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第21話 そうじゃない

 カウンターで飲み物とサンドイッチを注文して脇で待つ。

 この辺りのシステムと、今見ている光景だけを切り取れば、前世の光景に限りなく近い。視界に入る人々の服装が全てコスプレのような状態になっているけれど。

 脳内で『ここはコスプレ会場に併設されたカフェ』とでも思えば前世の世界だと思い込めるかもしれない。


「いや、アタシには無理だそんな想像……」


 流石に無茶がある。

 しかし、本当にかつての世界にそっくりに見える。

 見渡す限り、言葉の違いや素材の違いはあるにせよ、驚く程似通った見た目をしている。

 ゲームである『Diamondに恋をする ~ユア・ベスト・パートナー~』を再現している世界ではあるが、便利上設けられたと思われる世界観設定がそのまま登場するのは何となく不思議……と思ったけれど、そもそも転生している以上に不思議な事は存在しないと納得する。

 ただ、哀愁の念を覚える瞬間が、様々な施設を見ると時々出てくるのでちょっとだけそこが辛いかもしれない。

 ファンタージな世界ではある。しかし、ファンタジーの世界に染まりきれないほど、この世界には前世の光景が多すぎる。

 

「はいっ、ご注文お待たせしましたっ!」

「ありがとうございます」


 カウンターに置かれるトレイ。そこには見紛う事無くコーヒーがある。それとサンドイッチが2個。

 コーヒーは、学生向けというよりは主に研究者向けに置いてある気がする。

 自分向けの注文を待ちながら他の女子学生のメニューを見ているとそう思う。

 そのトレイを置いたのは、笑顔の少女だ。忙しさを象徴するような汗が見えるけれども、爽やかそうなワンサイドアップな髪型な子だ。そばかすがあって愛嬌もある。

 が、そのままカウンターに居座る必要も無いのでトレイを手に取って席に戻る。

 少女も忙しそうに奥へと消えていった。


 席に戻ると、顔を両手で軽く叩いてブツブツ呟いているクラウゼがおり、一瞬足を止めたのは秘密だ。


「今日は寝不足なの?」

「あ、いえ、その……なんでもないです」

「そう?」


 向こうがちびちびと飲み物を読み始めたのを見ながら、軽く食事を頂く。

 サンドイッチに関しては至って普通のレタスと肉を挟んだ甘辛いものだ。恐らく名前は違うのかもしれないが、野菜はもうレタスで良いだろう。一方のお肉も普通に畜産業で生まれたお肉だ。魔獣の肉は確かに流通しているが、割と高値が付く。それだけ入手性が悪いという事だろう。

 なお、ゴブリンなどの低級な物はそもそも味としてダメで流通していないらしい。先ほどまでやっていた魔獣の生態系に関する授業で、氷のエレメントは素材の味が良いのです、と言っていたけれどアレは何だったのだろう。氷をかみ砕くイメージしか湧いてこない。


「――――うん」

 

 コーヒーも流し込めんで視線をまだうつむき加減の少女から外に向ければ、思っている以上にリラックス出来る。

 たぶん、最後の社会人時代、昼休みに仕事中の気を抜くため、静かな場所でこうやって好きな飲み物を飲んでいたのを少しだけ思い出したかもしれない。

 ざわめき、メニュー構成、お店の校正、大きな窓から見える空。

 窓の外には、前の世界と寸分変らない青空が目一杯広がっていた。

 そこにはかつて失い、二度と手に入らないと思っていた光景がある。

 ゲームがある種の現実世界準拠に近いと、こういう感慨を得る機会があるのか。

 

 周囲に学生はいるものの、アタシもクラウゼも喋らない、静かな時間が続く。

 神楽のイジメが消え去った事実も確認が出来たため、要件事態は完全に消化出来た。昼休みには限界もあるため、切り上げるなら今ぐらいだろうか。

 今なら、クラウゼも教室に戻って改めてゆったり出来る時間が少しはあると思う。

 そして、存外外に意識を向けすぎたと前に視線を戻せば、クラウゼを見てみれば、こちらを見ていたようでバッチリと視線があってしまった。


「ごめんなさい、外ばかり眺めてしまって」

「いえ、構いません。物思いに耽っているオリヴィアお姉様を眺めるのは、普段と違った驚きがあって良かったですから」

「そ、そう?」

 

 この子は思ったよりよくわからない。

 そう思ったと同時、クラウゼがその、と小さく口を開く。


「神楽さんへの、格好いい男子生徒を侍らせる件でのイジメは無くなりました」

「率直な事件ね……」


 間違っては無いが。


「でもですね、実は……」

「実は……?」


 そういって目をそらす。

 まさか、イジメは実は起きているのか!?

 と思ってしまうが、クラウゼの表情は今までと違う。

 今までの罪悪感のある表情では無いのだが、何というかこう、『私も分かるんですけど……』というような、形容しがたい思いを呟こうとしている表情だ。

 

「……イジメ……では無いと思うんですが……」

「が?」


 じっと見つめれば、俯いてしまってツインテドリルがきゅるんと揺れる。

 が、直ぐに上目遣いになり、やや不満そうな表情になって。


「お姉様は、昨日魔獣との戦闘で大活躍したそうですね?」

「そうね……と言いたい所だけれど、私は所詮素人だから、そこまで派手な活躍はしてないわよ?」


 あれはクラス全員で魔獣の排除をしていったのであって、一人で大量にばっさばっさやったわけではない。

 アタシがやったのは精々、剣をぶんぶんぶん回して、無双系のゲームのチュートリアルをやった程度だ。

 ちょっと剣の腕が鈍っているかな? とか思って後半はややパターンを変えたりもしたが、基本的に効率一辺倒な戦い方だったと思う。

 

 参加していなかった他クラスもあるし、一年の中でも魔獣討伐の話題はホットな物なのだろう。活躍すると、思った以上に学生達の間で噂が広がって、男子ならやっぱりモテたりするのだろうか。


「私もお姉様のご活躍、見たかった……」

「ふふ、じゃぁ次の合同授業があることをお互い祈っておきましょう」

「はい!」

「でも、それが何なの? 何か神楽に繋がりそうな事でもあったかしら……」


 思い返してみるが、あの場面で神楽が何か問題を起こしたようには思えない。

 過剰にゼン様に守られていた、という意味では女子から嫌悪を買うだろうが、少なくともその件はクラウゼが述べていた通り、イジメに発展する事は無いはずだ。それに何かあるんだったら、さっき消えた等とは告げないはずだ。

 一体何が……? と思う先で、ふぅと、クラウゼが一息を吐く。

 そして、私もわかるのですけれどね、という前置きを添えてから告げる。

 

「――――何というか、決闘が起こりそうな感じはあるですよね」

「決闘」


 繰り返す。ワケが分からない。明らかにイジメからステップアップしている気がする。

 ぎゅっとコーヒーカップを掴む。


「決闘とは穏やかじゃないわね。でも何が原因なの? 思い当たらる節が無いわ」

「はい。実はお姉様が関連してまして」

「へぇ。そう。アタシが関連してるの」


 アタシという存在、やっぱり物語の邪魔なんだろうな。

 淑女のフリをしていることはいったん脇におき、新しく湧き上がった問題を飲み込むように、豪快にコーヒーを一気飲みした。

 むせはしなかったが、とても熱かった。

 

次の更新は来週の土曜日です。

ストック無しで毎日とか二日間隔とかで更新してる人は凄いと身に染みて思う今日この頃です。

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