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第18話 振り返りのお時間

「んー……!」


 と、自室で大きく伸びをする。

 椅子に座り、ペンを片手に今日を振り返る。目の前の勉強机上にはこの世界の言葉では無い言語――日本語で書かれたノートが一冊ある。

 今日は久々にがっつり体を動かした。何処か懐かしい疲れを体全体に感じる。

 寮の共同浴場で風呂に入りながら筋肉を揉みほぐしたが、いかんせんこの世界の人間にどれほど効果があるのやら。


 結局、授業中にどれほど魔獣を斬り倒したかはわからない。

 途中、ゴブリン以外にもコボルドが紛れ込んでいて、初見はやはり慌ててしまったものの、気を取り直した後はすんなりと退治出来た。

 以外だったのは見た目だ。

 ゴブリンと似たようなものだったが、見た目は起立するトカゲだった。

 実は、作中ではコボルドの存在は特に描かれず、てっきり毛むくじゃらの魔獣だと思っていたのだけれど。

 でもまぁそれなら絵としては出ないのが正解だろう。誰が乙女ゲーで爬虫類を見たいものか。そもそも魔獣の描画は絵としてはそんなに無いが。

 コボルドの攻撃方法は体を前に倒して下段を棍棒で殴ってくる感じだった。

 が、相手の棍棒を踏んづけて地面に貼り付けてしまえば、後は楽だった。 

 ぽつりぽつりと飛び出してくるおびただしい数の雑魚魔獣は、しかし昼に突入する頃には粗方刈り尽くしていた。

 無論、丘は魔獣の血と肉で大変な事になっていたが、しかし、上級生が魔法で焼き払い、また風で匂いを空高く拡散させてくれたので大変助かった。魔法様々である。


「先生からもお褒めの言葉は貰ったし、まぁまずまずの出来だったって事かなー」


 少なくとも、特待生としてのメンツは立てる事が出来たのでは無いかと思う。

 ちゃんと試験の時に見せた通り、やれますよーとはアピール出来たはずだ。


「とりあえず、神楽は……っと」


 後ろを振り返ると、中央にあるソファに静かに座っている……というよりは、ソファに埋もれるように寝ている。

 机の上には飲み物があって、恐らくアタシがお風呂から出てくるのを待っていようとしていたのだろう。

 神楽はゼン様と一緒に回っていたそうで、手厚いカバーを受けつつ、解体作業や希にゼン様が作り出した氷の剣で軽く戦闘もこなしたようだった。

 お風呂に入っている最中に眠いと言いながら早めにあがり、既にアタシが戻ってきた頃にはご覧の有様だった。

 耳を澄ませば、神楽の寝息が聞こえる。寝顔は可愛らしいもので、流石ゲームの主人公とため息が出るレベルだ。眠れるお姫様である。


「とりあえずまぁ、一度振り返りますかね」


 これまでの出来事が脳裏を過る。

 目的は、傍観者としてメインキャラ達のやりとりを眺める側に立つ事なのだが、如何せん傍観者としての立ち位置として問題がある。主人公である神楽ルカに近すぎる事に尽きる。

 振り返るに……神楽と接触さえしてなければ傍観者としての立ち位置は確保出来ていたと思う、とノートに書く。


「……各メインキャラ達と、会話はしてないものね」


 彼らは基本的に神楽に夢中で、アタシは殆ど蚊帳の外だ。

 意図的に静かにしているという事もある。

 神楽がこちらに話題を振らなければ、そっと一歩二歩下がった立ち位置で、彼らのやりとりにうっとりと耳を傾け続ける事が出来ている。


「本当、まさか最初に出会ったのが入学式、その後はクラスも寮も一緒とはね……」


 神楽は、ゲーム中においては寮生活を一人で過ごす。しかし、アタシという異分子が一人増えたことにより、その前提が覆った。


「入学式襲撃の流れは一緒だったわね」


 ノートに、入学式⇒ゼン様と出会う⇒保健室へいく、という流れを図のようにして書く。

 この中で、各メインキャラが入学式で魔獣と戦うことや、ゼン様と神楽が出会い、ゼン様が神楽の事を知っているシーン、それに保健室に行く件から保険医に校内の勢力情報を聞かされる所まで、どれもゲームのシナリオ通り。


