第209話 その理由は?
「……」
フィオが出て行った扉をしかめっ面で見ていると、むに、という感触が頬に来る。
「そういう表情は、昔はよく見ましたね」
小さな声と、柔らかい指の感触。
すっと離れたその感触を追いかけるように下を見ると、さっきまでうとうとしていたピィラが、顔だけあげて鋭くこちらを見ている。
眠気があったとは微塵も感じさせない目だ。
「――――今すぐでも向かいますか?」
「んー」
正直迷う。
とはいえ、原作の展開を思い返しても、能力が不足したまま前線近くに神楽が放り込まれるような描写は無かったと思う。
正確に言えばあるのだろうが……その描写が訪れる前にバッドエンドでルートが終わっている記憶がある。
少しだけ唸り声を続けて、指輪型の魔道具が入っている丈夫なケースを見て、うんと頷いてから口を開いた。
「……いかなくても大丈夫。ぐっと時間が短縮出来るわけじゃないし、ここで急いで、トラブルを起こしてしまうような事態が発生する方が怖い。急いだ結果、この魔道具が失われたら、それこそ元も子もない。これは絶対に失ってはいけない」
「そうですか」
頷きつつ、魔道具が絶対に必要という下りはやや不思議そうだ。
恐らく、この指輪をフィオが固執するならわかるが、アタシが固執している点に納得がいっていないのだろう。
十中八九、この魔道具一つで何も解決しないと思っているんじゃないだろうか。
アタシだって知らなかったらそう思う。効果自体もそう大きなものではない。
このそもそも、この指輪の目的は、神楽がフィオ陣営である事を知らしめるための策で使われる目的で手渡されている。
この魔道具の有無でヨルム王国の消失が左右されるなどと本気で思っているのはアタシだけだ。
ケースから視線を切って続ける。
「それにゼン様がいるなら、何も問題はないと思う。あの方に限って言えば、神楽に対して、何か危害が加わる事が起きても全て防ぐだろうし。そもそも危険に近づけない、とは想うけど……」
言ったは良いが言い淀む。報告とあり方が食い違っている感が強い。
「なら、今回、神楽さんを連れて前線へと向かった理由は何なのでしょうか。それほど、神楽さんの能力は強力だったので欲が出たのでしょうか?」
「そんな事は無いと思うけど」
ゼン様は、力に溺れて軽々しく動くような人では無いのでそれは間違い無く違う。
「収集された情報が誤報では無いとしたら、……やはり香月院の判断ミスが起こったかのように思えますが……」
「まぁ……らしくないと言えばそうだけど……」
あのゼン様が神楽を連れて積極的に前線へ向かうのは確かにらしくないと思うが……。
別の方面から考えてみると……。
「あ」
「?」
そのまま、思わずあーという間延びした声が零れた。
ありえる。
その可能性は十分にありうる。
「何か思い当たる節でも?」
「うん。確かにゼン様ならそういう事はしないだろうけれど……神楽が、何らかの理由で強行したというなら……それはありえる、かなって」
「そうなのですか? それも……香月院としてはらしくないような気がするのですが……」
香月院という家から見たらそうだろうし、元々頂点に立つという仕草が似合っていた人だ、一人のか弱い女性に対してそれほど態度を変えるとは……思えないのだろう。
ゼン様から神楽への執着はとても強い。
「もし神楽が遊び半分でも無く、強い気持ちを持って、真っ向からゼン様に意見したとしたら、多分通るよ」
相手を強く想うからこそ、その意見を一蹴する事はないはずだ。
神楽も神楽で、自身の想いをそう簡単にへし折るような子では無い。
伊達に主人公をやっていないのだ、彼女は。
「神楽が危険になるという状況は、この場合、自分が居るからそこは大丈夫だと考えるぐらいの自負はあるだろうしね」
「惚れた弱み、男の甲斐性、という奴ですね」
「……そうなんだろうけど」
その結論は如何なものか。
いや、これほど当を得ている言葉も無いか。
ピィラが、まぁひとまず納得出来そうです、という顔をして直ぐに眠そうな顔をした。
話は終わりだという事だろう。
アタシとしてももやもやの整理が出来たので助かった。
次の投稿目標は引き続き土曜か日曜深夜です。よろしくお願いします!




