第16話 2年生組と合流
「今日はウチのクラスと一緒になるけど、よろしくね。初の野外授業なんだ」
歩いてきたゼン様は、声を掛けてきたメリオトロイ先生へときっちり向き直り、一礼をする。
「こちらこそよろしくお願いします、メリオトロイ先生。……こうして下級生を見る立場になると、一年だった頃が懐かしくなります」
「はは。君は一年の頃から全く手がかからなかったから、今回もゼン君が居るなら何も問題は無いかもしれないね」
「ありがとうございます。我々も、万が一が起こらないよう、最善を尽くさせて頂きます」
「君がそう言ってくれると安心するよ」
ふっと、ゼン様が微笑み、会話が一段落すると、別の二年達が小走りに来る。
「――メリオトロイ先生! 今日は先生のクラスだったんですね!」
「いやー自分達の時が懐かしいですね! 一年の可愛い子とか面倒見てもいいですか!?」
「そうだよ。あと君たち。2年生になったのだから、もうちょっと落ち着いたらどうです?」
ゼン様との挨拶を手短に終わらせたメリオトロイ先生に、他の2年生達が次々と担任へと話しかけ、それに答えている。
作中、担任には名前が無かったのだけれど……。
こうして見て分かる。良い先生なのだろう。
代わる代わる現れる学生は、アタシにとっては勿論誰も彼も見知らぬ人だ。そもそも、アタシが本来居ない“モブ”である。
それでいて、この世界を構成するメインキャラクターの一人でもある、という当然の認識を改めて感じさせてくれる。
年度が上がればこういうやりとりも増えるのだろうと、ぼんやり彼らを眺める。また一つ、未来への楽しみが増えた。
しかし、思うこととしては、
「こういうのが、外伝作品として出ていればなぁ」
と思ってしまうのは、まぁ性分だった。
出ていれば、きっと良いSSがいっぱい出たと思うんですよね、ええ。
そのとき、ゼン様がすっとこちらに向かって歩いてくる。
その歩みの先には神楽の姿。
「神楽、君は何があってもオレの後ろから出るな」
「いえ、授業の一環なので、私も前に出ますよ?」
「魔森林は危険なんだ、神楽。甘く見てはいけない」
やや乱暴な台詞に反して、声は酷く柔らかい。本当に身を案じている声だ。
良い声だ……と隣で始まったささやかなシナリオを見ながら頷く。
指をカメラのフレームのように構えたくなるが、流石にメインキャラに気づかれるだろう。干渉はしたくない。
ふと視線を切り替えてみれば、後ろのゼン様達のクラスメイトが何やら驚いている。
……一年生の教室へと頻繁に来ているので、噂ぐらいはあったのだろうが、普段のゼン様が一人に固執する姿など見たことが無かったのだろう。
周囲の気配など意に介さず二人は話を続けている。
「他のクラスメイトもみんな、最初は不慣れですから。今日はしっかりと知識を付けたいです」
「けどね神楽……」
「ゼンさんが居るから、安全なんですよね」
あ、なんかゼン様、困った顔してるというか、しょうがないなーって顔してる。
リアルタイムの表情変化って素敵! いいわ! 素敵よ! ここにカメラを持ってきなさい!
アクセル全開で二人を凝視しているアタシは、控えめに言って変人だ。
一人だけ盛り上がっている最中、同学年の他クラスの教室もやってくる。
神楽とゼン様に近づく一人の影。
二人に近づいたのは、作中ショタ枠のフィオレンティーノ・ジャイルズだった。
が、近づくより先に、一歩遠くで彼女らを眺めていたアタシに気づく。
目が合った。
「こんにちわ。メルベリさん」
「……あら、こんにちわ」
おっと、少しだけ予想外だった。周囲にいる人を無視しないのか。
以外と礼儀正しいな、このショタ、と内心思っているとはつゆ知らず、頭をぺこりと少し下げて挨拶してくる。
よく見るとジャージ姿が異様に似合っている。
これは……ゲーム中の方が格好よく描かれてたな、とは思っても口には出さない。
そんな彼が、気合いを入れている神楽に水を差すように口を開く。
「やっほールカちゃん」
「フィオさん!?」
「何しに来た、貴様!」
「何しにって、僕は一年生で、合同クラスのお相手なんだよね。後ねルカちゃん。基本的に一年生女子は傍観だよ、傍観ー」
「え、そうなんですか?」
神楽が疑問をこちらに投げかける。
神楽の視線につられて、二人の美男美ショタもこちらを射貫くので、ため息を吐きながら答えてあげる。
見られるため、ちょっぴり服を直そうと思ったが、ジャージじゃ様にならないなぁ……。
「まぁ……そうかもしれないわね。男子生徒はともかく、女子生徒は主に傷の手当てを覚えたり、解体ぐらいですわ。女子は剣技を好まない子も多いですし、一般的ではありません。まだ剣技よりも魔法を使って戦う女子生徒の方が多いでしょう。が、一年生で現時点で魔法が使える子はほとんど居ません。……後方支援の方法を学ぶのが普通かもしれませんわ」
