第239話 狂気の女
モブキャラ視点です
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side - 護衛の男
うちの御大将と会話を交わしたあと、滑るようにこちら側に飛び込んできたのは、まだ子供と呼べるほどの年齢の女子だ。
服装こそ辺りの開拓者と変わらないが、身に纏っている雰囲気には学がある。
そんな女がレイピアを片手に、うちの御大将目掛けて真っ直ぐ飛び込んできたのは度肝を抜かれた。
場に居た全員が虚を突かれていたと思う。
だがこちらも、ただ指をくわえて見ているわけにはいかない。
腰の重たい連中を尻目に飛び出した。
魔森林という、頭のネジが飛んでなければ足を踏み入れない魔境に入ったのは金のためだ。護衛に手を抜く気は無い。この護衛は大層金になる仕事である。
伸びてきたレイピアを、重たい一撃で叩き折るかのように弾いた。
だが、驚くほど感触が軽い。
力を抜いて、威力を流していなす――――子供とは思えない熟練の技だった。
「お前も光栄宮学園とかいう学園の生徒かっ」
「それがどうか致しまして?」
森の空気が鼻腔にまとわりつく。
木々の間を吹き抜ける風が両者を通り抜けた後、再び刃を交わした。
「女子供は黙って街に引っ込んでろ、よ!」
「っ」
剣とレイピアが絡み合う。
突きを捌くのは難しい。やはり突きの速度は尋常では無いのだ。
何度も、分厚い防具部分に救われていた。無ければ今頃針の穴だらけになっていただろう。防具が鉄だったならもっと良かったのだが。
空いた隙間を狙うようなやり方が、逆に防御をやりやすくもさせる。その結果が分厚い防具への刺突なのだが。
レイピアを見れば新品ピカピカの新米開拓者のようではなく、傷つき、汚れた、幾度も実践を経験した跡が残っていた。
剣先は刃が研がれているようで、ただ突くだけの装備では無いようだ。
蝶のようにひらりと舞う剣先。
視線を逸らした一瞬の隙を狙って、撫で斬るように胸を掠められる。
革製の防具に一本、綺麗な裂け目が刻まれた。
どこの学園も生徒というのは実力が高いもんだと聞くが、相対してみると光栄宮学園はピカイチである。
手数と速度、精密さは本物だ。
この国で一番と噂される光栄宮学園、なるほど伊達では無いようだ。
うちの御大将はともかくとして、やたら対人慣れしたスタイルは正直押され気味だ。
「チィ!」
ちらりと後ろを見れば、御大将は情けなく腰を抜かしたように後ずさっている。
金払いが良いだけの坊ちゃんはこれだから困ると愚痴のような舌打ち。
それを見て、相手は飛び込もうとするが、剣を置けば、流石に思いとどまった。
視野狭窄になっているかと思えばよく見ている。
同じ学園の生徒でも、どうせ真面目に勉強をしていなかったのだろうというのがよくわかるものだ。戦場ではただの荷物だ。
とはいえ、何度もよそ見をしている場合ではない。撫できられて果物のように皮膚がむけてしまう。
相手の一撃にそこそこ殺意があるのもタチが悪い。
殺し合いの場に学生が踏み入ってくるなど常軌を逸している。
向けられる気配は憎悪か。
前口上からして、うちの御大将と因縁があるのだろう。
「っく!」
「その程度でして!?」
何度も防御を重ねるうち、じわじわと削られていく。
技量の高い刺突剣はこうも厄介なのかと思わされる。
俺とレイピア女の間に仲間が間に入ってきてくれたが、その間に魔獣達が動き出した。
誰かがようやく動かしたらしい。
「これで二体二になった……!」
「加勢なんていらないわっ!」
厄介な女が追加された。
苦虫を潰したかのように顔をゆがめる。
連携はそれほどでも無いが、戦い方は似てる。つまり厄介な熟練者だ。
近頃の学生はここまでやれるのかと何度目かの思いが過る。
魔獣は今ここで全軍攻撃を仕掛ける事は流石にしないだろう。
同士討ちが発生する。
御大将が切り札を使うかと気を揉んだが――――。
この場所を、連れている魔獣もろとも焼け野原にするのは些か強引過ぎたのか、思いとどまったらしい。
後ろを見やると、何やら部下と問答して怒鳴っている。
奥に居る男は出ないようだが……どうやら早々と撤退するようだ。
やや押されているように見えても、このまま放っておけば魔獣の数の差で押すことは出来るが、足止めを喰らう事自体が不愉快か。
「殺意マシマシになるなって……!」
「アナタに用はありませんわっ! この奥へと通しなさいっ!」
「やな……こった!」
「っ!?」
足下から湿った土を思いっきり蹴り上げる。
小石と枯れ葉が舞い、視界を奪う。
目に砂が入ることを嫌って閉じた瞬間に踏み込もうと思ったが、見えているかのように、レイピアの先から炎がぱっと弾けた。
湿った空気を裂く一閃。
赤い火花が宙を走る。
「っく! 魔法まで使えるのか!」
アイツらは高位の学生なのか!
心底舌打ちした。
撤退は正解だ。
更新がのびのびてて困る……。
とはいえ、次の更新は木曜日を狙えればと思ってます。




