第04話 学内のグループ
「失礼します」
二人して保健室に入ると、ちょっとした圧巻の光景。
想定していたよりもベッドの数が多い。というか部屋そのものが教室並みだ。天井は鉄道の線路を思い出すかのようにカーテンレールが縦横無尽に走っている。
扉を開いたまっすぐ奥には厳重な扉があり、治療室の文字が。
割と重症な子も出るという事がこの時点でわかる。基本的に魔法でどうにかするので、あの部屋に居られるのはどれくらいヤバいのかと想像してしまいそうだ。
この広い保健室から更に繋がる扉も見える。更に別室もあるのか。
きょろきょろしながらも、中に居た一人の先生の元へと向かう。
優しそうな黒眼鏡の人だ。
ええっと、何というか、大人向けライトノベルの男性モブキャラ……?
「やぁ。……新入生の子かな? 話は急ぎで聞いているよ。大変だったね」
大変失礼な事を考えている間に神楽と保険医との会話が進む。
慣れているのか、生徒に同様を見せまいとしているのか、襲撃事件があったというのに平然としている。
「びっくりしました……今後、どうなっちゃうんでしょうか……」
「ははは、まぁ割とあるからね、別に平常運転だから、気にしないでよ」
「はぁ……」
あるんだ。
はぁと言ったのは勿論アタシだ。そんなばっさり言われると怖いのだけれど。ははは、って表情をされても困る。魔獣との戦い方は本当にわからん。
若干の恐怖と呆れが入り交じった表情をしていると、金具の歪むキィという音とともに人が入ってくる音。
どすどすと聞こえてきて、ずいっと割り込んできたのは一人の男子学生だった。
「おい、保険医。傷が出来たから、よろしく」
……何がよろしくなんだ。
思わず睨み付けるが、こちらを一瞥もしない。
保険医の方も、ややめんどくさそうな顔になっている。
「この子達の後でね」
「……はぁ? 何で俺が新入生の後なんだよ? 上級生を先に見んのが常識だろ、オイ」
そういって手の甲を見せたが……本当にかすり傷じゃん。ウチのメインヒロインの腕でも捲って見せてやろうか。
「君の傷は、別にたいした物じゃない。それぐらいなら、かさぶたにもならずに自然と治るよ。それに、順番を守るのは普通の事だ」
「んだと!? 俺はファクトメンバーだぞ、保険医如きが「わかったね?」」
オラつき始めた生意気な男子学生に一瞬大人の表情を向けると、たじろぐ男子学生。
「……ッチ! ムカツク保険医だな! 覚えてろよ!」
という捨て台詞を残すと、またしてもどすどすと足音をさせて去って行った。典型的なクソガキである。
アタシと同じ、モブキャラであろう。さらばだ、名も無き上級生。
「……悪かったね。アレは、長く根付いたうちの悪い風習の一つだ」
乱暴に開かれた扉を残念そうに見ながら謝ってくる。
虎の威を借るなんとやら。借りている物は……。
「ファクトメンバー……」
「おや? 君は知ってるんだ」
意外そうな保険医の表情に思わず慌てて手を振る。
「あ、っと、その、入学する前に、ここの先輩から聞いたんです!」
「そうなんだ? まったく、彼らは困った物だよ」
深いため息から、本当に困っている事がわかる。
そうだね、作中でも彼らは困ったちゃんだったしね。ああぁいうわかりやすいのもいるし、周りを見下す輩もいる。
この先まったく関わり合う事も無いであろうアタシも思わずため息だ。
こんな状況下でも変に怯える事無く、少し悲しそうな表情をしていた神楽がこちらを見て不思議そうにしている。
「何なのでしょうか、彼は」
「君は、あまり知らないらしいね。……傷の方も手当を始めようか。大丈夫、これぐらいなら後も残らない。それに、僕は傷を残さない事に定評があるんだ」
服が汚れないよう、腕まくりは最初の確認時からしていたのでさっさと治療に入る。
消毒そのものは……そっちも魔法でやるんですね。
ちらりと棚に向ければ、棚にもガラス瓶に入った幾つもの容器が見えるが使わないらしい。
手をかざすとほんのりと青い光が漏れ始める。チェレンコフ光……ではなく普通に水魔法の光。
この世界の魔法は、特に意識的に制御しなければ、属性毎の色が魔法に滲み出る。
火なら赤、雷なら黄、風なら緑って具合に。
こうやって見ると……暗闇でも使えて便利だなぁという見当違いの思いを抱く。
「ファクトメンバー、というグループがあるんだ」
治療を続けながら、保険医はゆっくりと喋り出す。
「ヨルム王国内に古くから続く貴族達がいるだろう? 彼らとか、彼らの分家とか、そういう尊い血を持っている者達が集まってるんだ。真実の血を持つ我らこそが真のヨルム王国民、ってね」
尊い血。国の成り立ちから脈々と続く感じの貴族か。
ゲーム中では国の成り立ちとか、貴族がどんなのがいるかとか、深く掘り下げる事は無いので、そういう意味では新鮮な言葉だ。
アタシとは本当にまったく関係が無い。
ついでに言うと、メインヒロインの神楽もそういう血筋では無い。だが数奇な血を引いているのは確かだ。