「アタシという異物が居ても、大筋はゲーム通りに進む、と」


 異物、とノートに書く。が、その異物は何も周囲に影響を与えない位置へ書く。

 寮への移動後、部屋の片付け中に神楽から昔の話を聞かされそうになった。

 

 神楽の両親が何故消えたのか。これはひとえに神楽を守る為の行動だった。

 神楽の両親は、二人ともヨルム王国における魔法の研究班だ。

 どうすれば魔森林を効率よく攻略し、人類の生存権を広める事が出来るかを対策する班といっても良い。

 ただ、神楽が生まれると同時、父と母側の遺伝子に、とある遺伝魔法のパターンがある事が判明。

 そして、娘である神楽ルカが、その遺伝魔法を発現するだろう事までが推測――――また、それが公になった時、神楽ルカ自身が研究対象そのものにされるだろう事まで、推測出来た。

 だから、娘を秘匿した。

 娘の事は秘匿出来た――――彼ら自身に、その遺伝子がある事までは秘匿出来なかったために、彼らは逃げる必要があった、という流れだ。


「学園に送り込んだのも、神楽そのものを公に認知させ、頼れる仲間を作るとかも目的だったけれど、本来は学園長が友人で、守ってくれる存在になるはずだったんだよねぇ……」


 学園長は、このゲームにおける敵だ。

 とても優秀な魔法使いらしかったのだが、主人公が入ってくる時点で洗脳されているという設定である。

 神楽に対して害意を持つ勢力は二種類存在する。

 ノートに、神楽ルカと書いて、二種類の大きな楕円から矢印を伸ばす。

 一つの楕円には、”絶対に生かして確保したい勢力”と書く。そして、シペ帝国と書く。

 もう一つの楕円には、”とりあえず生かして確保したい勢力”と書き、ユピ神国と書く。


 この二つの勢力が、どこからか掴んだ神楽ルカの秘密を知り、神楽の事を狙っている。

 恐らく、という注釈付きで書くのは、規模はそこまで大きい物でも無いかも知れない? という言葉。

 作中でもこの二つの勢力がどれくらいの規模なのか? という事は語られはしない。

 ただ、それぞれシペ帝国の勢力然り、ユピ神国の勢力然り、国内では他の組織と権力争いをしている一組織に過ぎない。他の組織が活躍すれば、恐らく権限も同時に下がってしまうのだろう。

 国内での地位をよりよくするために。そのために、一歩抜きん出るが為に他国に居る神楽を狙って暴走し始めた、という事は分かっている。

 ゼン様ルートでのエンドにおいては、ゼン様の力を使って殆ど壊滅状態にしたという話もあり、規模としては絶望する程巨大では無いのだろう。


「勢力として怖いのは後者の方、か」


 自らの出身国ではあるが……ユピ神国は宗教国家だ。ユピ神のみを崇めているところは別に良い。が、彼らは神楽の能力を()()()()()()()()()()があるらしい。生きている方が都合が良い、という理由で生きた状態で確保しようとしているだけで、物語後半になると――――バッドエンドのルートによっては彼らに殺害されてしまう。

 これは、ユピ神国がひとえにシペ帝国よりも魔法に卓越しているから出来る事なのだろう。


 とまぁ、そんなわけで神楽が狙われていくわけだが、ゼン様ルートで正しい選択肢を選び続ければ、そのまま生存ルートになってハッピー、そんでアタシもそういう二人を見れてハッピーになるわけだ。

 

「ハッピー、っと」


 花丸を書いた。どうでもいい。

 あとコップを早く買わなければ。

 今手元にある、水がなみなみと入っているコップは神楽の物だ。買い物に行った日から借りっぱなしである。


「そうえば、買い物の時にフィオを見かけたけれど、あれはやっぱり妹の買い物だったのかしら」


 ノートに原作と違うと書く。

 追加して、フィオレンティーノ・ジャイルズの妹の買い物? とも。

 彼には両親が居ない。そして、彼の妹は病弱であり、養っているのは彼だ。

 作中、フィオルートを選ぶと組織からの命令と、神楽への好意を天秤に掛けて苦悩するシーンによく出会う事になる。

 

