第17話 オリヴィア・メルベリ
「はぁ――!」
目の前にはゴブリンが一匹。
それに対して気合い一閃。
振り下ろした直後、バックステップで距離を取る。
目の前には結果が見える。学園の剣は、ゴブリンを右上から斜め下に深手を与える程度には上等な切れ味を持っていた。
切断とまでは行かなかったが、絶命に至らすには十分だったようで、2歩も行かぬうちに血を吹き出しながら地面へと倒れ伏した。
これで確か……5体目?
最初のうちは、相当動揺した。
近くで先輩に見守れながらの戦いだったが、抵抗感があって無駄に相手からの攻撃(痛いが、物理的に殴ってくるだけなので何とかなる)を受けたりもした。
朝のホームルームにて、魔獣との戦闘の話を聞いたとき、真っ先に不安に思ったのが果たして魔獣を斬れるのか? だった。
しかし、前の国――――ユピ神国に居たときに、日常的に鶏のような動物を絞め殺して食料としていた日々を思い出して、ぎゅっと目を瞑って切り倒した。
自身が客観的に見たら、危なっかしいし、なんて無様な戦い方なんだと苦言を呈していただろうし、否定することも出来なかっただろう。目を瞑って剣を振るなんて素人以下だ。
考えを改める必要があった。魔獣は基本的に、人間やその他の生物に対して敵対的なので倒しておく必要がある。その手の害悪となる魔獣ならば、こちらとしても手を出さない理由はないなと割り切ることにした。
2体目もやや抵抗があったが、こちらはそこそこ早めに倒した。
3体目はあっさりと倒した。忌避感に関しては何とか折り合いを付けそうだった。
剣の振り方の勘がもとに戻っているかを確認する程度の余裕まであった。
そこからは、
「君はこちらの監督が不要そうだ」
と見守っていた先輩達に言われて、頭を下げてから一人で野良狩りと相成った。
一息を吐く。
体力は全然問題が無い。流石はこの世界の人類、と言ったところ。
簡単にへばっていちゃ、
「とっくのとうに、魔獣達に人類が倒されてたかもね……」
と思う。
周囲をさっと見渡す。
なだらかな丘。基本的に見晴らしが良い場所だ。ちりぢりになった学生達が見える。
基本的に先輩1の後輩3といった感じのグループが多いようだ。アタシのように一人だけのグループも無くは無いが、一年の中ではあまり居ないように見える。
見知った中で魔法を使っている希有な一年生もいるが、魔力量的な側面でメインは剣のようだ。派手な戦闘はしていない。
そして、女子が混じっているグループでは率先して女子が魔獣の解体をしている。
教師や保険医はというと、時折地面から出っ張っている大きい岩の上に立ち、全体を俯瞰している。
よく見えないが、岩の足下には暇そうな学生の姿がちらほら見える。
と、近くの草原と森の境目からまた魔獣が飛び出してきた。
3体のゴブリン達だ。
出て直ぐに、周囲をキョロキョロして戸惑った様子を見せる。だが、ぽつんと立つこちらを見つけると、指を指してからギャギャギャ! と声を上げて向かってきた。
その動きは遅い。少なくとも、入学式の時に見た机の上を飛んで襲いかかってくるゴブリンよりも比べるまでもない遅さ。力も、机を壊す程も無いだろう。
その3匹を倒すのに、1分もかからなかったと思う。
戦っている最中は時間の感覚が狂うから、正しいかどうかはわからない。
倒した魔獣を放置して歩き出す。倒しておけば他の誰かが解体の練習に使うだろう。
神楽達は、どうしてるだろうか。
歩いていると、またしてもゴブリンが飛び出してくる。
飛び出してくる勢いを利用して撫で斬る。
今度は自身の中で、ゴブリン討伐の最短記録を更新した気がする。
既にアタシは、流れ作業で剣を振っていた。
◆ ◆ ◆
side - フィオレンティーノ・ジャイルズ
「ゴブリンかぁ、もう暇で暇でしょうがないよね……」
ひときわ大きな岩に寄りかかって、授業風景を眺めている。
特に誰かに向けた呟きではなかったが、岩の上から苦笑と共に返答が来る。
担任であるメリオトロイ先生だ。
「ジャイルズ君は戦闘経験があるんだっけね。確かに、今日のゴブリンの能力はかなり低い。魔獣と初戦闘との子にとってはとても良いとは思う。が、ジャイルズ君にとっては……まぁ確かに有意義では無い授業か」
担任の言葉はまさしくその通りだ。
元々、ユピ神国で学生だった頃から対魔獣訓練に重みを置いて、実践のために遠征までしていたことがあるのだ。
子供なら苦戦するだろう程度の敵なら、魔法でも剣でも、どうとでもなる。
「せめて入学式ぐらいのゴブリンなら準備運動程度にはなりますけど、これじゃ全然物足りませんね」
「ふぅむ――暇なら、他のクラスメイトの面倒でも見てくれないか?」
「そこはだいじょーぶじゃないですか? 先輩達と僕達のクラスメイトの人数比率、バッチリじゃないですか。手が余ってそうなグループは――」
ざっと周囲を見渡す。
そして、同じように周囲を見たのだろうメリオトロイ先生が、こちらが何かを言う前に声を出す。
「確かに、何処も困って無さそうだね」
「ですよね? あーあー、暇だなぁ。何か面白い事ないかなぁ」
「戦場で面白い事を探さない方がいい」
言葉を投げかけながらも、メリオトロイ先生が周囲を見渡す。そして、ふと気づいたように声を掛けてくる。
「さっきまで香月院君達と遊んで無かったかい?」