この辺に関しては、書物と、周りを見渡しての感想に過ぎないけれど概ね間違ってはないだろう。
周囲を見渡す。
二年生の一クラスと、一年生の二クラスが混ざっているこの環境での男子と女子の比率は、やや女子の方が少ない。6:4と言ったところだろうか。
この世界の人々は、見た目以上に身体能力が高いが、男子人気と女子人気の傾向に変わりは無い。
今回周囲を見渡した限りでは、長剣や斧を持った女子生徒は皆無だ。
……でも、ダガーを使った戦闘訓練もあるんだろうな、とは思う。科目概要のページで、武器種ごとの戦闘についてとか合ったはずだ。
「ですので、今日はどちらかというと女子生徒は解体の方がメインでしょうね。授業でも既に数回経験がありますし、出来ないということは無いでしょう」
という呟きを漏らすと、それを聞いていた周囲の一年生女子達の顔が若干ほっとしたり、曇ったり、それぞれだ。
あれから数回は解体の授業をこなしている。
保健室行きな方も早々に減り、この世界の人々の順応率には驚かされる……と思いつつ、それはそれとして女子としては苦手な事には変わりないのだろう。なお、解体に対する順応率は女子の方が高かった。
「神楽、メルベリもああ言ってるだろう?」
「ですが……」
ゼン様と神楽はやりとりを再開する。
が、一方フィオがこちらを見てから神楽へと向き直り……と思ったら、またこちらを不思議そうに見て……瞬きして、目を凝らしてこちらを見る。
そして眉をひそめた。
何だろうか。アタシに何か付いてる?
「え、ちょっと待ってよ」
「ジャイルズさん? 何かありまして?」
「いや、何か……さっきの言葉と……何かこう、違わない?」
「……何がでしょうか? 私に不自然な所が?」
フィオの言葉に合わせて、自らを見直す。
何か不自然な点があったのだろうか。
いや、学生達がジャージに武器を持ってる時点でアタシ的には相当おかしいとは思う。
もしかして、背中側か? と思い、くるりと回って見せると、今度は頭を抑え始める。
「いや、明らかにその背負ってる物が不自然な所だよね?」
あぁ、背中に背負った剣のことか。この世界の女の子は筋力が高いのでこれぐらいならアタシでも普通に振れる。このサイズなら慣れた物だ。
だが、これが何なのだろうか。
「はぁ……? これは……ただの剣ですが。学園の備品なので、品質は並以下ですね。……これが何か?」
何もおかしい所は無いと思うのだけれど……。
フィオがいやいやいや、と早口で言いながらこちらを指差す。
「さっき女子生徒は剣技が好きじゃないって言ってなかった!? 思いっきり行ったことと違うよね!?」
「一般的にはそうかもしれませんが……」
この世界に来た頃、昔取った杵柄、長剣の心得は多少なりともある。
学園の備品で品質は確かに並以下だが、柄は十分両手で握れるほどの長さがあり、鍔も十字型に存在する。そのため受け止める事も十分出来る。厚みも幅も申し分ない。
研ぎは短めのサイクルで定期的に入れているのか、先端部分はそこそこ鋭利な状態だ。十分な速度で振り回せば切断は出来るだろう。
「まぁ、私は動けないことも無いので……」
「そ、そうなんだ……」
『見た目と違う』『何か間違ってる……』とぶつぶつ言いながらもフィオは神楽とゼン様に再び割り込みを行う。
「で、今日はゴブリンだっけ?」
フィオの言葉に、ゼン様が頷きながら口を開く。
「そうだ。今回、魔獣の群れの多くがゴブリンだ。君らも見たことがあるだろう、入学式に乱入してきた魔獣だ」
そういってこちらを見回す。
神楽が、襲われかけたのを思い出したのか、若干表情をゆがめる。
フィオは不愉快そうに鼻を鳴らす。
アタシも、あの力と素早さは厄介だったと気を引き締める。
「しかし、同じゴブリンだが、種族が異なる。入学式のゴブリンよりも更に――」
ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音がした。
「更に――弱い」
弱いんかい、とはアタシの素直な感想だった。
あと、ゼン様もボケるんだと、新鮮な気持ちになった。
隣にいる神楽が大きく息を吐くと、ぷりぷりと怒り出す。
「もう、脅かさないでくださいよっ!」
「はは、すまないな。神楽を見ていたらつい、な」
「甘くみてはいけないって、ゼンさんさっき言ってたじゃ無いですか! もー!」
「おっと、そう怒らないでくれっ、神楽!」
ぷんすことした様子で歩き出した神楽、その後を困ったような顔をして追い出したゼン様と、二人を見てはぁ、というフィオの面倒くさそうなため息を聞きながら、アタシ達は丘へと到着した。
そして、遠目に入るのは――――数多くの小さい魔獣達……ゴブリン達だった。
次から対魔獣戦闘なんですが、ちょっとタグ追加した方が良い気がしてきました。
次は土曜日……何ですが、連休なので何回か更新したいところです。




