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第207話 魔法の威力

 side - 神楽ルカ

 


 手応えはあった。

 自身の遺伝魔法が確実に作用していくという、その手応えが。

 だが、それがどれほど効くかは不安ではあったが……耳を澄ませてから、人知れず、ゼンさんが用意してくれたカモフラージュ要因の人々の中で安堵の息を吐いた。

 

 開拓者達が各々のグループで集まり、身構える中。

 魔獣が今から飛び出すぞ言わんばかりの騒音は、彼らの目の前から急速に消えていった。

 木々が折れる音も、地響きの音も。まるで波が全てを攫っていったかのように消えていく。

 音が遠ざかる。奥の方まで浸透していくのがわかる。

 距離はどれくらいだろうか。離れすぎていて、全貌が掴めない。

 体力は……思ったより残っている。

 

 

 不気味なほどの静寂。

 耳に慣れていたはずの、枝が揺れ、葉が重なり生み出す、僅かな風のざわめきがハッキリと聞こえる事が正に奇妙だった。

 

「……何が、起こったんだ?」

「……さぁ」


 ぽつりと、開拓者が呟く。

 一部の開拓者は、ゼンさんが流している、私の遺伝魔法に対するカバーストーリーを知らないようだった。

 ざわめきが生まれ、それでも警戒心を解かない……そんな中、ゼンさんがこちらを向いて、一度視線が噛み合った。

 お疲れ様だと、そういう目だった気がする。

 微笑みを返せば、向こうも一度だけ口の端を緩める。


 と。


「――――どうやら、うまくいったようだな」


 静まり返った中で、ゼンさんのその声が、よく響いた。


「用意した魔道具はよく効いたようだな。諸君。この先には立ち止まった魔獣達がいるはずだ。このまま止めを刺しに行く」

「あー、マジか……でもまぁ、確かに話通りか、こりゃ……」


 ゼンさんの隣にいた、槍を持った屈強な開拓者が驚いたように前を見て、そしてこちらを見て、前を前を向いて唸る。

 宣言通り、ゼンさんが再び歩き出した。



 おお、という声が幾つもあがる。

 それは歓声……というよりは、理解しがたい光景を直視してしまったという感じの、戸惑いの声であった。

 気持ちはよく分かる。

 殆どの開拓者が緊張しながら進む。

 真上から降り注ぐ光が少なく、薄暗い程の枝と葉に覆われた中、動きをその場で止めて、ただ呆然と立ちすくんでいる魔獣が幾つも幾つもいた。

 木々が無い開けた場所ではその不自然な光景はよりハッキリと目に入った。

 効果時間は不明確というゼンさんの声もあり、開拓者達は立ちすくんでいる魔獣に止めを刺していく。

 止めを刺す瞬間だけ、軽くうめき声を上げるが、抵抗もなくドサリドサリと倒れていく。


「不気味ではあるが……」


聞こえた声に目を向ける。4人組が、近くの魔獣――3体のコボルトであった――を手早く仕留めていっていた。


「確かに不気味だが、いや、助かるな!」


 見てみろ、と手で空いた空間にいる魔獣を示す。

 10体近くのコボルトとクラーケンドッグが、ただ、立ち止まっている。まるで置物のようだった。


「魔獣はこの数だぞ。ただ立ちすくんでいる魔獣を倒すだけでもこれだけ手間がかかるんだ! 本来ならこいつら全員が俺達に襲い掛かってきたんだと考えれば……!」


もう一人が勢いよく斧を振り回すと、軽々と首が両断される。

 普段からこれぐらい楽なら俺達も苦労しないんだがな、という声に同意する声が幾つも聞こえた。

 

「しかし、専用の魔道具が必要らしいじゃん」

「国の重鎮クラスでも、数を揃えるのが難しい魔道具らしいぞ。ついでに、魔道具にしては珍しく術者も選ぶらしい」

「そこらの開拓者が使えるってわけでもないか……」

「アイツらが、香月院家に選ばれたってわけね……」


 似たような声は、やはりちらほらと聞こえる。

 まだ談笑する余裕は流石に無いようだった。

 私自身は、魔獣によっては効かない可能性も十分あるだろうというゼンさんの言葉を聞いていたため、開拓者に守られながらも脇に刺している、やや大型の剣の柄からは手が離れなかった。


 結局、あれから30分も歩いた頃だろうか。

 ようやく、効果の切れた魔獣がのろのろと動き出している群体と遭遇したので、射程距離はおよそ自分が想像の数十倍である事がわかった。しかも魔獣の群れがここまでだったようで、もうちょっと先まで届いているのかもしれない。


 来た道を戻りながら、ゼンさんが呟く。


「……これ程とはな」

「なんだぁ、香月院。お前達が調整した魔道具だろ。範囲も未知数なのか」

「そうだ。術士と魔道具、両方の調子が良くなければこうならない。強力である事には間違いが無いが、不安定な魔道具だよ」

 

 あまりにも強力な催眠能力に、開拓者達の多くは言葉をなくしていたが、これなら魔獣でも勝てるんじゃ無いか? という、未来に向けた、明るい話題が口々と零れていて、帰り中は多くの人が明るい顔をしながら談笑しているのが印象的だった。

 また扇状に広がっているのか、後に合流した端のグループからは、脇から普通に元気なはぐれサイクロプスが出てきた大変だったという話も聞いた。


 元の馬車があったところまで戻ると、ようやく緊張が抜けていった。

 周囲も概ね同じようなもので、ラフな空気が漂っていた。

 

 自身の手を開いては閉じる。

 これから、もっとこの魔法を使いこなせれば、ヨルム王国はもっと外へと広がっていけのかもしれないと、ちょっぴり私自身も前向きになれたのだった。

次の更新目標は引き続き土曜か日曜の深夜目標ですー。


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