「ダメダメ、アイツ今はとある女の子に夢中でしてー。僕がいたら邪魔で邪魔でしょうがない、って顔で睨まれたんで、さっさと退散させてもらいましたよ」
「へぇ……それは珍しい」
ついでに言うと、香月院が得意のアイスソードを振る舞う度に『すまいな、手が滑った』と呟きながら雹が飛んでくるのがうざったくてしょうが無かった。
神楽をサポートしつつ、見えないところで牽制を入れてくるのが陰気っぽい。
「ここでサボったら、僕って減点あります?」
「ふぅむ……。実力はわかっているし、ここに居るのは構わない……が、手伝って欲しいとき、手伝ってくれなかったら減点しようかな」
「あー、じゃ、それでいいんでここに居ます」
見晴らしの良い草原で、天気も良い。
水筒で喉を潤せば、レジャーシートを敷いてのんびりしたいところだった。
適当にゴブリンを相手にするのも良いのだけれど、わざわざ武器を汚すような真似をするのも何だかなぁというところだ。
バチリと、腕から放電現象を起こす。戦うなら魔法を使った方が後が楽か。
「先生ー」
「君は本当に暇そうだね……。なんだい?」
「先生的に面白い生徒って誰かいます? あ、一年生で」
「面白い生徒……注目してる生徒ならいるかなぁ」
「へぇ。誰なんです? あ、僕ですか?」
「それはまず一つ確かだな、フィオレンティーノ・ジャイルズくん。太陽守護のリーダーになった話は聞いているよ……在学中、面倒は起こすなよ?」
「それに関しては自信がありませんねぇ。それで他は?」
他か、と呟きながら周囲を見て、すぐに視線を止める。
「――オリヴィア・メルベリさんかな」
「へ?」
それは、ある種予期していない名前だった。
見知った名前で、確か神楽と一番仲の良い学生の一人であるはずだ。
神楽と二人で話す時など、よく話題に出てくる。
寮が一緒であるとか、宿題でわからないところを聞くと丁寧に教えてくれて優しいだとか、引っ越しでコップを持ってくるのを忘れて、何時も紅茶を入れるときは神楽のコップを使ってるだとか。
それは置いておいて、疑問を持って先生が見ている先を見れば、一人で戦っている彼女の姿が見える。丘と森の境だ。
最初、女性が剣の経験があるといっても、そうたいしたことが無いと思っていたため、武器を持っていてもただ単に不思議なだけだったが……。
「……何あれ」
視線の先ではメルベリがゴブリン相手に戦い続けている。
続けているが……容赦の無い戦い方だった。
3体、ゴブリンが森から飛び出してきてメルベリに向かうが、一刀のもとに斬り捨てられる。
どれも踏み込みと合わせた、流れるような連激。
振った勢いに振り回されず、瞬足の切り返しでゴブリンの首が宙を舞い、わずか数秒で魔物の骸が出来上がる。
鉄のような冷たささえ感じる、一切の容赦も油断も無い剣筋は、何処かで見たような気もした。
一瞬だけ骸を確認した後、解体は自らの仕事ではないとばかりに次の獲物をゆっくりと探し出す。
リュックから取り出した布で剣を拭う様など、異様な程に似合っている。
呆然と見ている最中、先生の声が耳に入る。
「凄いね。魔獣との戦闘経験は無いらしいけど、あの様とは」
「なんであんな動きが出来る……」
「まぁ当然と言えば当然なのかな」
当然……?
こちらの生まれた疑問を投げかける前に、メリオトロイ先生は他の先生と、生徒達の評価について軽く相談し出した。
待っている間も彼女の動きは止まらない。こちらの背筋に冷たい空気が漂うような気さえしてきた。
先生達の話が終わるのを待ってから浮かんだ疑問を投げかける。
「当然って……どういう事なんです? 先生は何か知ってるんですか?」
「そうだね……うちの学校には特待生制度があるだろう?」
「それは知ってますよ。能力さえあれば、学費などの免除が出来るんですよね」
あれは事情により入学出来るほどのお金が無い場合でも、大学側のお眼鏡が叶うならばある程度の問題を解決出来る制度だ。
制度には複数のランクがある。
ランクによっては学費の一部のみ免除して貰えたりする。
一番大きい恩恵が得られる場合、学費の完全な免除に加えて、生活費さえ最低限は出てくるレベルになる。
そのレベルになると、もはや大学側が生徒を雇っている状態と言っても過言では無いが、そのハードルを越えるのは並大抵の能力では無理だ。
「あれはそう簡単に取れる物では無いと思いますが、それが何か? ……まさか」
遠くで戦うメルベリから視線を離せない。
今もまた、瞬きする間にゴブリンが切り倒される。明らかに先ほどより洗練された動きになっている。
周囲で戦っていた生徒達も、彼女の動きに一目を置き始めたようだった。
「うん。彼女――オリヴィア・メルベリは、剣技一本で入ってきた特待生の一人だよ」
舞うような美しさは無い。優雅さとはほど遠い。繰り出されるのは恐るべき実践剣術。
視線の先、オリヴィア・メルベリは、冷たい表情で戦場に立っている。
次の投稿は土曜日です。
今週はがっつりダークソ○ル3をクリアまでやってました。2と違ってボスに苦労しませんでした。あとなろうの夏のホラー企画の投稿やったりとか。
あと本作に評価がついた! と喜びましたが、☆1だったので膝から崩れ落ちました。Oh……。
前回も後書きに書きましたが、何処かタイミングを見計らって、R-15とかのタグをつけるかもしれませんね……。
 