 そもそも、原作では買い物シーンそのものがテキスト数行で終わるもので、あそこで何があったかなどはこうして体験して初めて分かったものだ。

 神楽とフィオレンティーノ・ジャイルズは、少なくともあの時にお互いを見知っている可能性があったのかもしれない。


「いいね、いいわね! ifルート! あの時邂逅していたら……! そして次は、っと……授業……解体の授業で体調が悪くなったの、懐かしいわー」


 初見からハードルが高すぎると思うし、教師のテンションも何かおかしいと思わざるえない。

 魔法の授業に関しては大いに喜ばしいものだった。ゲーム中には無い情報のオンパレードには心が躍る。

 どれほど魔法が感じとれるかの魔感知力、使える回数に直結する魔力量、魔力にどれほど耐性があるかの耐魔力値、そしてそれらの調査の歴史と実演、遺伝魔法と基礎魔法の違いの説明から基礎魔法へのトレーニングへの開始など、充実していると言ってよい。

 が、数週間が経過したものの、未だ魔法が使える兆しは無く。

 極一部の生徒は早い物で、一週間で発現した生徒が居る。片手で足りる程度の人数ではあるものの、羨ましい限りだった。

 神楽はどれくらいで基礎魔法を使えるようになっただろうか。

 触れる機会が無かっただけで、彼女も一ヶ月、二ヶ月程度で魔法の片鱗を見せ始めたかと思う。

 そう考えると、他と比べてかなり早い部類に入るだろう。才能があると言っても過言では無いと思う。両親の血筋でもあるんだろうか。

 

 ちらりとソファをまた見やる。

 そこには才能があるなどとは到底言えない姿で沈み込んでいる神楽のパジャマ姿。

 ボタンを全てきっちり留めている所に真面目な性格を感じさせる。

 うーんと悩み、


「――アレ、今のうちに運んじゃおう」


 と決断する。

 アタシがメモを書き終わるまで待っても、起きる気配は無さそうだ。

 近づき、一人用のソファの背もたれに手をつけて神楽を覆うように見やる。

 神楽とアタシの体重で、重厚な木目が少しだけぎしりと鳴る。

 アタシの方が身長が高いから、まぁこの音が鳴るのは純粋にアタシの体重の所為なんだけど!

 近づいて眺めると、本当に整っている子だなと思う。

 それと同時に、作中と違って無限の解像度と表示パターンがある現実世界のため、髪の毛が乱れていたり、口元にくっついていたりと、もうこれだけで大満足してしまいそうな状況だ。


「こらこら、髪の毛は食べちゃだめでしょ」

 

 頬を軽く触れるように――頬は、しっとりとしてマシュマロのように柔らかい――髪の毛を引っ張ると、さしたる抵抗もなく口元から取れて、さらりとこぼれ落ちる。

 髪は部屋の明かり――備え付けの魔道具の品だ――を少しだけ反射して、白い髪が銀色のようにも見える。

 不思議なのは、


「アタシと同じようなシャンプーを使ってるはずなんだけど、何だろうこのサラサラ感……」


 という所か。


 しかし、近づいたり触れたりしたけれど、見事に神楽の様子に変化が無い。


「う、――ん」


 と軽く言葉を零すだけで、起きる兆候は見られなかった。

 起きないのならば都合が良い。


「よいしょ、っと」


 神楽が首を痛めないよう、こちらの胸にしっかりとあてて、注意を払って持ち上げる。 

 胸に抱き留めるようにして抱えると、身長差があるためにすっぽりと収まる。

 この世界特有の筋力補正と日頃の筋トレの行いで特に苦も無く、とは言い切らないが、頑張れば運ぶくらいは余裕だった。 

 神楽の髪がこちらの腕の上を流れて、何処かこそばゆい。

 漂ってくる良い匂いと神楽のほかほかとした暖かが、眠りに誘うように漂ってくる。

 持ち上げても、やはり


「ん、んん――……」


 となるだけで、起きる気配が無い。


「それにしても、軽いわね……。女の子って感じがするわー。可愛いし、やっぱり、メインヒロインなだけあるわね……」


 むむむと唸りつつも、ほかほかとする神楽を移動させる。

 窓際に近づくと、外の下がった気温が足下から忍び寄って来て、余計に神楽の体温にありがたみが出てしまう。

 

 すぅすぅと穏やかな寝息を立てる神楽をそのまま神楽のベッドへと丁寧に置く。

 窓を中心とした線対称に、この部屋の二人分のベッドは設置されている。

 二段ベッドとなっているが、神楽とアタシも上の部分には荷物を置いている。寮内でお互いの空間を侵食しないために二段ベッドを配置しているのだろう。妙な心遣いに感心するが、アタシはリュックサックがぽつりと一つあるだけだ。


