第22話 食堂で着火する
神楽ルカ視点です。
side - 神楽ルカ
食事に誘われて、食堂で券を買って料理を待つまでの間がこんなに騒がしかったのは生まれて初めてだったかもしれないと思った。
今も、4人全員がトレイを持ったのを確認した後、
「ルカ! 食堂のあそこに座ろう! あそこなら四人座れるよ! 早く早く!」
と、長月トオコさん――お団子ヘアの子だ――が、食堂の中、他の学生とぶつからないようにすいすいと歩く。
長いテーブル席の間は、二人がギリギリ通れるくらいの隙間はあるが、それでもあの速度で通り抜けられる自信は自分には無い。
トオコさんの手には、不安定にガタガタ揺れるトレイがあり、食器の中でスープが大きく円を描く様子にハラハラとさせられてしまう。
私自身も同じくサラダとスープのセットの為、急ぐことも難しい。
と、その様子に待てと声を掛けたのはショートカットの女性、リーシェ=マリアンネだ。
「ちょっと、そう急かないのって、よく言ってるでしょ! ルカっち、ちょっと待っててね! こら、トオコ! ――おい待てって!」
「あの、そう急がなくても、カウンターから遠くの方なら席が空いてるのでは……」
そう呼びかける声は、周りの雑音に消されて容易く消えていく。
あれでは席に着いた時には二人ともトレイの上にスープが零れていてもおかしくは無い。
「ごめんね、神楽さん。一度、こういう風に時間を貰ってお話をしてみたいと思っていたのだけれど……」
と、申し訳無いという気持ちを声に込めて話し掛けてくるのは隣に並んだクラリッサ=ニコリッチだった。
見れば、困った物だという表情で離れつつある彼女達を見ている。
「楽しそうな人達で羨ましいです」
「そう? 神楽さんにそういってくれると助かるかも。普段から三人で行動しているけれど、時折静かになりたいと思う時もあるんだよね」
「あと、私のことはルカと呼んでくださって結構ですよ? クラリッサさん」
あ……という顔をして固まるクラリッサさん。
実は、ここに来る道すがら、トオコさんの提案によって全員ファーストネーム呼びするように決まっていた。
「えーっと、じゃあルカ……さん?」
「何ですか? クラリッサさん」
「……なんか照れますね」
「ふふ」
お互いに少しだけ照れがありながらも歩みを進める。
お団子ヘアの長月トオコ、ショートカットヘアのマリアンネ=リーシェ、ポニーテールのクラリッサ=ニコリッチ。確かに、クラス内で見かける時はだいたいこの三人が一緒に過ごしている所ばかりな気がする。
そこで思い出すのは授業中の短い休み時間の合間の事だ。
時折、クラリッサさんとは、授業の内容だとか、昨日は何が楽しかっただとか、他愛も無い事を話しているが、
「そういえば、私とクラリッサさんが話してる時に、あの二人が混ざって来たことが無いような気がします」
疑問を零せば、くつくつと笑う。
「それこそ、私が静かになりたいから来ないでよ! って念を押してるからですね」
「そうなんですか!?」
「ほら、あの二人と居ると、どうしても場がかき乱されちゃうから。神楽さん……じゃない、ルカさんに迷惑かなって」
「別にそんな事は無いので、今度はご一緒して貰いましょう」
「ふふ、ありがとう。でも、出来れば秘密にしておきたいわ。静かにお話したいもの」
「ホラ、二人とも! 確保した! ここね!」
ほんの先に、手をぶんぶんとふるトオコさんの姿。その隣にいるマリアンネも元気そうに手を振っている。
記憶違いでなければ、トオコさんを止める為に向かったのだと思っていたのだけれど……。
「あの子は……トオコを止める為に先にいったんじゃないの……」
苦々しい表情で首を振るクラリッサさんの姿が目に入る。
お互いに顔を見合わせると、「止めに行ったんですよね?」「そのはずなんですけどね……」と笑うと、ほんの少しだけ足を速めて席へと向かった。
席に着いてから、会話が途切れる様子が無い。
といっても、殆どがトオコとマリアンネの二人の会話だった。
「それで? クラリッサ……あっと、ルカ、クラリッサはニコリッチの名前ね?」
「あ、はい。知っています」
「おおー。知っていたか」
「いや、食堂に来る前に全員の名前を紹介しただろ」
「そういえばそうだった! でも私がクラリッサの名前を知ったのは後だよ?」
「それはトオコがクラリッサの名前を覚えてなかっただけだろ!」
隣の席にいるマリアンネさんとトオコさんが仲良く言い争う。
席に着いてから万事こんな調子だった。
言い争いながらも着実にお互いがご飯を食べているのを見ると、何時もの事なのだろうと思う。
「ね? 偶には静かになりたいと思わないかな?」
そんな二人を見ていたことに気がつくと、同意を取るかのようにクラリッサさんが話し書けてくる。
勿論、声量は普通なので、「見捨てないでよクラリッサ! 見捨てるのはマリアンネだけでいいからさ!」「何で私になるのよ!」と一時脱線して話し掛けてくるも、即座にお互いの会話に復帰していく様は、誰が見ても仲良し三人組といった様子だ。
「仲が良いのは良いことです」
「……私も、ルカみたいに懐が広ければなぁ……」
はぁとため息を吐く姿が、一瞬だけとても使われた研究員のように見えたので、神楽は慌てて首を振ってその想像をかき消した。
「仲が良いといえば、メルベリさんと親しいですよね? 隣の彼女達みたいな喧嘩ってするの?」
「いえ、そんな! 喧嘩なんてしないですよ」
「まぁ、確かにメルベリさんがケンカ腰で、ルカが怒り調子だなんて、想像が付かないかも」
「……オリヴィアさんは、本当に素敵な方ですから。あの静かな佇まいと凜とした姿は、私も真似して行きたいと思っていますが、失敗ばかりで」
それにと、内心付け加える。
自室では気の抜いた姿を見せてくれている。
あれは私とオリヴィアさんだけの秘密だ。あの気の抜いた姿を見せてくれるのは自分だけだと、そう自惚れてしまいそうになって、気を引き締める。
「へぇ? ルカが失敗って、どんなのかな?」
「実は、夜にオリヴィアさんとお話しようと思っていたんですが、訓練で疲れてしまってソファで眠ってしまいまして……」
「メルベリさん、寮生活って言ってたっけ。じゃぁ、ルカはメルベリさんの部屋で待ってったってこと?」
「いえ、私はオリヴィアさんと同室なんです」
数瞬、クラリッサが目を瞬いたかと思った直後、
「……え!? そうなの!?」
静かに、しかし確実に驚いた表情を見せる。後ろのポニーテールも左右に大きく揺れている。
だからか、と小さく呟くと、少しだけ眉間に眉を寄せたようだった。
合わせて、後ろの人が椅子をずらしたような音がした。
「はい。そして、恥ずかしい事なんですが……」
話そうとして昨夜の失態を思い出す。
オリヴィアさんに運ばれていく姿を想像すると、顔に熱が集まってしまう。
運ばれている時にどうして起きられなかったのかと、朝に自問自答したりもした。
きっと、優しい手つきで運んでくださったのだろう。
「ソファからベッドまで、オリヴィアさんに運ばれてしまったらしく……お疲れなのはオリヴィアさんも一緒なのに、私はなんてご迷惑を……」
と言った直後だった。ガタンという椅子が床を激しく擦れる音と共に、
「ちょっと。今、なんておっしゃいました?」
――――背後から、見知らぬ女子生徒の声がした。
次は土曜更新です。
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