「真に貴族たらんとする振る舞いを身につけるために、お互いが貴族たるかを見張り、切磋琢磨すべし……というのが、本当の当初の方針だったみたいだけど、今じゃこのザマだよ」
話の合間に、いったん清潔そうなタオルを取り出すと神楽の腕を部分的に拭いた。
すると、拭いた部分に関しては血が出ていたとは思えないほどの綺麗な肌が。
この世界の、水魔法を応用している医療魔法は、少なくとも物理的な損傷に関しては記憶の中の現代では太刀打ち出来ない。病気に関して言えば話は別だけれど。
即死じゃなければ助かるレベルの水魔法の使い手もいると言えば、この点では、この世界が如何に優れているかはこれ以上言うまでも無い。
「この学園が設立した当初からあるらしいし、最初がどうたったのかはさっきの方針以外は知らないがね」
「そうなんですか……。あの、ファクトメンバーみたいなグループは他にもあるんですか?」
「同じようなグループでは無いけれど、あるよ」
その言葉に、やや表情を曇らせる神楽。
それを見て、安心させるように微笑む。
「不安になることは無い。酷い所ばかりじゃないさ。今残ってるのは、あと四つ……いや、三つ。学園を自ら守るべく、学生主体で行動する太陽守護。あらくれ者達が集まり、力を誇示するアウトサイダー。最後に、香月院君が率いる月光騎士。主に勢力として残ってるのはこれぐらいだね」
普通に考えれば、あまり関わる事も無いが、神楽は彼らに巻き込まれる。
「香月院……香月院ゼンさん?」
見知った名前があったからだろう、神楽が不思議そうに声を上げる。
「そう。月光騎士は彼が入学してから出来たものだけど……彼に傾倒した人々が集まって自然と出来上がったグループが、いつの間にかそう呼ばれていたという感じだね。太陽守護があったから、月光という名がついたんじゃないかな?」
「香月院さんは凄い人だったんですね……」
「ゼン様は凄い人なのよ」
えへんとアタシが胸を張ると保険医が笑った。
「この学園における、"エンペラー"の称号を持つのは伊達じゃ無いよ」
「エンペラー?」
「あらゆる方面で、この学園で最も優れた人物を指す称号だね。該当しなければ該当者ゼロだった事もあるぐらい、難しい称号だ。通常は三年生が手に入れるのだけれど、彼は一年の半ばでそれを三年生からもぎ取った実力者だ」
当時は、一年と三年の対立は凄いものだったよ、という苦笑した保険医に、アタシとしては是非とも話を聞かせて欲しい。
そんな小話、ゲームでは無かったからそりゃもう是非とも!
だがそんな事などおくびにも出さずに返答をする。
「私にはあまり関係が無い人ですね」
「そうですね……」
「はは。まぁそうかもね。……はい、これで終わり」
「傷一つ無い……」
話している間に処置が終わったらしい。さっきの時点で殆どの傷は消えていたけれど、いまやすっかり元通りだ。
「本当綺麗。街だと、下手なのに結構高い値段なのよね……」
「この学園は怪我する人が多いからね、自然とうまくなるよ。僕以外の保険医もみんな上手さ。補助系を学ぶ学生が研修で来たりする事もあるけど、もしそのときは将来のためと思って協力してくれると嬉しいな」
「それは……また怪我をするかも、と?」
「まぁそうだね」
軽い肯定と共に、ふふふ、とアタシの言うことを静かに笑って流す保険医。
そんな中でもメインヒロインの神楽はぶれない。
「わかりました。……私も、こういう魔法に憧れますし、お手伝い出来る事があれば、全力でお手伝い致します」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
その時だった。校内の放送が入る。聞けば、学園長本人からだった。
本日の入学式は残念な結果になったこと、だがそれに負けないで欲しい感じの励ましの言葉の後は学園長は下がり、別の教師による今日の残りのスケジュールが告げられる。
残るは、クラス割り当てと寮希望者への割り当てだ。
アタシは寮希望であり、神楽も寮希望者だ。
神楽の方は原作と同じく、寮を希望する女子生徒人数の奇数番目が割り当てられて、相部屋を一人で使う事になるのだろう。
ちょっと羨ましいが、それはそれで楽しみ半減、寂しさもある。気の合う寮生なら、きっと一人より楽しいはずだから。
それに、同じ部屋の寮生ぐらいは素のアタシで話をしたい。
神楽と同じクラスになれれば面白いとは思うが、5クラスあるのだ、こればっかりは運頼み。
放送が途切れると、アタシたちは保険医へと向き直る。
「……という事みたいなので、私たちは振り分けを見に行きます」
「行ってらっしゃい。それと、入学おめでとう。これから3年間、よろしくね」
「「はい」」
その返事に満足した優しい保険医を残して、二人して保健室を去った。
次は土曜日です。前話、投稿して一日の間、第02話になっていたので第03話に直しました。びっくりした。