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第03話 軽い怪我

「話し合いは終わったか」

 

 後ろからかかる美声ボイス。

 振り向くと、シルバーなクール系眼鏡を付けたゼン様の姿。

 あれだけ派手に動いたのに、服に乱れらしきものは無い。

 

「あの、助けて頂いてありがとうございましゅた!」

 

 やや噛みながら返事をすれば、その水色の瞳がついっとこちらを見た――――と思った瞬間にはメインヒロインの神楽へと移る。


「問題無い。――――そちらの彼女は?」

 

 まぁそうだよねー。所詮モブにはこんなものである。

 前半の問いかけと後半の問いかけの、声の落差が凄い。

 アタシが見たかったのはメインヒロインに心から惹かれていくゼン様の姿なのでまぁ別にいいのだが。さっと後ろに居た神楽を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます。その、初めまして」

「――――初めまして、か」

「? あの、何処かで……」


 く、と口を噛みしめる。噛みしめたのはゼン様ではない。アタシだ。

 ああー、切ない! 知っていると切ないシーン!

 ゼン様の眉間が一瞬ゆがんだけれど、あれは一瞬だけ深い悲しみに生まれたからに違いない!

 

 ゼン様は小さい頃のメインヒロインと出会ってるし、何なら会話もしてるし、もっと突っ込めば魔獣に襲われたメインヒロインを小さいながらも必死にその背中にかばい、ショタ全力全開なお姿でも真に騎士たらんと立ち向かった過去がある。

 のだけれど、メインヒロインは覚えていないというシチュエーションなのだ。

 もしここにハンカチがあったら、アタシはハンカチを食いしばってしまう。

 確かスカートのポケットにハンカチがあったような……。


 そんなアホみたいな事をごそごそやってるアタシを差し置いて、イケメンと美少女のシナリオは進む。

 いや、絵になるね。この二人。そりゃスチルにもなりますって。

 

「いや、すまない。オレの名は、香月院ゼン。二年だ。君と同じ、ヨルム王国の生まれだ」

「わぁ、そうなんですね。ありがとうございます、香月院さん。私は神楽ルカと言います」 

「オレの事はゼンでいい」

「ゼン、さん?」

「っ……」


 眼鏡を抑えて照れるシーンktkr!

 どうでも良いけれど、この時点でも割とゼン様は動揺していて、メインヒロインの神楽の名前を聞く前に同じ国と言っちゃう。

 名前で何処の生まれかをある程度推測出来るのに、名前を聞く前から知っている――――一応これもゲーム上では、この時点で神楽の名前を知ってたんだイコール、もっと前から知ってるって事だよね? と感づけるシーンでもある。

 

 なお、アタシは気づかなかった。眼鏡ゼン様スチルで恍惚な状態だったからだ。

 

 と、アホな事を考えていた次の瞬間である。

 

「痛ッ!」


 腕を押さえるメインヒロインに、慌てて寄る。

 確か、ゲームのイベントでも怪我して保健室に向かうイベントがあったけれど、軽傷だったはず。


「大丈夫?」

「うん……」

「怪我をしているのか!?」

 

 断りを入れてからそっと抑えている方の袖を捲る。

 広範囲に擦ったように肌に残る跡と、滲み出る血。これは相当痛いだろう。

 ……原作だと、もうちょっと範囲が狭かったような気がする。

 押し倒した時、倒れ方が悪かったのに加えて、アタシの体重がのってしまったのだろうか。

 怪我をするという事象は変わらないけれど、その度合いは変わったりするものなのか。

 現時点で、アタシという差異があってもゲームに即した展開にはなっているとはいえ、流石にそんな細かい所までの修正力は無い、と考えるべきか。


「ごめん、神楽さん。私が何も考えずに押し倒した所為で」

「ううん。メルベリさんがいなかったら、私はもっと大きく怪我してたと思う。これぐらいは大丈夫です」


 痛々しい表情も一瞬だけで、そこからはすぐに何でも無いような笑顔になる神楽。痛みは間違いなくあるはずなのに、心配させまいと強がる。

 やっぱり、『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』の主人公だけあると息を飲む。

 自分の事よりも真に他人を思い遣るその献身的な姿に、何度も心を掴まれた物だが、ここでもその片鱗が既に見える。

 

