第31話 vsメリオトロイ先生
一度でも先生と対峙したものは、仲の良い友人達を誘って模擬戦をやりはじめたようだった。
ただ、何処にでもやんちゃはいるようで、何処まで耐えられる痛みになるのかと友達と試している男子達も居たが……ここで慣れてしまうと模擬戦の神殿外でやらかしそうで少しハラハラさせられる。
神楽の周りに居た子達も順繰りに呼ばれつつ、復調した神楽を含めて早速やり始めていた。
大なり小なりショックを受けていたみたいだけれど、今は友人の戦いを見ながらヤジを飛ばす程度には戻っていた。
そんな彼女らに視線を向ける。
「やっ! たぁ!」
「ぬお! なんとー!」
神楽は長月さんが振り回している剣に必死に合わせようとしている。
それに対して、神楽よりなお小柄な長月さんが剣に振り回されるように応戦する……が、声に反してお互いに完全に腰が引けている。
まずは、戦いなれることからがスタートラインだった。
もっとも、大部分の学生は見ている限りそうなのだろうけど。
いつの間にか、空間の中は金属のぶつかり合う甲高い音や笑い声や痛みに耐えるような声、気合いの声で溢れていた。
男子学生は思ったより真面目だ。光栄宮学園は大学のような場所なので年齢層はやや幅がありつつも、メリオトロイ先生の指導を受けた箇所を意識しつつ受け手と攻め手で別れているようだ。
アタシはというと、ぽつんとメリオトロイ先生の様子を見ていた。
中々呼ばれないなーという思いと、明らかに最後に回されてるんじゃないだろうかという両方の思いを抱きながら。
視線を戻した先、メリオトロイ先生が男子学生の剣を軽く上から押さえつけると、終了を宣言する。
「じゃぁ、以上かな。まずは体を動かす事から慣れるようにしてください」
「はぁ……! はぁ……! は、はい……!」
そしてアタシの予感は的中した。
今、アタシ以外の全てのクラスメイトへの指導が終わった。
アタシだけがぽつんと突っ立っていて手持ち無沙汰だったため、壁際に移動していたのだが、ようやくアタシの番のようだった。
授業の半分の時間を使ってクラスメイトに指導したメリオトロイ先生は、軽く呼吸が乱れていたようだったけれど、直ぐに落ち着いた様子になり、こちらを見た。
その視線に一瞬だけ、迷いが見えたような……。
とにかく、目が合ったのだからてくてくと向かう。視線が合ったらバトルするのは古のモンスターをゲットするゲームでもあるように当たり前の事だよね。
「さて――――。お待たせしましたね、メルベリさん」
「いえ、楽しく見させて頂きました」
「ふふ、それなら良かった」
「意図的に最後にされましたか?」
「そうですね」
あらまぁ。やっぱり。
そこで一度区切ると、他のクラスメイトを眺めながら言う。
「正直言うと、君に対人の指導がいらないと思っています。むしろ、君には模擬戦に関しては指導する側に回って貰う予定です。自身の技量を高めつつ、他の学生も高めて欲しい。君にはその実力がある」
「高評価、ありがとうございます。しかし、私は指導などしたことが無いのですが……」
指導とは、どういう事をやれば良いのだろうか?
前世で新人を教える事はあったけれども、剣はどう教えれば……。
悩んでいるアタシを見て軽く笑う。
「そう思い悩まなくても単純ですよ。ただ相手の力を受け止めるように戦ってくれるだけで良い。教師以外に、クラスメイトの全力を受け止めることが出来るのは君しかいません」
まだアタシは戦ったことが無いのに、まるで確定事項のように即答で告げてくる。
何処かでアタシの様子を見ていたのだろうか。魔獣と戦っていた時? でもあの時のアタシはゴブリン相手に下手くそな戦いを演じていたと思うのだけれど。
アレを見られていたと思うとちょっと内心照れるし、認めて頂けているならもっと特待生として頑張ろうという気力が出るもんだ。
「勿論、心配しなくとも、対魔獣向けの戦い方は指導する必要性があるとは思っています」
「それは助かりました。前回のゴブリン達の襲撃時は勝手が違いすぎてどうすれば良いのか、悩みましたので」
その言葉にぴくりと動きを止めるが、何が引っかかったのだろうか。
それについては言及することなく、続ける。
「――――話は戻しますが、今ここで対人の指導がいるのかという事に関しては不要だと思っています。が――――」
そう止めると、雰囲気が一気に変わった。次の瞬間には、目の前に居たのはメリオトロイ先生ではなく、ただ一人のメリオトロイが居た。
剣を垂直に構え、その汚れた刃に映る懐かしい何かを見るように、言う。
「――――私も、元はハンターとして魔獣を狩りながらも、同じハンター同士、実力を競い合った一人の剣士の端くれです。是非とも、手合わせ願いたく」
向こうの構えの様子にこちらも足を止める。
一度、静かに息を整え、自然体でありながらも準備万端の状態に仕上げて言う。
「――――メリオトロイ先生の、満足する結果を出せるよう、全力で参ります」
「胸を借りるよ、ありがとう。では……こちらから行かせて貰おうか――――ッ!」
後は言葉は不要とばかり、全力のダッシュを仕掛けてくる!