 神楽を起こさぬよう――起きる気配はみじんも無いが――スライドさせて、枕と掛け布団をセットする。

 肩を優に超える長さの髪を痛むように横倒しにするのは思ったより骨が折れる作業だった。


「よし……っと」


 神楽のベッド端に座る。

 重いとは思うが、やはりここの世界の肉体は優秀であるとつくづく思う。

 前の世界だったら、高校一年生ぐらいの子を運ぶなんて無理だったろうなぁとは容易に想像が付く。

 一息を吐くと、自らの体から、消えていく物に気がつく。

 神楽の温かさだった。


「……戻ろ」

 

 後ろ髪を引かれる思いで、ベッドから去った。

 自らの机に戻ると、改めて書くのを続ける。


「その後は、授業も徐々にこなしていって、挨拶ぐらいは交わす人も増えた、と」


 神楽は、他に友達とか出来ていそうな気もする。お手洗いから戻ってくると他の女子生徒と談笑してるとこも見受けられる。

 アタシは何故か遠回しに見られる事が多く、挨拶したり、軽く話したりはしても、こう、友達とはまだ言えないようなぎこちなさがある人が多い。

 ……やはり、精神年齢が高い感じが出ているのだろうか。

 神楽はそこら辺躊躇無く来た、と思っても彼女は作中主人公である。

 その手の重圧など物ともしないのだろう。

 ゼン様と割合フランクに話すし、ゲームで進めてる時の独白でも肝が据わった感じの発言をしていたと思う。

 総じて、可愛く、しっかりしていて芯を持っている良い子だろう。


「いつかの放課後には普通のゲームイベントが出たわよね」


 省略される日常パートはともかく、イベントが起きるシーンはちゃんとこの世界でも再現される。

 アタシという異物があっても、神楽と麗しき香月院ゼン様、ショタのフィオレンティーノ・ジャイルズ、嫌なヤツのガスト・レナード、そしてアタシがまだ出会っていないムキマッチョの先輩である塔仁義ゴウとのイベントはしっかり進んでいるようだ。

 傍観者としてありたいと願いながら、塔仁義先輩のイベントを見逃したのは少し手痛い。まぁ基本はゼン様関連のイベントが見られれば良しだ。そう自分を慰める事とする。


「問題なのは……まぁアタシが居るというそのものがそうなんだろうけど、ヘンリエッテ=クラウゼさんか……」


 ヘンリエッテ=クラウゼ。

 名前の響きと今も続いている相談会というなのおしゃべり時の本人からの自己申告により、ウィシュト共和国生まれという事はわかっている。

 本来、神楽に対していじめを行う主犯格だ。

 起こるはずだったイジメイベントにて、彼女が悩み、苦しんでいた事は知らなかった。

 その悩みを取り除けたのは、それ事態は良いことだと胸を張って言える。

 だが、アタシが迂闊に相談に乗ってしまったが為に、神楽のイジメイベントは起こらない可能性がある。

 いや、本来はイジメなんてのはクソ食らえなのだけれど、仮に起こらなかったとして、メインキャラと今までより、より親密になる流れが起こらなくなるのでは。

 その結果、至るべきラストに至らなかったとしたら……人類滅亡は、そう遠くない結果になるのだろうか。


「補正出来るなら補正してみる、しかないかなぁ……」


 ノートに、いじめの不足分を補うには? と書き、矢印を伸ばす……が、ゼン様との接触を増やさせる? とだけ書きとどめておく。

 今まで起きてきた展開を見るに、この世界にはアタシが介入していても概ね原作のゲームイベントが発生することには変わりが無い。

 つまり、いじめイベントも、何かしらの代替イベントが発生するのでは無いかと思っている。

 これにより、どこぞの小説や漫画などでも見かける『世界の矯正力』があるのかを計る。

 ……矯正力が強ければ、アタシがここで神楽と同室になった後に何かしら起こりそうなものだけれど、とは思うが。


「今後の展開も覚えてるウチにイベントとか書き出しておかないとなぁ。もう前世も含めてうん十歳、古い記憶がちょっとなぁ……」

 

 そんな事をぼやきながら、今後の展開を書き出すために、改めてノートに向き直った。

という事で、区切り話見たいな振り返り話です。

そして評価が☆1から3になっていて感激しました。Oh……!

ありがとうございます!

追記:次回も土曜日更新です。

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