「保健室へと向かうべきだ」

「でも、これぐらいは……」 

「跡になるときっと困るわ、神楽」

「そこの君、保健室はわかるか?」


 その視線の先はアタシである。名前すら聞かれていない。

 保健室の場所? 無論知っている。この世界を堪能するために、無駄に学園内を散歩したのでバッチリだ。入学式前なのに散歩する輩はそうはいないだろう。

 

「分かります」


 力強く頷くと、このモブ新入生をゼン様は信じてくれたようだった。

 

「案内を頼んだ。……いや、いっそのことオレが「香月院様!」――――すまない、何でも無い」


 走ってきた、何処かゼン様の服に似ている服を着ている男子学生に向き直るゼン様。

 その後、こちらを一瞬だけ見て催促されたので、二人してうなずく。

 

「行きましょうか」

「はい」


 出入り口には、まだ移動中の生徒達と、声を上げている教師達がいた。

 既に戦闘は終了しているが、魔物の掃除を考えると今日はもう無理だろう。

 遠くに、倒れている学生が見えた。あれは……最初に襲われた子だろうか。

 ……一瞬、死んでいるのかと思ったが、先生が青白い光を放つ手をかざすと、痛そうに手を上げたのでほっとする。

 どうでもいいけれど個人的に気になるのは、ゲーム中だと講堂が壊れても何故かすぐ使えるようになっていたのだけれど、このあと突貫工事でもするんだろうか。

 

 声を上げている教師は、後ほど広域拡声器にて連絡があるという内容を伝えている。

 出る際、医務室に向かいますと伝え、怪我の事を話すと痛ましそうな顔をしてくれたので良い教師だと思いながら、講堂を後にした。



 二人してとぼとぼとと廊下を歩く。

 廊下一つとっても、ここは美術館かと思う感じの贅沢さ。儲かっているのだろうとかつての大人の部分がげへへと顔を出す。

 

 それはそれとして、会話が無いと空気が辛い。アタシが辛い。主人公という極大な存在と無言で歩くというのが。

 慣れていない、まだ知り合って数時間も経っていないというか、一時間も経っていないだから当然と言えば当然なのだが。

 

「入学式、大変な事になっちゃったね」


 話しかけてちらりと横を見れば、何処かうつむき加減で歩いている。

 まぁ、こんな事があっちゃねぇ。 

 

「はい。誰も重い怪我をしてないといいですね……」

「出るとき遠目に見ましたが、最初に襲われたと思わしき子は無事でしたよ」

「本当ですか? それは良かった」


 そういってほっとする姿は、真剣に他者の身を案じる姿そのものだ。

 

「あの時はごめんなさい、変な突き飛ばし方をしちゃって」


 そう言うと、謝らないでくださいと、片手をぱたぱたと振るようにして返答してくる。

 

「いえ、本当に助かったと思ってます。凄いんですね、メルベリさん。あの時、咄嗟に動けて。……私、全然周囲の事が見えて無くて、あの、ありがとうございました」

「無我夢中だったから、そんなよしてよ」


 思わず、素の自分が出るほど照れてしまう。

 こんな会話シーン、ゲームには無かったから心の準備が!

 頬が引きつりそう。ここに来るまでは笑顔なんて作らなかったし!

 

「それでも、ありがとうございます」


 そうにっこりと微笑まれると、こちらとしてはもう何も言うまい。

 とりあえず愛想笑いで返すが、神楽の笑顔は純真無垢100%という感じで輝いている。

 あの素晴らしきイケメンズが落とされるのも無理は無い。


 幾ばくも歩かないうちに、保健室と書かれた扉に辿り着く。

 保健室、微妙に大きく感じる。反対側の扉まで妙に距離が長い。

 

「ここだね」


 それに、担架で運ばれる人も余裕で入りそうな程の両開き扉。

 完全に、学校で用意する保健室の規模じゃない。

 

 とりあえず片側をノックすると、はい、という優しそうな男性の声。

 二人で目配せをすると、扉をゆっくりと開いた。

次回は水曜日です。

どうでもいいのですが、原作ゲーム主人公と本作主人公の名前を書き間違えたりして見返して慌てて書き直す、がなんどか……。

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