第243話 万事休す
未だ相手の姿はハッキリと確認できない距離にいる。
フード付のマントのようなものを被っているように見えて、体格すらも定かでは無い。
広い焼け野原にぽつねんと立つ一人の人間。
身元は分からない――――だが。
「っく!」
走り続ける。
目を焼くような赤い閃光が、直線上の物質を灰燼へと帰していく。
呆れるほどの高火力。
こんな事が出来る芸当の持ち主、しかも火属性となれば、自分のゲーム知識内でただ一人だけ。
対象がハッキリとわからない今だって誰が相手かわかる。
「ここで学園長かぁ……!」
相手は間違い無く光栄宮学園の学園長、童子テレンティア。
物語が始まる前から洗脳されているという話しなんだから、敵対している事自体はわかるけれど、このタイミングでか。
「神楽を攫う最後のタイミングって考えたってこと……!?」
まさしく切り札だろう。
神楽の遺伝魔法さえ手に入れば後の手駒はどうとでもなるとでも考えているのだろうか。
相手は火魔法のスペシャリストであり、神楽以外の遺伝魔法の持ち主でもある。
遺伝魔法は、既存の魔法体系からは外れた異常現象を引き起こす魔法。
基本的な魔法は属性魔法と呼ばれて、火、水、雷、風がある。
火は火を生み、水は体質に左右でき、雷は放電現象を引き起こし、風は人を吹き飛ばす突風を巻き起こす。これらは基礎的な話で、ゼン様のように水魔法の運用を極めれば氷として扱えるような応用性もある。
それらの基本魔法は、確かに対群体に使える代物だが、まだ引き起こされる事象は十分個人レベルの現象に収まるが、遺伝魔法が引き起こす現象は非常識な物ばかりである。
今はもう無いらしいが、かつては島を一つ浮上させるなんていう逸話が残っている時点で反則具合やデタラメさがよくわかる。
かといって、遺伝魔法がどれもこれも見た目がド派手なものばかりではない。
学園長である童子テレンティアの遺伝魔法はシンプルだ。
魔法の範囲強化であると記憶している。
過去にあった遺伝魔法の能力からすると恐ろしく地味だが、ただの蝋燭サイズの炎でさえ、学園の大きな講堂を軽く焼き払ってお釣りが来る規模のものになる。
範囲強化……そのはずだが。
「範囲強化ぁ……!? これが!?」
ある程度ジグザグに走り続ける自身を、熱風が過ぎ去っていく。
学園長から魔法が放たれる度に空間が瞬間的に赤く染め上がる。
範囲強化の運用の結果があの"ビーム砲“モドキの熱線とも火線ともいうべき攻撃なのだろう。
本来持っていた面攻撃特性。
フォーカスを絞るかのように収束したのだろう。
嫌がらせのように石を拾ってはメイスで撃ちだしたが、届く前に炎の壁が吹き上がって一瞬で防がれる。
石一つに過剰火力に過ぎるだろう。
ゲームの設定では、学園長がどれくらい継続して戦えるのかは不明だ。
逃げ続けても勝機は薄い。
別に戦う事はメインではなく、迂回しようと試みるわけだが……。
「横なぎは止めて!」
進行方法に熱線を鞭のように放たれる。向きを変えて走り続けるしかない。
徐々に近づいてはいるものの、あまり良い結果になる未来も見えない。
十分近づいたとなれば、そうなれば今度こそ面での制圧が来る。
そうなったら焼かれておしまいだ。
徹底的に近接戦闘能力しかない自分では、対遠距離戦は不利どころの話では無い。
こちらには面を防ぐ能力は無い。
元々持っていた、対ゼン様向けに見繕っていた対魔法の魔道具は悉くが自壊している。
あっちは時間稼ぎさえすれば勝ちなんだろう。
一体どうすれば。
悩みに落ちたその一瞬。
今までの攻撃パターンと違う、三つの熱線がやや細く飛んで来た――――自分の左右、数秒遅れて頭上を挟むように。
空気がゴウと震える。
「やば」
一気に上がる気温。
これは――――詰んだのではないか。
ワンチャン、でこぼこした地面に身を隠すか考えたが、伏せた上からじゅっと焼かれる未来しか見えない。
持っている武器で吹き飛ばせないかも一瞬考えたが、赤熱してやはり焼かれるのがオチだ。
ダメか。
狭まる三本の熱線を見据えて、思わず叫ぶ。
「ルカ……!」
その瞬間だった。
空間を引き裂くように、黄金の光がジグザグに宙を走る。光の先には熱線があり、バチバチという音が周辺に鳴り響くと同時、熱線はぐにゃりと歪んで雲散霧消し、ちりぢりに消えていく。
魔法攻撃が干渉した……?
はっとして背後を見据える。
地を駆けてくる二人の姿が見えた。
慣れ親しんだ男女の二人組。
男性の身長は小柄で、金色の髪がよく目立つ。
「――――一人で行きすぎでしょ、流石に」
「お姉様! ご無事ですか!?」
傍まで駆けてきた二人は、フィオとピィラだった。
二週間ペースになってる……! 次の更新は引き続き一週間以内の土曜・日曜目標です。
追記)つ、次の土・日で……!




