的な人間とはこうも厄介なのかと、盛大にため息を吐きたいところ。
「メルベリ様が仰るなら、今はそうなのかもしれません。けれども、ますます輝かしい業績を得ていくメルベリ様を見て、周囲の人がそう思わないはずがありません。神楽ルカとメルベリ様は引き剥がさなくてはなりません。貴女様が、ただの人に堕ちる前に」
……言っても無駄か。
開かれた瞳はこちらを見ているようで、アタシの目に映った自分の理想を見ているだけに過ぎない。
「長話を失礼しました、メルベリ様」
「問題無いわ。……考えを改めるつもりは無いのね?」
「必要がありません」
「神楽と戦う事を辞めろと言っても?」
「その言葉は受け入れる事は出来ません」
ゆるゆると首を振る。
「それは残念だわ」
ゼン様ならわかるが、アタシに対してこういう事を考える子が出るもんなんだなーというのは奇妙な感覚だ。不思議と言ってもいい。いや、上手くガサツな本性を隠せている結果なんだろうけれど。
何かの切っ掛けで大きく思想が変わらないと、この先もなんだかんだでトラブルに巻き込まれそうな予感がひしひしする。
本性でも曝け出せば、期待を裏切れるのでは? と思うが、出来ればアタシの本性を曝け出すのは避けたい。
曝け出したところで改善されるのかもまだ不明だ。悪化することすらあるし、……理想を裏切った者の末路というのは、得てして悲惨な結末が待っているとも言うし。
何か、彼女が信じていた事が崩れるような手痛い出来事があれば。
そこまで考えてから、失礼します、と小さく声を上げて通り過ぎていく月影キンコには最後、聞いておきたい事が出来た。
「……神楽には勝てると思って?」
彼女がくるりと振り向く。
「負けるはずがありませんわ。メルベリ様を信じる事の強さが、そのまま私の力になりますから」
「そう――――なら、そう願っておくと良いわ」
そうして、アタシと月影キンコは別れた。
ということで、お久しぶりの月影キンコさんです。誰? となったので設定を掘り返してました。
次の更新は次の土曜日です。……何時も通りですね!
ブックマークや評価、ありがとうございます!