そういうのは男子学生が喜ぶんじゃ無いかな!? とも思わなくも無い。
ただ、戦闘が始まったとして五感の全てが研ぎ澄まされ、メリオトロイ先生に向けて一心にフォーカスが当たる。
今までの指導とはまるで違う、全身を可能な限り使った人を倒すための動き。しかしながら、見える動きからして本業はやはり対魔獣なのだろう。対人も熟してはいる、が……という感じかな、と思う。
この時点で、メリオトロイ先生とアタシの実力差をだいたい把握する。
ならフェイントは結構効きそうな予感がする。うん、直前で試してみよう。
それに、武器も普段と違うのかもしれない。動作の初手、手の握りの調整や肩に掛ける際の挙動、踏み込みにかすかな違和感があった。指導の時には使っていても、全力時は別の獲物を使っていそうだ。
低い姿勢で疾走してくる。
肩に掛けるようにして剣を構えているを見るに、一撃で仕留める動きとも見えるが……目を見る。
見開いた目つきは間違いなく学生に向ける顔では無いと思うけれど……あれは、当たり前のように二手三手は軽く読んでいそう。
あと数歩で、お互い剣の射程に入る。
そこに至るまでに、数秒、いや、秒もいかない――――。
今かな、と。
一歩、不意にオリヴィアは足を一歩踏み込んだ。
「シィィィィー!!」
気勢を込めた発声が耳を打つ。低い姿勢から勢いと体重に任せた、不利に見える振り下ろし。
が、込められた威力に嘘偽りは無いから、こちらも迎撃をする。
本来の女性なら無理だろうけれど、この世界特有の身体ステータスに物を言わせて防ぐ。
目の前に光る火花。メリオトロイ先生が対応する前に、受け止めるようにしながら自らの剣を垂直に立てる。火花を上げていた相手の刃が鍔へと急激に落ちていく。
「っぐ!」
「……!」
苦悶の声はメリオトロイ先生から聞こえる。口角が歪むのが見える。
思わずふふふと、内心決まった! と喝采を上げる。
メリオトロイ先生が仕掛けるジャストタイミングを不意の一歩で乱され、勢いが無かったことにされるように受け止められ、かつ全力で扱った事の無いだろう軽い剣が意図せず滑っていくのは、死を覚悟するぐらい恐ろしいに違いない。
まぁ、バリバリな対人で鍛えている人には間違いなく通じないのだろうけれど。
メリオトロイ先生はバランスを崩しつつあるが、そこはすぐに持ち直すと剣を瞬時に抜いてからの切り返し。
突きを警戒していたけれど、それならそれで対処は出来る。
初手の時点で分かっていたけれど、こと剣に関する実力はアタシの方が上回っている。
迫ってくる相手の切り返しを加速させるような叩き込みを加え、驚愕の表情をするメリオトロイ先生を尻目に、気持ちのんびりと、刃をメリオトロイ先生の首にそっと添える事で、決着とした。
お互いの動きが完全に凍る。どんな動きがあろうとも、こちらの先手は揺るぎない。
数秒、反応したのはメリオトロイ先生だった。
「……流石、だね」
荒い息をあげつつ、疲れ切った声が聞こえてくる。
それに合わせ、これ以上の警戒は不必要として解く。
そこでふっと周囲の音が戻ってくる。何だか対戦が始まる前より、少しだけ周囲が静かな気がする。
目の前には、息も絶え絶えで、方膝をついた状態で答えるメリオトロイ先生が居た。
対人の経験の差が極端に出た結果だ。
……振り返って思えば、担任にここまで圧倒的に勝つのは如何なものかと思うけれど、アタシはこの実力を見込まれて入学している以上、手心を加える事は出来なかった。
ならばと、凜として答える。
「特待生の矜持を守り、学園の期待にこれからも応えられるよう、尽力させて頂きますわ、メリオトロイ先生」
「ふふ……よろしく、頼むよ。オリヴィア・メルベリさん」
そういって汗だくになりながら、苦しくても笑みを浮かべようとしてくれるメリオトロイ先生は、やっぱり良い先生なのだろうと、素直にそう思った。
これもまた、ゲームでは描かれなかった一面なのだ。
アタシは、その隠し設定が知れた事が嬉しくて、そっと笑った。
次は次の土曜日です(いつも通り)。
主人公、女性型対人バーサーカーかな。でも見知らぬ魔獣と戦うとすぐにへっぽこになります。この先でその様子もうまく描ければなーとか思いつつ。
あと、明日11/22は文学フリマ三十一回東京に戦々恐々としながら友人と参加するのでお暇な方はどぞー。
【シ-18】サークル名:あいえすぜろに




